兄弟の絆で学園の平和を守ります~でも俺の願いはラブラブの学園生活なんだけど~

Youichiro

四城九家

第1話 素敵な兄さん

 東城家の朝は早い。

 午前六時に家族が揃って朝食が、この家の絶対ルールだ。

 俺は東城家の執事である父を手伝うために、毎朝眠りを求める身体に鞭打って早起きしている。


「おはようございます」

 東城家のあるじ豪眞ごうまが食堂に入ってくると、父が手を止めて、深々とお辞儀する。


「おはよう」

 毎晩帰りが遅いのに、豪眞の朝はいつも颯爽としている。

 俺はこの姿を見るたびに、ファクターの違いを思い知って、思いっきりコンプレックスを刺激される。


 豪眞に続いて、奥さまの紗英さえ、そして長男の眞守まもるが席に着く。

 この家族の完璧な容姿と、隙のない生活スタイルに、ああ『リアル華麗なる一族』と、俺は毎日心の中で繰り返す。


「さあ、忍も席につきなさい。多恵たえさんの美味しい朝食をいただこう」

 豪眞に促され、俺も食卓に着く。

 多恵とは俺の母の名で、俺たち執事一家は東城家に住み込みで働いている。


 なぜ、使用人である俺が一緒に食卓の席に着くのかは、複雑な事情と経緯があり、長い話と成るのだが、あえて簡単に言うと、豪眞と紗英は俺の実父母で、俺はわけあって東城家執事である、名代隆史なしろたかし多恵たえ夫婦の養子になっている。

 俺は今年から実の兄の眞守と同じ、国立未来科学研究所附属高校に、通うことになったので、眞守の提案で一緒の食卓につけるようになったわけだ。


「忍は学校には慣れたかな」

 豪眞が気さくに聞いてくる。

「お父さん、まだ十日ですよ。でも忍はそれなりに存在感を出してますよ。さすがは我が弟と、皆に自慢したくなります」

 眞守が嬉しそうに豪眞に報告すると、紗英が心配そうに顔をしかめる。


「眞守さん、滅多なことは言わないで。まさか秘密がばれてるなんてことはないでしょうね」

 紗英の険しい声に、豪眞と眞守は少し引き気味になる。


 食卓が険悪な雰囲気に包まれた。

 優しい養父の隆史が、困ったような顔でおろおろしていたので、俺は見ていられなくなった。

「大丈夫ですよ。紗英さん。私はリーダーズファクターが少ない上、眞守さんとは容姿がまったく違いますから、疑われる心配はありません」

 こういうのを自虐と言うのかと、自分で言って自己嫌悪を覚える。


「紗英、せっかく親子で食卓に着いているのだ。そういう無粋な話をするのはよしなさい」

 豪眞が紗英を穏やかな口調で窘める。

「申し訳ございません」

 紗英が自分の非に気づき、すぐに謝罪した。

 そこはリーダーズファクターの強い家族だ。

 感情に対する理性の修正が早い。


 俺がこの家の朝の食卓に、同席するようになってからはよく見る光景だ。

 多少、複雑な思いはあるが、敬愛する兄と一緒に食事できるから、あまり引きずることはない。

 そう、俺は眞守のことが大好きなのだ。




「今朝は母さんがつまらないことを言って、申し訳なかった。忍には少しばかり負い目を感じていて、ああいう攻撃的な言葉が出てしまうが、気にしないでくれ」

 オートドライブで、いつもの道を走る車の中で、眞守は俺を気遣って紗英の心ない言葉の謝罪をする。


 その声は凜として心地よく耳に響く。

 余すことなくリーダーズファクターが色濃く出た眞守は、まさに見た目も中身も完璧な人間だ。

 美しい横顔を見ながら、これが俺の兄だと誇らしく感じてしまう。



 学校に着くと眞守との楽しい時間は終了する。

 ここでは、兄と弟ではなく、主と使用人の関係だ。

 眞守は嫌うが、こんなご主人様ならずっと忠誠を誓うのも悪くない。ブラコンなんて簡単な言葉では片付けられない、複雑な思いで俺は兄に惹かれていた。


「眞守様、おはようございます」

 三年の六条栞那むじょうかんなと、二年の二条静流にじょうしずるが、いつものように眞守の到着を待っていた。

 二人とも眞守ほどではないが、リーダーズファクターが効いて、整った顔立ちをしている。

 二条家と六条家は親東城を表明している家だが、そんな家同士の関係以上に二人とも、眞守に心酔していた。


 ここからは同じ二年生の静流に眞守の護衛を任せて、俺は一年B組の教室に向かった。


 A組とB組、一般的によくあるクラス名だが、この学校ではAとBで大きな違いがある。

 入学者のクラス分けは、入学時のリーダーズファクターの測定結果によって行われる。

 ファクターは成長過程で増減しないから、A組に振り分けられた生徒は卒業までずっとA組で、B組はずっとB組だ。


 その結果何が起こるかというと、A組の教室は流行の勇者が出てくるアニメのような容姿の男女が集い、B組はそれを実写化したような少し残念な感じの集団となる。


 その中でも眞守は美男美女が揃ったA組でも抜群にかっこいいし、俺はB組の中でも特に目立たないザ・フツウだ。

 俺はそれを羨むこともなく、むしろ誇らしく思った。


「名代君、おはよう」

 クラスメートの大島未来みくだ。

 実は俺は、A組の美女たちよりも、同じクラスの未来の方が好きだ。


 A組の女性は例えるなら薔薇の花のようで、華やかで美しいが刺があって痛い。

 未来は言わば野に咲くスミレの花。道ばたや草陰でひっそりと控えめに咲いているけど、実は凜として美しい。


 しかし、俺は知っている――そんな未来も、眞守のような男性に愛される奇跡を夢見ていることを。

 そうでなければ世の中はおかしい。

 そうでなければ世の中の秩序が壊れていく。


「おはよう、なんだか浮かない顔だね。何か心配事?」

 未来のいつもの笑顔の中に少し影があることに気づき、俺は心配になった。

 理由を訊きながら、そんな些細な変化にも気づいてしまう自分が痛ましかった。


「実は、健吾けんごがまた、B組に対する学校側の差別を抗議しようって、みんなをたきつけてるの」

 言い終わると未来はそっと、教室の後ろにいる沢渡健吾に目を向けた。


 その心配そうな横顔が、俺をしびれさす。

「仕方ないなぁ」

 止めにいこうとすると、未来が慌てて俺を制止する。


「やめて、そんなつもりで言ったんじゃないから。名代君が行ったら、健吾がもっと興奮しちゃう」

 未来が両手が俺の右腕を掴む。

 あまりの幸福感に、俺は沢渡のことはどうでもよくなった。

 振りほどくのはあまりにも惜しい。


 ところが未来と幸福な気持ちでじゃれ合っていると、沢渡の方から近寄って来た。

 未来が慌てて俺の腕を放す。

 至福の時間があっけなく終わり、俺の顔にとてつもなく情けない表情が浮かんだ。


「何だ、名代。何か文句があるのならはっきり言えよ」

 俺の情けない顔を見て、びびっていると思ったのか、沢渡は強気だった。


「いや、何もないけど」

「じゃあ、今日からお前も待遇改善運動に協力しろ」

「それは御免被る」

「何だとー」


 沢渡は組みやすしと侮っていた俺に、はっきり拒否されて頭に血が上ったようだ。顔が真っ赤になっている。


 俺はめんどくさくなって自分の席に向かおうとしたら、沢渡はそうはさせじと左腕を掴もうとした。

 軽くかわすと沢渡は前につんのめる。


「てめえー」

 沢渡は再び俺に掴みかかってきたが、これも軽くかわす。

 二、三度これを繰り返したら、普段威勢の良い沢渡が翻弄される姿を見て、周囲から軽い笑いが漏れる。


 沢渡の目がマジになった。

「お前は許さねー」

 沢渡は真剣な顔で集中を始めた。

 明らかに電子制御の体制に入ったようだ。


 沢渡が左の掌底を突き出してきた。

 俺は沢渡のスペシャルが何か知らないので、念のために右手付近の電子運動を加速させた。


 バン!

 沢渡の左の掌底を、俺がまともに右手で受けたので、二つの衝撃波がぶつかった破裂音が教室内に響いた。


 こいつのスペシャルも衝撃波系か、それもえらく射程が短い――俺は沢渡がスペシャルを連発しても周囲の被害は少ないと判断して、もう相手をせずに背を向けた。


「ま、待てよ」

 沢渡は性懲りもなく、今度は右の掌底を打ってきた。

 あまりにもしつこいので、俺も黙らせることにした――幸福の時間を邪魔された恨みもある。

 俺は沢渡の掌底をスリッピングでかわして、左手から衝撃波で沢渡の顎を打った。

 みんなに見えないように、スピードを重視して威力は低くしてある。


 それでも沢渡は「うっ」とうめいて、教室の床に跪いた。

 俺は何もなかったような顔で、自分の席に向かった。


 席に着くと、俺はそっと未来の様子を窺った。

 案の定、目の前の暴力行為にだいぶ引いてしまったようだ。

 いつもの笑顔が消えている。


 そう言えば未来は、沢渡とは幼なじみらしく仲は悪くない。

 これで嫌われるのではないかと思って、悲しい気持ちに包まれたが、刺すような視線を感じて我に返った。


 視線は二つ。

 九条薫くじょうかおるともう一人、普段穏やかな中西亮太りょうただ。

 俺は視線に気づかぬふりをして、授業の開始を待った。




 その日は授業が全て終わるまで、何の波乱もなく進んだ。

 沢渡は今朝の一件で、思うところがあったのかずっとおとなしくしていたし、俺の技に気づいたらしい薫と亮太は何も言ってこなかった。


 俺が一番心配していた未来は、休み時間中に一度だけ笑顔を向けてくれた。

 それだけで俺の心は救われる。


 放課後を迎え、今日は何事もなく終わるか、と思った矢先のことだった。

 眞守は副議長を務める、生徒自治会の会議で遅くなるので、本でも読んで待ってようと教室に残っていると、沢渡が中西と二人で俺の席の前にやって来た。


「何、今朝の続きがしたいの?」

 俺がめんどくさそうに沢渡に言うと、代わりに中西が答えた。

「違う。僕たちは東城眞守と親しい君に、いろいろ訊きたいことがあるだけだ」


 俺は単純そうな沢渡よりも、頭が良さそうな中西に警戒しつつも、この際だから答えられることは話してもいいと思った。

 常に眞守と行動を共にしているので、クラス内で浮いていることには気づいているからだ。


「いいけど、どんな話?」

「この学校が作られた目的と、四城九家についてだ」

 大体が俺の予想の範囲だった。


「いいよ。知ってることは話そう。でも長くなるぞ」

 俺は、二人に座るように促した。

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