044 鏡写しの説得

「ハァ――!」

「チィ――!」


 俺は距離を詰めて剣を振るう。彼女を傷つけるためではなく、もう一度剣同士の競り合いを――先ほどの再現をするためだ。

 乗っ取られたリヴィアさんは俺の攻撃を剣で防ぐ。その途端に瞳に生気が戻った気がした。


「――ッ、カタルちゃん!? な、なんで私たち戦っているの!?」

「リヴィアさん! この状態を保ったまま落ち着いて聞いてください! あなたは今操られている!」

「……操られている、ですって?」


 一歩一歩、慎重に踏み込んでリヴィアさんとの距離を詰めながらそう語りかける。

 落ち着け……俺が一番落ち着くべきだ。冷静に、彼女に言うべき言葉を選んで言うんだ……この武器がある限り、チャンスは何度でもある。


「貴女は語り手――いや、渡来人に操られているんです!」

「渡来人……? 確か私は、カタルちゃんを探しに森の中を探索して――ッ、な、なにこれ……体が勝手に……!」

「ああッ……! リヴィアさん!」


 呼びかける声も空しく、ヴォーパルソードが突然の勢いでキィン、と弾き返される。また剣が彼女から離れてしまった。

 これではきっとまたあの男が表に出てきてしまうだろう。競り合いをしている最中にも干渉されたみたいだが。


「まただ……何故だ? 何が起こっている?」

「ッ、表に出させるかぁあああ!」


 もう一度肉薄する。相手はまだタネがわかっていない。ならばまだ詰められる。

 俺は強引に剣を振るい、避けられ、避けられ、何度も紙一重で回避され――ようやくガキンと刃と刃が噛み合った。


「ッ、カタルちゃん……」


 剣と剣が噛み合った瞬間、再びリヴィアさんの瞳に生気が戻る。再び彼女が戻ってきたのだと、直感的に理解する。


「リヴィアさん! 大丈夫です! 俺が必ずリヴィアさんのことを助けてみせます! だから――」

「――もういいの、カタルちゃん」

「え……リヴィアさん……?」


 諦めるように脱力し離れようとする彼女の剣を、慌てて取り抑えるように競り合わせる。

 もういいだなんて、リヴィアさんは一体どうする気なんだ……?


「こんな酷いことを頼むのは申し訳ないけれど……私を殺して。カタルちゃんはとっても強い子だろうから、そうすればきっと楽に終わるでしょう」

「そんな……なんでそんなことを言うんですか!?」

「薄々わかってきたの……こうしている間しか私は私を保っていられない。きっとすぐに私はカタルちゃんを殺そうと襲い掛かっちゃうんだって」

「でも、でもどうしてそんな簡単に諦めちゃうんですか!? どうして足掻こうとしないんですか!?」

「だって、大切な子が傷つくぐらいなら私、死んでもいいわ」

「そん、な――」


 脱力感。まるで途方に暮れて力が抜けてしまうような、そんな感覚。

 地面に倒れ込んでしまいそうになる。足元がふらつく。力が抜けていく――


「……そういう、ことだったのか」


 それを、“意地”で踏みとどまった。抜けかけていた力を腹の底から振り絞る。


――――アンタは絶対に生きる! その上で助けたい人も助ける! どうしてそういう欲を持つことができないのよアンタは!? どうして自分の命を犠牲にする前提で話を進めちゃうのよ!


 いつかの少女が激情に身を任せて言い放った言葉を思い出す。

 まるで鏡を見せられている。この自己犠牲の精神は少し前の自分自身のそれで、そんなリヴィアさんに言いたい言葉は少女が口にしたその通りであった。


「――助ける、絶対に。助けてみせる」


 誓いの言葉のように、俺は呟く。

 競り合いをしていたリヴィアさんの剣に片手を包み込むように被せて、離れないようにする。刃に触れて切れた手から血が滴るが、この言葉を伝えるまでは彼女の意識を手放すわけにはいかない。


「カタルちゃん! 手を放して! どうしてそんな――」

「そんなの、大切な人だからに決まっているじゃないですか。それ以上に理由なんて必要ですか」

「…………」

「リヴィアさんには何度も助けられました。だから今度は俺が助ける番です。だからそんな諦めたような言葉は二度と口にしないでください。俺ももう、そんな言葉は二度と口にしませんから」


 優しく諭すように俺は言葉を紡ぐ。

 その言葉でどこか達観していた瞳に少しずつ光が戻ってきたように見えた。リヴィアさんは小さく頷くと、託すように笑みを浮かべた。


「…………うん、信じてるわ。カタルちゃん」

「はい。だからもう少しだけ待っていてください」


 俺は剣から手を離し、剣同士の競り合いを離す。

 言いたいことは全部言った。伝えたいこともきっと全部伝わった。ならば、あとは俺がやり遂げる番だ。


『……それで、そんなカッコつけた台詞を言っておいてどうする気なの?』

「当然、彼女をあのクソ野郎の術中から取り戻す。急ごしらえのボロボロだけど、一応策はあるんだ」

『そう……んじゃ、その辺全部一任するわ。期待してる』


 少女の前でもカッコつけた台詞を言ってのける。

 口ではああ言ったが作戦なんてほとんど無いに等しい。だが、それでもやり遂げてみせる。それぐらい欲を持っても良いはずだ。

 だって、少女の言葉を借りるなら、人間はもっと欲深く生きてもいいのだから――


「ッ、わかった。その“剣”が原因か……! その剣が触れると干渉されるんだな!」


 タネはバレた。いや、これでも持った方か。

 後は彼女の武器を無力化すれば事は済む。俺はヴォーパルソードを片手にトランプを構えて、激戦に備える――

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