036 消耗戦

「…………」


――《ウェポン・スキル「金の鍵」》


 静かに立ち上がり、トランプを武器にする。

 焚火の明かりが届く範囲でそれらしい影は見えない。だが、少女がいると言ったのだからどこかに潜んでいるのは間違いない。


『敵は語り手の軍勢よ。カードは出し惜しみしないで』

「ああ、もうあんなミスは犯さない」


 許可が下りたので、いつでもトランプを使えるように片手を空けながら武器を構える。

 ……防衛ラインの目安はこの焚火の明かりが届く範囲か。この周辺よりも敵を近づけないように立ち回り、戦うことにしよう――と、頭の中で戦い方を想定している間に弦のしなる音が夜闇の中から聞こえてきた。


『気を付けて! 毒矢よ!』

「ッ、ああ!」


 トランプをホルダーから引き抜いて一枚前方に投げ捨てる。


――《ガード・スキル「トランプの傭兵」》


 敵の攻撃を一撃も受けない前提で俺はカードを切る。トランプを一枚一枚分散させて広範囲に遮蔽物を形成し、矢を防いだ。

 ……ひとまずこれで矢への対策は整った。第二波、第三波までなら残ったトランプの陰に隠れれば身を守ることができるだろう。


 それと、トランプは守りだけじゃない。意図的に狭い道と壁を作ることによって、攻め込んでくるネズミの軍勢を誘導し迎撃しやすくしている。


「ッ、ふ――ハァ――!」

「――ギギァ!?」


 まるでベルトコンベアで運ばれてくるジャンクを潰すプレス機だ。列をなして突っ込んでくるネズミの兵を俺は一体ずつ各個撃破していく。


「フゥ――、次は」

「グオオオオオオオ――!!」


 ネズミの単純作業ラッシュは早く終わった。今回はネズミの前衛は少なかったらしい。だが、その代わりに四体のオークがトランプの傭兵を踏みつぶしながら迫って来る。

 ……これは放っておけない。早めに対処しなければ防御の要であるトランプの傭兵が打ち破られてしまう。そうなればまたしてもあの毒矢を受けてしまうことになる。


「させるか……!」


――《ヒュージョン・スキル「コーカス・レース」》


 切り札は早めに切る。俺は身体を強化してオークに向けて跳躍し、斬りかかった。

 一体目のオークの足を切り裂き、胴を斜めに斬り上げ、首を刎ねる。Z字に切り裂かれたオークは倒れて塵と化す。

 二体目、三体目も同じ要領で斬り倒し、四体目に襲い掛かる――直前に、再び弦のしなる音が反響した。


「――! 集まれ!」


 トランプの傭兵をかき集めて防御に徹する。

 直撃は当然、掠りも許されない。毒矢に関しては完全に防御しなければ多大な影響をもたらす――それだけは絶対に回避しなければ。


「グオオオオ――!」

「ッ、邪魔だ――!」


 一斉掃射が終わった直後。

 薙ぎ払うように振り下ろされるオークの一撃を、真っ向から金の鍵で迎え撃つ。本来大型のパワー型な敵に対しては愚策だが、コーカス・レースで身体能力は強化されている。

 振り下ろされる木製のこん棒程度なら拮抗し、粉砕できる……!


「オオアアアッ!?」


 木片を浴びて困惑するような絶叫を上げるオークを一息で切り裂く。

 それで終わり。攻めてきたオークは全て塵となって魂石だけを残した。


「ッ、次――」


 残るは弓兵のみ。今回はスライムの中衛が存在しないから、そいつらを叩けば襲撃は終わる。筈なのだが――


(……? なんだ……鳥、いや笛の音か!)


 突如、静かな森の中に鳥のさえずりのような音色が小さく聞こえてくる。

 ……間違いない、こんな鳥一匹の気配すらない森で聞こえてくる音色は、語り手の笛の音色の他にないだろう。


「“語り手”は何処に居る!? 近くに居るなら本体を叩いて――」

『……! 待って! 様子がおかしい……数が増えてる!』

「何……数が増えてるだって!?」

『増えてるってよりは集まって来ているって言った方が正しいかな……とにかく、まだまだ来るわよ!』


 集まってきているだって……!? まさか、今の笛の音色で誘導させられたのか!?

 俺にはモンスターの気配とかは分からない……が、少女が嘘をつくはずがない。こうなったら弓兵は後回しだ。もう一度陣形を整えて迎撃する――!


「ッ、陣形変え!」


 号令を飛ばしてトランプの傭兵の配置を再び近接戦に適したものに変える。

 状況は……正直言って芳しくない。軍隊一つを相手にする前提で戦っていたから強力なカードの消費が激しい。

 トランプの傭兵もコーカス・レースも、魂石で補充できなければ基本的に一枚しかデッキには含まれていない。だから早めに切ったのはマズかった。


「ッ! トランプが……!」


 ……最悪の状況は立て続けに来るとでも言うのか。追加で押し寄せてきたネズミの海でトランプの傭兵が次々に押し倒されていく。

 さっきのネズミの量ならともかく、その数倍の数で攻め込まれては流石に厳しい。トランプ一枚一枚の盾では数の暴力には勝てない。誘導の壁にもならず、徐々に俺の元へ攻めてくる。

 マズい。このままでは負ける。手遅れになる――だから手遅れになる前に、俺はさらに切り札を切った。


――《マジック・スキル「巨大化」》


 金の鍵を地面に突き立て、その上に乗る。

 そして発動した“巨大化”のカードの効果を鍵に向けて発揮させ、巨大化させた。


「ッ……!」


 ネズミの海が俺の元へ押し寄せる直前に、金の鍵が巨大化した勢いを利用して跳躍する。斜め後ろに跳躍し――木々を飛び越え――太い木の枝の上にストン、と綺麗に着地した。


「あ、危なかった……」

『間一髪だったわね』

「君の警告が無かったら手遅れになっていたよ……でも、どうしようかこの状況」


 そう言って木の下を見下ろすと、そこにはおぞましい量のネズミがウジャウジャと溢れかえっていた。

 木の上に登ろうとして、巨体ゆえか自重で落下してを繰り返している……少なくともこの木の上に登られる心配はなさそうだ。


『これは……撤退ね。村に逃げるわよ』

「撤退って、こんな状況で逃げたら村が危ないだろ!?」

『何のために私のカードがあると思ってるのよ。痕跡一つ残さず撤退できるから安心しなさいよ』

「カード……これか」


 カードを一枚引いて中身を確認する。効果は……説明を受けていたはずだけど、うろ覚えだ。流石に全部は覚えられねーです。

 でも彼女の原典を知っていればどんなものかは推測できる。俺はカードを切ってその効果を発現させた。


――《マジック・スキル「猫なしの笑い」》


 俺はその場に笑みを残し、木の上から姿を消す。

 ……世界が暗転する。摩訶不思議な歪みと捻じれの中に放り込まれる。さっきまで立っていた木の枝が遠くに見える。どんどん遠ざかって点になる。


――そして世界が切り替わったかと思うと、俺は村に到着してた。

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