ループ

『可哀想』


一人になった僕は、そう言われた。

字をどう書くか、分からない歳の時にそう言われた。

後になって、そう書くのだと教えられた。



「…」


その時の景色は、真っ白だった。

というより、その時その場所に何が置かれて、何があって、なんてあんまり覚えていなくて

それを無とするために、白としか認識できなくて

その中央は、とても「真っ赤」だった。


「…」


あたまのない、ふたり。

おんなのひとと、おとこのひと。


ちがう、


「おかあさん、おとうさん」



分からなかった。

どうなっているのか。

だんだん視界が、真っ赤になって―


だんだん、目が

あつくなってきて―


「…見るな、坊」


その光景を、遮った

少ししわしわの、手を


―何となく思い出した。



「…」


気づいたら、真っ暗だった。

そういえば帰ってきて、何も考えたくなくて

ベットに入って寝たんだ。

それから何時間経過したのか、外はもう暗い。


―ドッ、ドッ、


まだ、ドキドキする。

心臓の動きがリアルに感じる。

静かすぎると、普通が強調される。


それが、怖く感じる時もある。


『あの子は、スカーレットシンドロームなんだよ』


「…」


少し起き上がって、台所で

水を飲んだ。

コップを置いてうつむいて、近くにある薬に目を向けた。


ずっと飲んでいる、処方薬。

沢山あるが飲むのも長くて、名前も覚えた。

何の利益にもない特技。


「…」


あの時から、医者を紹介されて

その病院にずっと通って

成長して、一人で行くようになって

薬はずっと、変わってなくて


不変、だけど

俺は変化している。

生きているのだから、少しずつ。

あんなに小さかった俺は、背が伸びた。


中身は、そんなに

変わってない。


「…苦い」


薬は、苦い。

でもその苦みが、必要なんだよと教えてくれる。


「…疲れたな」


ただ、決められた日に

病院に行く。

その繰り返しで、生きてきた。


その命に、意味でもあるのかって今言われたら

多分ないんじゃないかと、言える。


―俺、何のために


「生きてるんだろう…」


目の中、すごく熱く感じる。

何回流したかわからない、涙がこぼれて

そんなの、誰も聞いてなくて

一人なんだ、


あの、両親を失った時から―



―意味を探すのは、疲れないかい?


「…っ!?」


声の先を、振り向いても

誰もいない。

でも、幾度も聞いたから

その声の主はわかる。


夢の中の、誰か。


「…」


また、胸が苦しい。

今日はいろいろありすぎだ。

静かにしてほしいのに。


―そうなの、かい?


「…煩い」


―僕は、君が何とかなりたいと思っているように見えるよ。


「やかましいんだよ!」


夢の話。をして

薬を処方された。

でも今ここまで聞こえているのなら

薬は効いていないのか。


それとも自分が、悪化しているのか。

顔が、なんだか真っ黒に塗りたぐられている、そんな気分だ。


―そんなに、どうにかなりたいと思うのなら。


「別に…」


―僕は、その考えを否定しない。


一句、一句が糞みたいに

笑っているように聞こえる。


「…やかましいんだ、やめてくれよ」


―ずっと、行かないの。良くないと思うな。


何が、だよ。


―僕、待ってるからね。君を。


一瞬、ざわっとした。

暴力的な風が吹いたのかと、思って

ほぼ崩れ落ちかけていた態勢の目の前に、一枚の紙切れがひらりと落ちた。

ああ、見ない振りしたいつ頃か覚えていない、手紙-




『見るな、坊』




そこには、とても丁寧な字で書かれていた。

俺の事を心配する、誰かの手紙。

いつ送られていたのかも覚えていなくて、日常に埋めていた。


「…斎藤…佑史」


ありふれたといえば、ありふれて。

パターン化しているといえば、そうかもしれない。


『拝啓、間凪祭様…』


ぽつ、ぽつと、読む。

なんだか、この人の文章。

どう俺に触れていいのか、分からない。気がする。


『あんまり便りも出せず、申し訳ない』


謝る理由なんて、あったかな。

俺はその手紙に目を向けて、台所に背中を預け

けだるく読んでいた。


『どうだろうか、具合は。ちゃんと病院に行けているだろうか』

「はい」

『食事は…無理をするな。食べれる時が、あるだけでも幸せだ』

「はい」


ゆっくりとした、文章のどこかに

腫物を扱うような、そんな仕草があるんじゃないかと思う。

対してあなたの事は、知らないのに。


『忘れろとは言わない。でも、前も向いてほしい』

「難しいです」

『難しいだろうな、分かる。でも、生きてほしい』

「どうしてですか」


手紙だから、簡単に書けるのか。


『そして、どうか』

「…」

『お前の記憶に、俺の存在はぼんやりとしてくれていい、それよりももっと』


―透明で、更に


「無で、あってほしい」


―…


今日は、薬を

少し余分に飲んだ。


そして、また

ベットに入る。


一瞬だけ、生きている痛みが

「真っ赤」になった気がした。



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