訳アリ令嬢デスムラムラ ~婚約破棄されたけど押し倒してしまえば問題ありません~

オウカシュウ

訳アリ令嬢デスムラムラ

「デス・ムラムラ公爵令嬢!貴様との婚約は破棄させてもらう!!」


 ある学園の卒業式後の送別パーティーにて。

 ある者は友人との別れを惜しみ、ある者は未来への希望を語る、そんな祝いの雰囲気が漂うパーティー会場に、その空気を壊すような声が響き渡る。

 その場に居た殆どの人がそちらに振り向くと、一方的に怒鳴りつける男とそれを受ける女が居た。


 怒鳴られているデス・ムラムラと呼ばれた少女は、一見すると守ってあげたくなるような儚さを携えた金髪碧眼の公爵令嬢である。

 そのデス・ムラムラに向かって強く声を発しているのは、デス・ムラムラの婚約者であり、その優しい性格と見目麗しい姿から理想の王子様として有名なポク・タマタマ侯爵令息であった。

 そんな、これまでの性格からは考えられない怒鳴り声に、やつれとクマにより陰りが見える美貌も合わさって、周囲の生徒たちは何が起こったのかとそのやりとりに興味を寄せる。


「ポク様、何故そのような事を仰るのですか。この婚約はタマタマ侯爵家とムラムラ公爵家の友好を深める為のものなのですよ……?もしや誰か好きな方が出来たとおっしゃるのですか?」


 デス・ムラムラがその丸い目に涙を浮かべ、その見た目通りの儚い声で疑問を投げかける。

 その雰囲気から、まさか浮気したのかと、咎めるような視線がポク・タマタマへ投げられる。


「ええい、そんな事がある訳ないだろう!それは君が一番知ってるだろう!?」


 その視線に耐えられなくなったのか、ポク・タマタマが惚気るような事を叫ぶ。その叫びに生徒やじうまたちがこれまでの学園生活を思い出し、確かによく考えたら前日までずっとバカップルだったなと、ではなぜ婚約を破棄するのかと疑問を持つ。


「では何故なのですか?……昨日も12時間程度で休まれておりましたし、やはり私の事が好きではないのですか?」


 当然の疑問を投げかけたデス・ムラムラの声を聞き、その答えを知ろうと意識をポク・タマタマに向けた生徒やじうまたちは、その後に続いたデス・ムラムラの言葉に意識をデス・ムラムラに向け直さざるを得なかった。


 12時間?何が?ナニが?いやそれは休むのでは?いやまさかムラ

 ムラ公爵令嬢がそんなことを?


 各々がその言葉の意味を混乱した頭で考えていると、続くポク・タマタマの言葉に思考を停止させることになった。


「それが問題なんだ!確かに私も期待していなかったと言うまい、男だからな!だがな、まさか12時間もするとは思わないだろう!しかもそれも私が気絶しただけで、君はまだやろうとしていたな!?このまま結婚してしまったら、私はすぐに死んでしまう!だから婚約を破棄してくれ!私の過失でいいから!!兄か弟を新しい婚約者として渡すから!!!!!!」


 まさか、本当にそんなことが!?12時間って、どんだけだよ!あの見た目でムラムラ公爵令嬢が、ありだな……。怯えてからか強く見せようと怒鳴るポク様、可愛いわね……。

 等といった、(一部の変態を除き)衝撃を受けた生徒たちはこの先の話をまるで別世界での出来事かのように聞くことになった。


「ですがポク様もご存じのはずでしょう?代々ムラムラ家には悪魔を封印している結界があり、その維持のために生気が必要である事。生気を回復させるためには性交渉をしなければならない事。その相手はタマタマ家の者でないといけない事。そしてもし結界がなくなれば、世界は滅ぶであろう事。ポク様は世界が滅んでも良いと仰るのですか?」


「ああ、勿論全部知っているさ。それに私も世界が滅んでほしいとは思っていない。だがな、私ではもたないのだ。ならばここで破棄して兄か弟に任せても良いだろう!」


「残念ですが、それも無理なのです。昨日の行為により、回復に必要な相手としてポク様が固定されてしまいましたから。」


「何だと?だ、だったら!もしかしたらもう悪魔も死んでいるかもしれない、何せ何百年も前の話なのだから!それなら問題ないはずだ!」


「それもポク様もご存じでしょう?一度同じことを言って、危うく封印が解けかけたご先祖様が居た事と、その結果この世界は未曽有の大危機に襲われた事を。それ以降は何があっても結界を維持するように神様から天命が下さているんですよ?」


 悪魔、結界、性交渉、世界の滅び、神様。

 それまで考えたこともなかった話が生徒たちの頭を通り抜けていく。そんな彼らを置いてけぼりにしても話は続いていく。


「ならばどうすると言うんだ!?12時間も行為に及ばれては仕事も出来ないし、自由な時間も殆ど持てないではないか!」


「仕事など、ムラムラ家で結界の維持に努めるのが仕事ですから問題ありませんね。自由な時間については申しわけないのですが、諦めて頂ければと……。その分欲しいものなどがあれば何でも買ってこさせますので。」


「い、嫌だ!私は侯爵家の令息として恥じぬようこれまで生きてきたんだ!それを結界を維持するためだけの装置として生きるなど……そんなもの人の生き方ではないだろう!?」


 ポク・タマタマの悲痛な叫びに固まっていた生徒たちは我に返る。確かにそんなものは人の生き方ではない、ただの機械ではないかと、同情の視線がポク・タマタマに集められた。

 その視線に、味方を得たと強気になったポク・タマタマは続ける。


「だからどうか頼む!破棄はどうしても出来ないのだから、せめて時間を短くしてくれ!具体的には3時間程度には!」


 恐らく本当の狙いはここだったのだろう。それでも充分長いと思うのだが、まあ本人が言うなら良いか、と生徒たちは少し思いながらデス・ムラムラへ視線を向ける。

 その視線にひるんだかは定かではないが、デス・ムラムラは一つため息をつくと、肯定するかのように頷き言葉を発する。


「分かりました。そういう事でしたら条件を飲んでいただければ、3時間で手を打ちましょう。」


「本当か!?なんでも言ってくれ、私にできることなら何でもするぞ!!」


 その瞬間、デス・ムラムラが笑顔を浮かべる。その言葉が聞きたかったと言わんばかりの邪悪な笑みは、生徒たちにポク・タマタマの末路を思わせるには十分であった。

 喜びからかそんな表情に気づけないポク・タマタマはデス・ムラムラの肩に手を乗せると、


「さあ、早く言ってくれ!なんでもするぞ!」


 と更に続けた。

 生徒たちには、鴨が葱どころか鍋と野菜とツユまで背負っている姿が見えたとか……。

 そしてそんな姿を見せられたデス・ムラムラほしょくしゃはというと、


「ええ、条件と言うのはですね、子供を作ることです!今から作れば、タマタマ家の末の弟さんと殆ど同い年ですから、彼らが18歳で卒業してからならそちらに維持を任せられますので!」


 我慢できないといった表情でそんな言葉を放ち、肩に置かれたポク・タマタマひしょくしゃの腕をつかむと、その内容に固まった哀れな鴨を引きずりながら出口へと向けて歩いていった。


「無理だ、一番早くても19年はかかるではないか!それではそんなに変わっていないだろう!頼む、離してくれ、他の事なら聞くから!」


 途中で再起動した鴨が抗おうとするが、欲に呑まれた怪物デスムラムラの前では無力であり、扉から外へと消えていった。


「嫌だ、死にたくない!誰か助けてくれ!死にたくなーい!!!!」


 そんな言葉が扉の外から聞こえた気がしたが、生徒たちは一瞬祈りを捧げると、そのままパーティーを楽しむことにした。


 ・

 ・

 ・


 その後の事だが。

 デスとポクの間には10人以上の子供が生まれ、ムラムラ家とタマタマ家の友好は続き、お互いに繁栄していったという。

 その事についてポクは、「人間、意外と何とかなるものだな……」と何かを悟った目で語ったと言われている。


 そしてその19年後……

「エス・ムラムラ公爵令嬢、婚約を破棄してくださいお願いします!」

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