053 Alice's in the Another World!

 異世界のとある村、エルディア村には平穏が戻ってきた。

 しばらく悩まされていたモンスターの問題も突然ピタリと止んで、今では平和そのものになっている……らしい。それでもぽつぽつとモンスターの被害は出ているが、自然の範疇だとのこと。


「! カタルちゃん!」


 村に到着して少し経ったぐらいだろうか。ギルドの戸からリヴィアさんが――以前通り元気な姿で――出て来るなり、俺の顔を見てびっくりしたような声を上げた。


「あ、リヴィアさ――うぷっ!?」

「よかったぁ……無事に帰ってこれたんだね……本当に良かった……」

「り、リヴィアさん胸、胸が当たってます! アーマー越しに! 硬痛いですっ!?」

「あ、ごめんなさい」


 硬くて痛い抱擁もパッと離されて終わった。

 ……胸より最も近い場所に居たが、結構な痛みだったぞ……あのアーマーが無ければ柔らかかったんだろうなぁ、なんて妄想を浮かべてみたり。


「モンスターの被害もグッと減ったし……カタルちゃん、やったんだね」

「はい。これできっとこの村は安泰になったかと思います」

「……本当にありがとうね、カタルちゃん。貴女のおかげで多くの人が守られたわ。私も含めてね」

「い、今思い返すと恥ずかしいセリフだった気がしますけど……」

「なぁに、恥ずかしがっているの? 私的にはこの上ない素敵な言葉だったと思うわよ」


 リヴィアさんはいたずらな笑みを浮かべてそう口にした。

 あの時は場の勢いと深刻さで口走ったが、思えば中々恥ずかしいっていうか、痛いセリフだったのではなかろうか……!?


「ほらほら、別に恥ずかしがる必要は無いと思うわ。実際私もあの言葉に救われたというか、あの言葉が無かったら諦めてたと思う……だから――チュッ」

「……!?!?!?」


 リヴィアさんは俺の背丈に合わせて屈んだかと思うと、俺の左頬に小さくキスする。突然のことだから無抵抗にされてしまう。

 え、あっ……あの、その、これは何……? なんのキス……?


「ありがとう、小さな騎士様。渡来人の事件も終わったし、いずれ私は王都に帰ることになるだろうけど……貴女みたいな勇敢な子のことは絶対に忘れない」

「……リヴィアさん」

「それじゃあ、私はこの辺で。森の警護の仕事があるから」

「あ、はい……お気をつけて」


 ……頭がぽーっとする。頬に残った感触が未だに脳を支配している。

 まだ左頬にはリヴィアさんが口づけしているような錯覚が残り続けていて、なんだか不思議な感覚だ。


『なに色気にやられてるのよ。ほら、シャキッとする!』

「いや、そうは言われても……あんなことをされたら誰だって――」

「――カタルちゃーん!」

「うわ、はい! なんですかー!?」

『あ、シャキッとなった』


 遠方から声をかけられてびっくりしながら顔を上げる。

 村の出入り口に立っているリヴィアさんは大きく手を振りながら声をかけていた。


「かっこいいとは思うけど、“俺”っていうのやめた方がいいわよー! せっかくかわいいんだから!」


 そう笑顔で言い残すとリヴィアさんは背を向けて立ち去って行った。

 新たに新調した剣を携えて、森の中に消えていく。


『……だってさ。フフッ、私口調に変えてみる?』

「ッ……こんな体でも、俺の魂はちゃんと男だっての!」


 空に向かってうがーっと吠える。

 しかし、俺の魂の叫びは誰一人にも届くことは無かった。


 ■


『……ふむふむ、ここから近いのはアーカディア王国かな』

「ここがエルディア村で、ここが……うん、そうだな。規模のデカい集落はそこが近いっぽいな」


 地図を広げて見ながらアリスと会話を繰り広げる。

 現在地は……村から北の方角の森の中と言うべきか。街道を歩いて王国とやらに移動するには半日ぐらいかかりそうだ。


『……それにしても、すっかり適応してるわね』

「? 何がだ?」

『いやぁ、こうして旅に出るところとかさ。前は理由が無かったら動く気が無かったじゃない』

「それは……そうだけど。でも今は違う。今はお前を守るために戦う。だから協力するさ」


 開いた地図を畳んで懐にしまい込みながらアリスの言葉に答える。

 人のことを思いやれる誰かを助けるために戦う。それがこの戦いに挑む願い――いや、でもこうして戦っている時点でその願いは叶っているのだろうか。うーん、変な矛盾だ。


『……そ。でも嬉しいわ、その言葉。私を助け出す時にそう言ってくれたの、本当に嬉しかったんだから』

「そう正直に答えられるとなんか恥ずかしいな……」

『なぁに? 照れてるの?』

「照れてない。恥ずかしいだけだ」


 我ながら正直じゃない言葉を咄嗟に吐き出す。どうやら俺はこの手のべた褒めに弱いらしい。そう言われるとなんだか顔が熱くなってくる。


『ま、そういうことにしておいてやりますか……んじゃ、さっさと出発するわよ。こんな調子じゃ夜になっちゃう』

「ああ、今日は夜中までには戻るって家族に言っちゃったからな……王国の下見は早めに済ませなきゃ」

『それもそうね。あれからママとは良い感じなの?』

「以前よりは打ち解けた……と思う。俺の主観だけど」

『そう。よかったじゃない』


 頭の中からアリスは本当に喜ばしそうに言ってくれる。

 ……確かに、よかった。この異世界騒動に巻き込まれた時はどうなるかと思ったが、結果的に言えばあらゆることが良い感じに進んでいる。


 俺も今回の件で自分自身に対してどう向き合うべきなのか学べたと思うし、肉親とも打ち解けた。それに、そんな俺を理解してくれる相棒が一人ついてきてくれている。俺はだいぶ恵まれている……と思う。


「……さて。行こうか、相棒」

『ええ! 出発進行よ!』


 荷物を肩に担いで足を進める。

 ……このバトルロワイヤルも、自分探しも今始まったばかりだ。だけどきっと、この戦いを自分なりの形で終わらせてやる。

 その果てにきっと、俺がどう在るべきかの答えがあると信じているから――

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