042 ハーメルンの笛吹き男
「クックック……フフフフフ……」
闇の中から声がする。
だが、闇の中のどこから声がしているのかまでは特定できない。
「何処だ……何処にいる……?」
金の鍵を両手に構えて、湖を背に警戒する。
恐らくだが敵は森の中だ。湖を背にすれば、弓矢のような遠距離攻撃を除いて不意打ちは避けられる筈だ。
「そう熱心に探さないでください、恥ずかしくなってしまいますから……今からそちらに行きます。攻撃は、しないでくださいね?」
「――――」
……嘘か、誠か。
草を踏み抜いていく足音がする……が、それが本当に敵の居る方向なのかわからない。結局俺は何か手を打つことはできず、ただただ敵が姿を現すのを眺めるしかできなかった。
「……挨拶が遅れましたね。私が“語り手”です。物語の正体に関しては秘密にさせてくださいね」
のらりくらりとした足取りで現れた男は――一言でいえば異端で浮いていた。
色とりどりの服装、マントに羽の付いたとんがり帽子。靴の切っ先はピエロの靴のようにクルリと曲がっていた。
これが語り手……ハーメルンの笛吹き男。
こいつが、リヴィアさんを攫って人質にしている、語り手――
「ッ、元凶――ッ!」
――《ウェポン・スキル「時計の針」》
召喚した武器をなりふり構わず全力で投擲する。
怒りに身を任せて投げた武器は不安定な軌道を描きながらも、男に向かって殺到する――!
「ッ、ほっ! っと! いやぁ、危ない危ない……こっちは防御でいっぱいいっぱいですよ。やはり可愛くて強いですね」
その投擲を、いともたやすく防がれた。
手にしていた大きな笛――クラリネット程だろうか――を使って器用にも男は時計の針を防御した。
「な……」
「驚くのはまだ早いですよ……ほら、彼らの相手をお願いしますね」
『ッ! 後ろ!』
「! ッ――!」
確認もせず背後に金の鍵を振りかぶる。
ガギン、と硬い手ごたえ。何かを弾いた感触。
足元には見覚えのある矢――毒矢が転がっていた。おそらく湖の反対側から俺の背中を狙って放たれたものだろう。
『!? モンスターの気配が突然増えてる……十、いや、五十!? なんでよ!? どうしてそんな数が突然……!?』
少女の動揺と同時に森がざわめきだす。木々の陰から赤い瞳が点々と現れ始める。
気が付けば周囲を完全に囲まれていた。闇の中からモンスターの軍勢が姿を現す。
『こんなの隠密スキルどころじゃない……まさか“集団失踪”のスキル……!?』
「今更関係ない! どうせ俺たちのやることは決まってる!」
――《ウェポン・スキル「時計の針」》
時計の針のクナイを取り出して後方――湖の反対側目掛けて投擲する。
遅れて響く肉を貫く音。冷静に投擲したクナイは的確に反対側から狙撃してくるモンスターを貫いた。
……以前に比べて陣形が甘い。スライムのような他のモンスターを盾にしていれば迎撃は難しかったものを、弓兵のゴブリンだけで居るから反撃は容易だった。
「ハハハ、凄い凄い! やっぱり本物だ! この強さ! 美しさは本物だァ!」
「やかましい――っ、くそッ」
本体である語り手を攻撃しようと試みるが、一斉に飛び出してきたモンスターを相手するのに忙しい。
このモンスターの群れを無視して男を叩きに行くのは、とてもじゃないが難しいだろう。今はひとまず、こいつらを相手するしかない……!
「――!」
金の鍵を振りかざし、モンスターを解体する。
左右に迫るモンスターがいればもう一本金の鍵を召喚して両手で対応し、遠方で弓を構えるモンスターがいれば、鍵を投擲して粉砕する。
……戦いがヒートアップすればするほど、あの男が嬉しそうに拍手しているのが不愉快なのだが。
「うおおおおおお――!!」
息が切れる。筋肉が脱力する。限度を超えた過剰対応。
四方八方から一度に攻めて来る大量のモンスターをたった一人で同時に対応するのは、流石にこの体でも限度がある。
それでも、ここで引き下がるわけにはいかない。この攻防を乗り越えて、あの男に手を伸ばしてやる――!
「ッ、ハァ! ハァ! ハァ……」
「――素晴らしい、本当に、素晴らしい……」
パチパチパチ、と乾いた拍手が反響する。
……モンスターは全て塵に還った。この男の軍勢は、まだ隠れていなければもう底を尽きた筈だ。あと数回呼吸をして息を整えれば俺はいつでも動ける。そうすればこの男を斬り倒すことができる――
「……では、ご褒美に彼女に再開させてあげましょう」
「ハァ……何?」
「では任せましたよ、私の人形さん……」
そう言い残すと、男は背を向けて暗闇に去って行こうとする。まるで何かに頼むようなセリフが不気味だが、ここで奴を逃すわけにはいかない……!
「ッ、おい待て!」
『ちょっと止まりなさい! 入れ替わりに何か来るわよ! ……でもこれは、モンスターじゃない……人?』
少女の言葉を聞きながらも止まらず前に出る。
ここで奴を逃したら、リヴィアさんがどうなるかわからない。今すぐにでも捕まえて居場所を吐き出させなければならない――と、
「…………」
男と入れ替わるように現れた人影は、何も言わず俺の前に立ちはだかる。
「ぇ――」
……動揺した。予想外のものを目の前にして動きが無防備にも固まってしまった。
目の前に立っている一人の女性。俺よりも濃い色の金髪に、高価だからこれ以上の装備は難しいと言っていたビキニアーマー。
目の前に、まるで男を追うのを止めるように立ち塞がったのは――
「……リヴィア、さん……?」
まごうことなく、彼女だった。
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