052 末路
「ハァ……ハァ……!」
駆ける。駆ける。ただひたすら駆ける。
路地裏へ、人気のない方へ、ごみ箱もそれに集るネズミも蹴散らすように、ただ闇雲に逃げる。
「ハァ、ハァ……ハ、ァ」
駆ける。駆ける。駆け終える。
体力も精根尽きて、男はなんの変哲もない路地裏で倒れるように座り込んだ。
「ハァ……逃げ切った、か?」
『ああ。にしてもそこまで逃げる必要があったのか?』
「だって! だってよぉ……俺のチートが、全く効かなかったんだぞ……!? どうすりゃいいんだよ、あんなの……」
『自信をすっかり無くしちまったか……まあ、気持ちはわかる。あんな突破方法されるとは思わなかったぜ』
男は陰に向かって会話する。カタルと同じ、語り手特有の物語との会話。男の方は酷く動揺していて、一方脳内で答える笛吹き男は冷静だ。
男は完全に戦意を喪失していた。あの時、現実世界で叩き起こされた時に見下していた男の姿が、今も追ってきているような錯覚を覚えて必死に身を縮こまらせている。
『だが、見逃されたのはチャンスだ。次は手段を選ばず先手を打とう。そうすれば勝てる筈さ』
「あ……あ、ああ。そ、そうだな……俺は見逃されたんだ。まだチャンスはある……」
まるで自分へ言い聞かせるように男は開き直る。次また異世界に踏み込めば殺されるという脅しなんてすっかり忘れて、どうしようか悩んでいる――と、
「……おや、これじゃあまるでドブネズミみたいですね」
「ッ!? 誰だ――」
「おやおや、誰だは酷いじゃないですか。お互い良い仲だったと思うのに……」
突然の声に男が振り返る――と、そこには闇の中に小さな人影が一つ、ポツリと立ってた。
姿は完全に闇に溶け込んでいて見えない……が、男はその声色にかすかながら身に覚えがあった。
「あ、アンタは……あの時、異世界を紹介してくれた……」
「はい♪ 覚えてくださってなによりです」
「……それで、なんの用だよ。アレからもう関わることは無いって言っていたじゃないか」
「そういえばそんな話もありましたね……ふふふ」
「……?」
影の中で何かが動く。
『ッ!? マズい、早く逃げ――』
――《マジック・スキル「ウルフファング」》
「あ――が、ふ――」
その手元で、一瞬明かりが灯ったかと思えた瞬間には、全てが“終わって”いた。
「……ぇ、え――?」
「ごめんなさい。でも貴方がこれ以上関わると困るので……だから、ごめんなさい」
男の下半身はとっくの昔に黒い影に喰われていた。
タラリ、タラリと漆黒の陰を濡らす赤い液体。熱量が少しずつ男の体から奪われていった。
「――全て喰らいなさい」
「あ――」
バキリ、と骨が粉々に砕ける音。男を喰らった影はそのままもう一度大口を開けて、一息で残る上半身を噛み潰して消えてしまった。
「カタルちゃん、かぁ……ふふふ、楽しみだなぁ」
朝日の陰から身を出さず、ポツリと人影は呟く。
足元には男の唯一残した血液。それを足先で引き延ばして遊びながら、影はクスリと笑った。
「厄介ごとを片付けたらすぐに遊びに行くからね、カタルちゃん――」
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