第3話 命日日和②
20フィートの和船に、静岡達は乗りこんだ。
中央に操舵席がくっついていて、船体には船の名前が書かれていたらしいが、剥げてしまって読めない。
湾内や波の立たない湖などで釣りに使うような、とても5人が海で乗るには無謀な船である。
船外機のひもをひっぱりながらエンジンをかけると、甘ったるい声の男が操舵席に入り、船は動き出した。
ぐんぐんと速度を上げていく。
だが、少し離れたところを行く2艘のモーターボートにあっさり追い抜かれた。
引き波を船の横っ腹にあてられ、大きく揺れる。
「あっぶね!」
「ちょっとこれ大丈夫ですかっ?」
「ライフジャケットとかないとさぁっ」
男達はヘリにつかまって隅に縮こまりながら、文句ごうごうである。
ごつごつしたスキンヘッドにちょび髭、筋肉質な四角い体に、趣味の悪いシャツを着ている操舵席の男が「はっはあ!」と笑った。
速度がまた上がり、白波を割って船は突き進む。
波しぶきを思いきり浴びながら、落水しないようにとだけ、静岡はへりにきつく指をくいこませた。
「さあもうすぐお望みの異世界よおっ」
高波のうねりに船がのって、大きく揺れたときだ。
ざばあっ。
真っ白い波しぶきが船の舳先を軽々超えて、ぶつかってきた。
「うわあっ」
静岡は目を見開く。
死ぬ、と強烈に頭の中で思った。
静岡と男達は海に投げ出され、船はひっくり返った。
一人だけ、操舵していた男だけがライフジャケットによって水面に浮かび上がってくる。
ーーーーーーーーーー
水面が光って、別世界のようだと静岡は思った。
魚の影がいくつも目の前をよぎる。水面近くの小魚たちは銀色に光って見えた。
沈んでいきながら、静岡はなぜか落ち着いた気持ちで走馬灯を待っていた。
死ぬときには誰もが見ることができるという、走馬灯。
しかしそれは訪れなかった。
目の前が真っ白になっていく。それだけだった。
……俺、なんにもねーのかよ。
自嘲しながら意識を失った。
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ひどい頭痛と寒さとだるさの中で、静岡は目を覚ました。
薄い橙色の大きな実をぶらさげた低木がいくつもある。手を動かし、土に触れて、恐る恐る握ってみた。
湿った土の感触だ。
水を飲んだせいなのか、喉も胸も鼻も痛かった。起きあがろうとしても力が入らない。
日差しが葉陰からもれて、手の甲にあたるのがあたたかく感じられた。
……生きている。
そう感じた瞬間に、ぶるぶるっと体が震えた。喜びのためなのか安堵なのか、ただの寒さからなのかは分からない。
震える静岡の耳に、落ち葉を踏みしめて歩いてくる足音が聞こえた。
だんだんと近づいてくる。
静岡は半分体を起こした。果樹と果樹の間から、一人の少女が姿を見せた。
目が合って、少女の黒い目がかすかに見開かれる。
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