043 想定外の戦闘

「リヴィアさん……リヴィアさん!?」


 思わず駆け出す。彼女の元へまっすぐと。

 警戒心は微塵も持たない。そんなことよりも彼女を救出する方が最優先だ。


『ッ!? 逃げなさい! ソイツ何か様子がおかしいわ!』

「――――え」


 だから少女の言葉を聞いて行動を起こすのに、少しタイムラグが生じてしまった。

 ザシュ、と肉を切り骨を掠る音。

 少し遅れて襲ってくる激痛。

 目の前には、抜刀した勢いでナニカを斬ったリヴィアさんの姿、が――


「ッ……、!? え……?」


 痛みのあまり胸を押さえて数歩退く。

 胸から腹にかけて斜めに斬られた跡が服に残っている。出血は一瞬だけしていたみたいだが、今はもう止まっていた。


 ……状況が、理解できない。

 俺はどうして……いや、そんなことよりも、どうしてリヴィアさんは剣を構えている? そして何でその剣先は俺に向けられている……?


「――やあ、さっきぶりだねぇ」


 動揺で頭がグルグルと混乱していると、そんな軽率な声が投げかけられた。

 聞き覚えのある声だ。この声主は間違いなくさっき立ち去ったはずのハーメルンの笛吹き男のものだ。


「! さっきの男……!? 何処からだ!?」

「いやぁ、ここだよここ。いや、“私”だよって言ったほうが正しいかなぁ?」

「リヴィアさん……? どうして声が、あの男のものに……?」

「フフ、鈍いなぁ、カタルちゃんは――《アタック・スキル「ウルフズ・スタンプ」》!」

「ぐ――あぁ!?」


 突然の薙ぎ払いを金の鍵で受け止める。だが、その衝撃で体が浮いて後方へ跳ね飛ばされてしまった。

 地面を転がって姿勢を立て直し、状況を把握しようとするが、何もわからない。どうしてリヴィアさんは俺を攻撃した? どうしてあの男の声がした? 何故だ……?


『あの女……きっとあの語り手に操られているわ! アイツは人質なんかじゃない、戦力にされているわ!』

「リヴィアさんが、操られている……?」

「クックック……ああ、そうさ! 正解だよカタルちゃァん!」


 リヴィアさん――いや、あの男は嬉しそうに宣言する。まるでこの状況を楽しんでいるかのようだ……いや、きっとその通りなのだろう。


「今この女は俺が操っている! 人質であると同時に対君への戦力でもあるわけさ! さあ君はどうする、カタルちゃァん!?」


 普段のリヴィアさんじゃ考えられない下劣な口調。

 しかし、向けられた剣技はまごうことなく本物だ。あの男、意識を乗っ取って操るだけじゃなくて、乗っ取った相手の技能まで扱えるのか……!?


「どうするも何も、止めるしか……!」

『アンタ、あの女を相手に迷わず戦えるの!?』

「ッ、それは……」


 脳内の言葉に対して俺は言い淀む。正直に言うなら、どうしたらよいのか分からなくて迷っている。

 リヴィアさんはどうすれば止まる? 気絶させれば止まるのか? いや、そんな器用なことが俺にできるのか。勢いが余って致命傷を負わせてしまう可能性だって――


「――《アタック・スキル「スリーパニッシュ」》!」

『ッ! カタル!』


 リヴィアさんの呪文と同時に少女が警鐘を鳴らしてくれた。俺は咄嗟に金の鍵を構えて盾にする。

 一撃目の大振りを防ぎ、二撃目の返す刀をかろうじて防ぎ、三撃目の突きを防ごうとしたが、金の鍵を弾き飛ばされてしまう。


(クソッ、鈍ってる! 相手は本気なんだぞ……!)


 自分自身に向けて文句を吐き飛ばす。相手が相手だから判断力が鈍ってしまう。手を抜いてしまうと言えばいいのか、とにかく本来のスペックを発揮できない。


「ホラホラホラ! こんなので串刺しになるんじゃないよォ――!」


――《ウェポン・スキル「ヴォーパルソード」》


 咄嗟にカードを引き抜き、武器を構えて突きを防ぐ。

 手にした武器――ヴォーパルソードは、一言でいうならワインのコルク抜きだった。金属の棒をぐるぐると捻じれさせたような刀身を持っている。

 だが、この形状が役立った。相手の剣を絡めて防ぎ、鍔迫り合いのように拘束している――と、


「――! か、カタルちゃん!? ど、どうして!?」

「え……リヴィアさん!?」


 突如、聞き馴染んだ言葉が聞こえて反応する。この声は……間違いない、リヴィアさんだ。あの男の声じゃない。

 なんだ、どういうことだ? しかし確実に言えるのは相手がリヴィアさんに戻ったのならこうして争う理由は無いということだ。


 俺とリヴィアさんは意思疎通したように、互いに同時にキン、と互いに鍔迫り合いしていた剣を離す――が、


「ッ、ううっ!? なんだ……今、乗っ取っていた意識が途絶えたのか……?」


 リヴィアさんの剣を離した直後、彼女の声はまたしても男のものに変貌してしまった。男は不思議そうに自身の頭に手を当てている。


『……! そっか! ヴォーパルソードは“真理の言葉”って解釈も存在する。もしかするとその剣は洗脳を打ち消す効果を持っているのかもしれないわ!』

「この剣が……?」


 手元の剣に視線を落とす。この剣――ジャバウォックとかいう怪物を倒して手に入れた武装に、そんな効果がある……?


 ああ、なんて運が良く、この場にとって最も都合の良いものか。この武器があればもしかすれば――いや、必ずだ。絶対にやらねばならない。


「……待っていてください、リヴィアさん」


 手にした切り札を慎重に構える。

 俺は必ず、リヴィアさんをあの男の呪縛から解き放つ――!

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