041 敵地へ舞い戻る

「――ジジッ、ジジジッ!」


 前方を歩くネズミの後ろをついて歩く。

 夜はまだまだ半分程度だ。暗闇の中で鳴いているネズミの声を頼りに進んでいく。


(モンスターは一匹も出てこないな……)


 宿の時から取り出している金の鍵を片手に歩いているが、モンスターは一匹も出てこない。

 偶然か、それとも意図してこうなっているのか……わからないが、このネズミの後を追いかけているうちは安全そうだ。


(それにしても、あの子は何も言ってこないな……)


 頭の中に居るであろう少女のことを思い浮かべる。

 あの時、まるで喧嘩のように――実際そうだったのかもしれないが――言葉を浴びせて消えた後、彼女とは一度も話せていない。

 こうして反対だったであろう敵地に赴いていることに対して、一つも文句が出てこない。


「怒っている、んだろうな……」

「ジジッ?」

「やいお前のことじゃないやい」

「ジジジッ!」


 ネズミとそんな伝わらない会話を繰り広げながら闇の中を歩く。

 これから語り手と戦うとは思えない空気だし、武装の状態だし、少女との関係性である。

 ……多分だけど、この状態は大変よろしくない。これから戦いに行くというのに少女とこんな関係性でいるのは確実に支障をきたすだろう。


「……なあ! 怒ってるんだろ!?」

「ジジッ!?」

「なぁお前の事じゃないなぁ! ってか、いい加減答えてくれよ!」


 ネズミとの下らない会話もそこまでだ。俺は空に向かって声を上げる。

 答えは返ってこない……が、その辺は想定済み。というか、既に何度もされているのでわかっていた。なので続けて言葉を紡ぐ。


「俺の考えが悪いってこともわかってる。だからさ、せめて今だけは協力してくれ!」

『…………』

「きっとお前の力が必要になるんだよ! だから頼む! わかったから! えっと……そうだな、もうお前の言う通り自分の命と引き換えに~とか、そんな考えはしない!」

『……うそつき、ぜっったいわかってない』

「ぅ……」


 やっと返ってきた返事は鋭く刺さるものだった。

 わかってないというのは、多分合っている。よく分かってないから謝っているようなクズムーブなのだから。


『……ハァ、わかった。わかったわよ。語り手と戦うことになるのは間違いないんだし、ちゃんと協力するわよ……』


 渋々だが、頭の中からそんな声が返ってきた。

 ……良かった。どうやら協力してくれるらしい。これから語り手と戦いに行く前に関係をツギハギでも修復できたのは有難い。


「そ、そうか……そいつはなんていうか、助かる」

『言質、取ったわよ』

「そ、そうか――ん? なんだって?」

『絶っ対に命と引き換えにするだなんて考えには至らないでよね。それが約束』


 な、なんか恐ろしい言質を取られた気がするが……!?

 勢いで言ってしまったが……できるかなぁ、そんなこと。自分の根底にはどうも自分は天秤の重りというか、比較の基準に使う道具に近い感情を持っているというか……


「……善処はする」

『本当に?』

「あ、ああ。忘れてなければな」

『そういうところ、ズルいわね……まあ良いわ。それで手を打つ』


 曖昧に言葉を濁すように、少し逃げた発言をしたが承諾は得られた。

 安堵しながらも、今後に対してやや不安に思うのだった……


 ■


「ジジッ! ジジジジッ!」

『着いたわね……ここが湖か』

「前に来たことがある気がするな……えっと、何時だっけ……」


 ネズミの案内通りに歩き続けて、ようやく目的地と思わしき場所に到着した。

 ここは……なんだか記憶にあるようで、霞んで思い出せない。どうしてだろう……ああ、そうだ。思い出した。リヴィアさんから逃げ出してしまったあの時、辿り着いたのがこの池だった。

 ……嫌な記憶だから俺の脳は忘れようとしていたのだろう。本当に都合の悪いことは忘れようとする悪い頭である。


「それで、何処にいるんだ……?」

『呑気してないで警戒して。何時敵が襲ってくるか分からないんだから……少なくとも獣の軍勢は居ないっぽいわ』

「! あ、ああ……」


 いつでも追加のトランプを引けるようにして、周囲を警戒する。

 ジリ、ジリ、と慎重な足取りで周囲に背中を見せないよう警戒しながらその場を回り、一周ぐるりと回ったところで――


「――やあ、こうして会うのは初めてだね」


 不意に。

 すぐ隣から、まるで挨拶でもするような声を投げかけられた。


「……!」


――《ウェポン・スキル「時計の針」》


 声のした方向に向けて、問答無用で武器を投擲する。

 カツン、と木々に命中する音が小さくコダマした。

 ……少女に教えてもらった基礎は忘れていない。戦闘を有利に進めるための不意打ちを繰り出した……が、手応えは無い。


「いやぁ、恐ろしく正確な投擲だ……声の位置を変えていなければ今ので殺されていたかもしれないや」

「ッ!? 後ろ……!?」

『落ち着きなさい! これは……気配が無いわ。隠密スキル……? とにかく声のする方向はでたらめで、まやかしみたいなものよ』

「まあまあ、そう驚かないでくれよ……その顔も好みだけど……フフッ」


 四方の様々な方向から男の声がする。

 駄目だ、正体が掴めない……どういう理屈で姿をくらませている……?

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