049 決着
「ぐア――!?」
閃光の消失と同時に衝撃波が発生する。その衝撃波は俺を吹っ飛ばさない程度には都合がよく、リヴィアさんの体を吹き飛ばす程度には強烈だった。
“真言の言葉”――ウォーパルソードの別解釈。
今のできっと剣の時と同じ効果を、それも直接叩き込めたと思うのだが、結果はおろか彼女の安否も分からない。
『やった……!?』
「ッ、リヴィアさんは……!?」
衝撃波で巻き起こった砂埃で前方が見えない。
ようやく砂埃が晴れて、そこにあったのは木を背中に倒れ込んでいるリヴィアさんの姿だった。
「リヴィアさん! リヴィアさん!?」
その姿を見て、笛吹き男の呪縛とかそういうのは全部二の次になった。
俺は慌てて駆け寄り、彼女の両肩を叩きながら――頭を揺すらないように――声を懸命にかける。
「……ぅ、ん」
「出血は無いけど、頭を打ったに違いない……すぐに冷えたタオルを――」
『ええい、アンタお医者さんなんでしょ! もうちょっと落ち着きなさいよ! 今呼びかけに反応があったでしょ』
「え……そ、そうか。リヴィアさん、どうか目を覚ましてください……!」
思わず気が動転したが、意識があるなら幸いだ。続けて声をかけ続ける……と、彼女の表情に変化があった。
「……ん、え、えっと……か、カタル、ちゃん……?」
リヴィアさんの反応に固唾を呑む。
本当にリヴィアさんか、それともあの男の演技か。それは彼女の反応の続きを伺うまで分からないが――
「私……信じてた。カタルちゃんが助けてくれるって、信じてたわ」
「……! よかった! よかったぁ!」
「わっ!? カタルちゃん、びっくりしたぁ!」
上手くいった。成功した。そのやり取りを知っているのは彼女しかいない。
嬉しくって思わず彼女に抱き着いてしまう。今はそんな時じゃないと分かっていても感情が抑えられない。嬉しい、嬉しい、嬉しい――!
「……ふふっ。私が助けられたのに、自分が助けられたみたいに嬉しそうね」
「だって、初めて自分の手でちゃんと人を救えたんです! 嬉しくもなりますよ!」
「そっか……でもカタルちゃん、まだ油断する時じゃないわ。私、このモンスター騒動の元凶がわかったの」
「! それって語り手――えっと、渡来人がどうとかいう……」
「ええ。元凶は色とりどりの服装をした風変わりな男。自分から自白していたわ。追い詰めたつもりだったんだけど、その後は……記憶が曖昧で、多分操られていたんだと思う」
リヴィアさんは体験談から状況を懸命に伝えてくれた。どういう経緯で彼女が巻き込まれたのか謎だったが……なるほど、愉快犯じみたあの男ならそういう行動を取ってもおかしくはない。
「……リヴィアさん、あの男と会った場所は分かりますか」
「ちょっと待って……ここが湖だから、ここからおおよそ北東の方角にある洞窟の辺りだけど……まさかカタルちゃん、戦いに行くの」
方位磁針を片手に方角を教えてくれたので、俺は立ち上がりその方向を見る。するとリヴィアさんは心配そうに尋ねてきた。
俺達の答えはとうに決まっている。頷いて答えると、彼女は一瞬心配そうな顔を浮かべたが、それを押し殺すように目を一瞬瞑ってから俺を見つめた。
「……カタルちゃん、あの男に会うのなら笛に気を付けて。あの男の持っていた笛の音色を聞いた直後に意識が揺らいで……とにかく、笛の音を聞かないようにして」
「はい、対策はばっちりです。リヴィアさんはここで安静にしていてください。後から迎えに行きます」
「いえ……自分の尻ぬぐいぐらい自分でするわ。手持ちの救難信号を出す。ギルドから迎えが派遣されるから、カタルちゃんは私に構わず戦いに専念して」
そう言いながらリヴィアさんは腰につけていたポーチから一本の筒? のようなものを取り出す。話から察するに、恐らく発煙筒の類だろう。それで救難信号を出すらしい。
……戦いに専念して、か。どうやら戦うことに対して反対するつもりはないらしい。
「行ってきます、リヴィアさん。応援してくれると嬉しいです」
「当然よ。カタルちゃんならなんだってやってみせるって信じてる」
「……期待がちょっと重たいです」
「ふふ、ごめんなさいね。冗談よ。でも応援してるのは本当だから」
そんな軽快な会話を挟んでしばしの別れを告げて、俺は敵が潜んでいるであろう方角にへと走り出した。
……後方からは乾いた火薬の音。リヴィアさんが救難信号を上げたらしい。
『ずいぶんとあの女から信頼されてるわね』
「ああ、この信頼に応えなきゃな」
『そういうとこ、考えが固いわよ。深呼吸でもしてもっと気楽にいきましょうよ』
頭の中でアリスが心強い発破をかけてくれる。
気楽に……か。緊張するタチだからこういう状況だとガチガチに固くなるのだが、彼女の言葉を参考にして気楽にやってみることにしようか。
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