第2話 オギノメ
沢渡と中西は俺の前の席に座った。
今朝の一件があって、挑むような目をした沢渡と違って、中西の目は冷静そのものだった。
「話を始める前に君たちのことについて教えてくれ。俺の家は知ってると思うけど、東城家の執事をしている。この学校には、東城家の眞守さんが入学しているので、入れてもらえた」
「いいよ。じゃあ僕から話そう。僕の父は警視庁の特殊犯罪対策課の課長だ。この学校には父の勧めで入学した」
中西は警察庁関係か――それならば東城家とは縁がある。
「俺の父は日本華道協会の理事長をしている。母は池坊の準家督で、祖母は総家督だ」
思わず吹き出してしまった。
けんか早い沢渡が精神世界に生きる家の出とは……
「笑わないでくれ。イメージが違うのはよく分かっている。俺がここに来たのは、伯父に勧められてだ」
「伯父さんは何をしている?」
「文部科学省の役人だ」
「分かった。では質問に答えよう。二人は『オギノメ』については、どのくらい知っている?」
沢渡が「?」を顔に表したので、代わりに中西が答えた。
「二○九九年に、IPS細胞研究家の荻野目浩二郎が発表した、遺伝子処理済みIPS細胞移植手術のことだろう」
「そうだ、生まれたばかりの赤ん坊にオギノメを施すことによって、その子は成長過程で、ファクターと呼ばれる遺伝子の特性を示す」
「オギノメを施された人間を『トリーテッド(処置済み)』と呼ぶのだろう。名代、君はオギノメを受けてるよね」
中西は今朝披露した技を見抜いている――隠しても仕方がないと俺は思った。
「そうだ。俺はアスレティックファクターに、比重を置かれたトリーテッドだ。プロフェットファクターは少しあるが、見たら分かると思うが、リーダーズファクターはほぼ皆無だ」
どうせ俺はキラキラ感はない。自分で言って、涙が出そうになった。
ここで沢渡の頭がパンクしたようだ。
「ちょっと、待ってくれ。今朝も言ってたけど、リーダーズファクターって何なんだ? それにアスレティックとかプロフェットとか言葉が増えてるし」
どうやら沢渡は世の中にたまにいる、ネットニュースはエンタメとスポーツしか読まない口らしい。
俺はだんだん沢渡のことが好きになってきた。
「人間は生まれながらに、リーダーズ、プロフェット、アスレティックという三つの遺伝子特性を持っている。オギノメを行うことで、プロフェットとアスレティックが通常よりも大きく成長していく。それだけじゃなく、スペシャルと呼ばれる普通では見られないファクターも現れるんだ」
俺は、沢渡にも分かりやすいようにパソコンを出して、各ファクターの特徴の説明を画面に表示した。
リーダーズファクター:美しい容姿とリーダーシップ
長身で均整のとれた身体と、性格を反映した整った容貌が特徴。
人を引きつける様々な特徴を持つ。
プロフェットファクター:人間コンピューター
コンピューター並みの演算能力を手に入れ、人間の行動予測などができる。
アスレティックファクター:超人的身体能力
筋細胞の驚異的な発達による人間離れした筋力を得る。
反射神経、運動神経の驚異的な発達。
スペシャルファクター:特殊能力
身体の中の電気エネルギーで引き起こす特殊能力。
これまで次のパターンが発見されてる。
☆火炎:物質の分子運動を極限まで高め、熱エネルギーに変える
☆凍結:物質の分子運動を停止させ、急激な冷却効果をもたらす
☆透視・千里眼:電子の動きから脳が物質の性質・形状を正確に計算
隠されている物体やエネルギーに気づく
プロフェットファクターと合わせて使うと予測能力が向上
☆衝撃波:電子エネルギーの波を飛ばしてぶつける
☆空中浮揚:電子エネルギーの動きで生じる磁力で空中に浮揚する
☆治癒:電子エネルギーでIPS細胞を活性化して怪我や病気を治癒する
「まあ、ざっとこんなもんだ」
沢渡が嬉しそうな顔で大きく頷く。
俺の丁寧な説明で、なんとか沢渡も理解できたようだ。
「ということは、俺も実はオギノメを受けているのか? アスレティックとかスペシャルとか思い当たるぞ」
「まあ、先を急ぐな。順に話す。ところで中西は、ナチュラルについても当然知っているよな」
「ああ、二一三九年に米国遺伝子学会で発表された進化論だろう」
また沢渡の顔に『?』が浮かぶ。
俺はまた親切な説明を始めた。
「トリーテッドが世界の人口の三割を超えたとき、オギノメを施してない子供にも、トリーテッドと同じ特徴が発見された。これを米国遺伝子学会はナチュラルと呼んだ」
「ふーん、じゃあ俺はナチュラルなのか」
「おそらくそうだ」
沢渡は、多くのナチュラルがそうであるように、不思議そうな顔をしていた。
「じゃあ、ナチュラルとトリーテッドというのは、同じなんだな」
やっぱり、こいつはいいやつだと俺は思った。
普通の人間がこの話を聞くと、本能的にトリーテッドを嫌い、ナチュラルに憧れるものだ。
俺が好感を持って沢渡を見ていると、中西が補足した。
「いや、ナチュラルとトリーテッドは同じじゃない。ナチュラルの出現によって、ナチュラル
に対する特別なオギノメが生まれ、これを施されたナチュラルは通常の成長過程と異なる成長を見せた」
「それは何か嫌な感じがするな」
沢渡がトリーテッドとどう区別したか分からないが、その反応は俺には少々ダメージだった。
そんな俺の心情にはかまわず、中西は説明を続けた。
「そう、それはあまり人にとって心地よい考え方ではない。これによって、せっかく生まれ持ったリーダーズファクターが欠損する弊害がある。だが、多くの国家は軍事力増強のために、意図的なオギノメを推し進めた」
「ふーん。そんなことをして、よくやられた方は我慢したな」
「我慢なんかできなかったんだ」
中西が沢渡の言葉に過剰に反応した。
その様子を見て、俺はもしかしたら中西も、と思った。
やや感情的になった中西から、俺は説明を引き継いだ。
「UNAの母体となったアメリカで、オギノメ推進派によるクーデターが起きた。そして、トリーテッドによる統治を広げようと、世界中の国に働きかけて、多くのトリーテッド国家が生まれた」
「反対派は出なかったのか?」
「当然反発した。そして二一五九年、世界地図の塗り替えを決める会議が、東京で開かれた。これがそのとき決まった新国家だ。今と同じだろう」
俺はパソコンに東京会議で、決まった国家を示した。
『トリーテッド国家(オギノメ推進派)』
・UNA(United of North America): アメリカ、カナダ、メキシコ
・UWE(Unaited of West Europ): イギリス、フランス、スペイン、ドイツ、イタリア他21カ国
・東アジア連合: 中華人民共和国
・Russia: ロシア
・韓国
・イスラエル
・南アフリカ共和国
『非トリーテッド国家(オギノメ反対派)』
・日本
・モンゴル
・USA(United of South America) ブラジル、アルゼンチン、チリ、パナマ
・アラブ連合 (UA Arab Union) アラブ諸国
・オーストラリア、ニュージーランド
・東ヨーロッパ諸国
『その他』
・中央アフリカ諸国
・東南アジア諸国
「現在トリーテッドを表明している国家は7カ国だ。これらの国ではオギノメを国家予算で行い、国民の九割以上がトリーテッドだ」
「すげえな。生まれたらすぐオギノメって感じか」
沢渡の感想に中西がまた激しく反応した。
「何がすごい。生まれ持った才能を活かして、得られるはずだった未来が他人の手で奪われるんだぞ」
滅多に感情を露わにしない中西が、二度も激情したのを見て、沢渡が恐縮してしまった。その姿は少しかわいい。
「ごめん、中西。俺、初めて聞いた話なので、あまり考えずに、すごいって言ってしまって……」
「いいよ。僕も感情的になりすぎた。ところで名代、お前はトリーテッドナチュラルだろう?」
「ああ、そうだ。中西、お前もだろう」
俺が訊くと、中西は不本意そうに頷いた。
「何なんだ、トリーテッドナチュラルって?」
またもや沢渡の頭に「?」が点った。
やれやれ、世話が焼ける。
そう思ったとき、教室の入り口から声がした。
「今は生まれたときにナチュラルかどうか判別できる。その上で、あえてオギノメを施された者のことさ」
この凜とした声は……
入り口を入ったすぐのところに、兄さんが立っていた。
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