050 物語の結末

 リヴィアさんが語り手と遭遇したと思われる地点に到着した。

 到着したのは奥の無い浅い洞窟。……思えば、過去に――初めて異世界に来てモンスターに襲われた時――ここへ逃げ込んだこともあったっけなと、思い出に近いものを感じたり。


『……いい加減ツッコミたいんだけど、こんなところに語り手が隠れていると思ってるの? なんの変哲もない洞穴じゃない』

「だからだ。ハーメルンの笛吹き男のラストは、“子供たちを連れて笛吹き男は市外の山腹にある洞穴の中に入っていった。そして穴は内側から岩で塞がれ、笛吹き男も子供たちも二度と戻ってこなかった”――これが終わりの一つだ」

『! つまり、本当にこの洞穴に隠れていると思ってるって訳!?』

「ああ。物語にもじって身を潜めているなら、ここしかない」


――《ウェポン・スキル「金の鍵」》


 トランプを一枚抜き取って鍵を召喚する。

 ただの岩に剣なんて突き立てても意味が無い。ピッケルか何かが必要だろう。だが――


――それが私の“武器”。金の鍵――封じている物を問答無用で解錠できる代物よ。


 それがこの武器の特色。この洞穴の奧の壁――岩壁が内側から封じているものならば、この鍵がこじ開けてくれる筈だ――!


「うぉおらああ――ッ!」


 ガチン、と真っ向から鍵を壁に突き立てる。

 途端に壁が崩れる。魔法が解けたかのようにガラガラと瓦礫となって崩れ落ちた。


「な、ヒ――!?」


 そしてその奧には、一人の男が怯えた表情で座り込んでいた。


「お、俺の拠点スキルが!? なんで!?」

「さあ、これで物語はおしまいだ。観念しろ、笛吹き男」


 金の鍵の狙いを男の首に合わせる。

 ……手加減は一切しない。コイツはリヴィアさんを操り利用した男だ。そう考えるだけで怒りが込み上げ、理性が無ければ今すぐにでも切り裂いていたかもしれない。


 だが、俺は守る為に戦うと誓ったんだ。そんなマネをしてしまえばただの人殺しと変わらない。だから理性を保ち続けろ、自分……!


「…………クソッ。強引な手で自分のものにはしたくなかったが、やむを得ん――!」


――《チート・スキル「幻惑の音色」》


 男は目にも止まらぬ早さで腰に下げていた笛に口を付け、音色を奏でる。


「ッ……!」

『カタル……!』


 意識が揺らぐ。脳味噌がぐちゃぐちゃに掻き乱される。

 自分の目的が薄れる。分からなくなる――その前に、俺も同じく腰に手を伸ばし、


「ほら――」

「な、あ……え……?」


 腰に下げていた麻袋を男に向けて投げた。

 殺傷力を求めた投擲ではなく、まるで物を投げ渡すような放物線を描いた投擲。それは男の胸元に命中して、そのまま手元に落ちた。


「これは……金貨? ……ハッ!?」

「ハァ――ふぅ、これで……“対価は支払った”ってことになるよなぁ……? ハーメルンの笛吹き男さんよぉ……!」

「な……どうして、何故俺の魔法が解けているんだ!?」


 笛の音色による洗脳が解けていることに男は酷く狼狽え困惑している。

 ……ハーメルンの笛吹き男に限らず、この手の物語は結末が子供向けにアレンジされることが多々ある。

 今回の場合は町長が対価を支払って子供達を返して貰ったとか、そもそも対価を支払うのを出し渋らなかったとか。とにかく、物語の最後はハッピーエンドに繋がるものになっている。


『なるほどね……子供向けの物語通り、金貨を支払って子供たちを返して洗脳を解いて貰ったって訳か』

「一つの物語でも解釈や脚色次第で無限の展開がある……やっぱりおもしろいよ、物語って」

「どうして、どうしてッ!? なんで俺の“チート”が効かねえんだよ!?」


 既に男に以前の余裕は見られない。彼にとっての最後の切り札を今ので封じられたのだ。そりゃ焦りもするか。


「どうしてっ!? どうして! どうしてだよ!?」

「ふ――ッ!」

「あがッ!? う……っ」


 懸命に笛を吹いている男の様子が、あまりに見ていられないから先に手を出した。

 金の鍵の峰で男の腹部を強打する。力加減を誤って貫通してしまわないようにみぞおちを叩くと、男は白目をむいて倒れてしまった。

 ……脈はあるな。今ので心臓に異常をきたしていないか不安だったが、問題は無い。目的通り気絶したらしい。


『……それで、どうするのよその男。村に突き出して制裁でもさせる?』

「いや、この世界から追い出す。二度とこの世界に来ないよう釘を刺してな」

『ちょ――それってつまり口約束でしょ!? そんなのでコイツが本当に二度と来ないなんて保証は無いと思うけど?』

「じゃあなんだ、ここで殺すか? それとも村に突き出して見殺しにするのか?」

『見殺しも何も、多分そいつのせいで今まで村に被害が――ッ、ああもう! いいわよ。好きにしなさい。不殺主義もそこまで来ると清々しいってもんよ』

「悪いな、アリス。でも俺は人を殺しちゃいけない気がするんだ……」


 頭の中でぷんすか怒りながらも承諾を下してくれるアリスに感謝の言葉を告げる。

 俺は守るためにこの戦いに挑んでいるんだ。だから自分から手を出すことがあるとすれば、それは自分の掲げた信念に反することになる。

 ……我ながらお堅いとは思うが、そうでもなければ自分を保てそうになかった。


『……別にいいけど。でもいつかは誰かを殺す決断に迫られるかもしれないんだから、その覚悟ぐらいは最低限しておきなさいよ』


 だが、彼女の言葉を不意にすることもできなかった。

 俺は倒れた男を肩に抱えながら、アリスの言葉を頭の中で繰り返し噛みしめるのだった。


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