051 物語のあとさき
……異世界を脱出し、元の体に戻った。空は朝日で焼けている。
肩には連れ出した笛吹き男を乗せて河川敷に降り立つ。
「オイ、起きろ」
「……ぅが、あ……え?」
男を地面に降ろして雑に目を覚まさせる。足で蹴り起すようにすると間もなくして男は目を覚ました。眠っていたかのように目をぱちくりとしている。
――そんな様子の男の腹部に、力を込めて足を踏み置いた。
「ふげッ……!?」
「目を覚ましたな。お前さんはもう負けたんだ」
「あ……ぅ、う……!?」
「だが特別に命だけは助けてやる。その代わり、二度とあの世界に関わるな」
踏み置いた足に力を籠める。これが最後通牒だと言わんばかりに、力いっぱいに。
「もしあの世界にもう一度足を踏み入れてみろ。その時は今度こそ――お前を殺す」
「……! ひ、ヒィ……!? ぁ、わああああああ!?」
男から足を離すと、慌てて立ち上がりそのまま悲鳴を上げて逃げてしまった。何度も河川敷の石に転びそうになりながらも、必死に振り返りもせず逃げていく。
『……これで本当にいいの? 今はいいけどいずれまたやらかすわよ、きっと』
「だから言っただろ。その時は――」
『本当に殺せるの?』
「…………」
『この臆病者。でも今はそれで良いわ。初戦にしては上出来よ』
もう暗闇の中に溶けて見えなくなってしまった男から視線を外すと、アリスはまるで静かにほほ笑むようにそう言った。
『これからは私たち、一蓮托生なんだから。そういう足りない部分は今後少しずつ補っていくってことにして頑張っていきましょ、ね?』
「足りない部分か……」
俺には何が足りないのだろうか。臆病者って言われたから勇気とか?
きっと数え切れないほど足りない部分は存在すると思う。
「足りない部分なんて、俺にはきっと死ぬほどあるんだと思う」
『そうね。実際その通りなんだし』
「ぅ……でも、こんな俺だけどよろしくな、アリス」
『……仕方ないわね』
ふわり、と実体化して目の前にアリスが現れる。
……まさか、異世界じゃなくて現実でも同じことができるとは思わなかった。相変わらず綺麗な子だな、と思う。
『私もアンタから学ぶことは多かったし……まあ、こちらこそよろしくね。えっと、こういう関係ってなんて呼べばいいのかしら? パートナー? 相棒?』
「なんでもいいよ……」
『んじゃ、相棒ね。よろしく相棒さん』
そう言うとアリスは俺に向けて手を差し伸べてくる。
俺は恐る恐る手を伸ばして握った。……温かい、気がする。この体の時は百人力だったにも関わらず、小さくてか弱い印象を覚える。
……ああ、そうだ。強いとかそういうのは関係ない。俺はあの瞬間この子を守りたいと感じたから、こうして手を結んでいるんだ。そこに後悔は全くない。
「ああ、よろしくな。相棒」
『ええ、ええ! よろしくね!』
アリスは満面の笑みで返事を返しながら、俺の腕をぶんぶんと振る。本当に心底嬉しそうにしているもんだから見ていて微笑ましい。
「さて……帰るか、家に」
『そうね――さあ、戦いの傷を癒して次の戦いに挑めるよう備えましょ』
……決してそういう意図は無いんだけどなぁ。
姿を消して俺の頭の中に戻ったアリスに苦笑いを浮かべながら、俺は帰路に着くのだった――
■
「ただいま~……」
小声でぼそりと呟くように玄関の鍵を開けて家に入る。
思えば朝に家を出て丸々二日外出しつづけたことになる。以前は深夜にこっそり家出したからよかったものの、今回はバッチリ家族にバレている。
……何が言いたいかというと、素行が親バレしててマズいということである。
「……カタル」
「ッ! か、母さん……」
玄関を上がってリビングを通り過ぎようとしたその時、リビングの中に居た母親と視線が合ってしまった。ドキリ、と心が動揺する。
母親はテーブルの席から立ちあがって俺の元へ歩いて来て、目の前までやってきた。な、なんだ。もしかして怒られるのか――
「ッ……! よかった、ちゃんと家に帰ってきてくれて……!」
「――へ?」
……てっきり怒られるのかと思ったら、目の前で泣かれてしまった。
な、なんだ……俺は、俺はどうすればいいんだこの状況で……?
「お母さん心配したのよ! お父さんも! カタルが帰って来るか心配で心配で……」
「お、お母さん、落ち着いて」
「でもよかった……! おかえり、カタル……!」
正面から抱き着かれるように母からの介抱を受ける。
……驚いた。まさかそんなに、涙を流すほどに心配してくれているだなんて思いもしなかった。
(……俺のことを心配してくれる人、こんな身近に居たんだな)
いつかのリヴィアさんの言葉がよみがえる。
“自身が自分を粗雑に扱うのは絶対に良くない。それじゃあ心配して守ってくれる人が浮かばれない”……かぁ。あの言葉の意味がようやく理解できたというか、重みをやっと知ったというか。
「……ごめん、母さん。次は心配かけないようにするから」
「うん……うん……!」
これから先、自分は危険に身を置くことになると思う。
けれど、少しでもこういう人を心配させないよう、ちょっとでもいいから自分を好きになろう――そう思うのだった。
■
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