048 決戦

――《ウェポン・スキル「金の鍵」》


 威勢よくトランプを引き抜き、武器を召喚する。怪我こそ負ったものの、状況はおおよそふりだしに戻ったようなものだ。

 その上で言えることは、今度はもう惑わされない。


「行くぞ――アリス」

『ええ、やってやりなさい――カタル!』


 互いに呼吸を合わせる。今の俺たちは文字通り一心同体だ。傲慢になる気は無いが、これなら不思議と負ける気がしない――!


「はぁあああああ!!」

「ッ、ぐ――!?」


 裂帛れっぱくの気合を込めた大振りを、敵は苦し紛れに受け止める。

 最初のころと比べて、打ち合い時に反響する鉄の音が徐々に変化しつつある。繰り返し続けた俺達の攻撃によって剣の金属疲労が進んでいる証拠だ。


「――か、カタルちゃん! 止めて! 私よ!」

「この……猿真似を!」

「……チィ! コイツ、剣筋が衰えない……!?」


――――うん、信じてるわ。カタルちゃん。


 ……さっきの俺はバカだった。

 リヴィアさんは俺の言葉を信じてくれたというのに、どうしてあんな言葉に俺は惑わされたのか。恥で脳髄が熱くなる。


「――ッ!」


 そんな恥を振り払うように武器を振り下ろす。要するに“八つ当たり”ってやつだ。

 俺は彼女を助ける、そしてそれをリヴィアさんは信じて待っている。だから彼女がそんな命乞いをする訳が無い。

 だから消えろ……! それ以上彼女を騙るな……!


「クソ――《アタック・スキル「スリーパニッシュ」》!」


 俺を一度追い詰めた三連撃が再び襲いかかる。

 あの技は変幻自在な必殺の一撃が三連続で雪崩れ込んでくる。真っ向から受け止めるのは危険極まりない――だが、


――《マジック・スキル「巨大化」》


 鍵を地面に突き立てて、一枚のトランプを抜き取り発現させる。

 突き立てた鍵は巨大化し、壁となって敵の三連撃を容易く受け止めてみせた。

 ……いや、それだけじゃない。巨大な金属を斬った反動と残心で、敵に大きな隙を生じさせた。


「ぇ――なんだこの……ハッ!?」

「ッ――!」


 懐に飛び込んだ。そのまま俺は腕を突き出して、リヴィアさんの胸アーマー目掛けて掌底打ちを繰り出した。


「……? ハ、ハハッ。残念でしたね。俺とこの女とは痛覚の共有はしていない。ダメージを負うのはこの女だけだ――ッ!」


 反撃に対し、跳躍の要領で後方に跳んで回避する。

 それについてはもう織り込み済みだ。今のはデモンストレーション――言うなら、実現可能かどうかの検証だ。

 ……まあ、なんだ。その試した行為によって“容易なんだな”と理解した。


「そう、だからこんなマネだってできるのさ……!」


 敵はリヴィアさんを操って自身の首元に剣を突き付ける。まるで自害することを脅すかのように。

 いつかやるとは思っていたが、それだけは容認できない。何があっても彼女を傷つけることだけは見逃せない。


「! やめろ!」

「やめて欲しいか? なら……そうだな、そのトランプ束を捨てなさい。それが君の語り手としての武装なのだろう?」

「…………」


 迷わず俺は脅しに従って、カードホルダーごとトランプの束を取り外す。

 ……コレは賭けだ。ここから先は一つでも解釈を間違えていたら全てが水の泡になる。それでも、やってみせる。


『カタル、アンタ……』

「大丈夫だ、俺を信じてくれ」

『……ええ、信じてる』


 カードホルダーを放り投げて捨てる。距離にして10m弱か。とてもじゃないが拾い上げてトランプを取り出して――なんてことをやっているうちに首を跳ね飛ばされてしまいそうだ。


「従う気はある……と。なら、このまま俺のものに――」

「ならない。お前を倒してリヴィアさんを取り返す」

「ハ――なら、体で分からせるしかないようだな――!」


 敵は剣を上段に構えて俺に向かって走って来る。まるでこん棒を手にしたゴブリンのようだな、とあざ笑うように思ってしまう。油断に満ちた表情だ。

 俺は逃げもせず、避けもせず、真っ向から迎え撃つ――


『? なによそれ……カードの、切れっ端……?』


 そんな中、俺の指先には投げ捨てた際に千切り取っていたカードの切れっ端が摘ままれている。自分でも何のカードか分からないが、確かにカードの一部だ。


『そんな一部分じゃ使えないわよ!?』

「きっとそうだろうと思っていたよ。だからコレと、コイツだ」

「! それは……」


――――んじゃあ、コレはあげちゃう。私からのプレゼント。


 ……ああ、本当に本当に、俺は彼女に助けられてばかりだ。

 あの時、リヴィアさんに貰ったジャバウォックの魂石が一つ、ここに残っている。


 魂石は、カードと触れあうことで新たなカード武装となる。

 俺はカードの切れっ端と魂石を触れあわせて、一枚のカードを生成する――!


「! カード!? この――!」


 敵は俺手元に握られたカードを見るなり、血相を変えて斬りかかって来る。

 それもそうだ。武器を持たないと思っていた相手が実は暗器を持っていた――だなんて、油断が消し飛ぶ心地だろう。

 しかしまだ武器は使わない。俺は空手のまま腕を突き出して真っ向から受け止める――


「ッ! ぐ……!」


 ……ここまで敵を摩耗させた意味があった。

 何度も打ち合い刀身がズタボロになった剣は、切れ味を失い俺の腕を切断することはなかった。

 ……痛い。純粋に金属が衝突した痛みで脳髄が焼けたような錯覚を覚える。けれどここで止まれない。まだ俺にはやるべきことがある――!


「……!?」


 防御に使った腕とは反対の手の拳底をリヴィアさんの胸に当てる。敵は攻撃直後、懐に潜り込めるほどの隙ができるのは先ほどのデモンストレーションで検証済みだ。


――《ウェポン・スキル――


 拳底と胸の間に挟み込んだカードが輝く。燃焼めいた閃光が彼女の胸元を中心に零れる。


「――《真理の言葉》――!」


 そして、閃光と共に俺は大声で呪文を叫んだ――

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