035 炎の誘い
――あれから何度もリヴィアさんの名を呼んだし、あらゆる場所を探し続けたが、とうとう痕跡一つすら見つけ出すことはできなかった。
『もう暗くなってるわよ……野営でもしたほうが良いわ。私の体、低体温には流石に弱いから』
「……そう、かもな。でも火付けの道具なんて持ってないぞ」
『時計の針を使って火を起こせる。メタルマッチって言えば伝わる?』
「ああ、なるほどね」
――《ウェポン・スキル「時計の針」》
要領はその説明でわかった。カードを一枚取り出して武器に変換する。
戦闘以外でもこのカードが使えるのは考えもしなかった。なるほど、この世界でサバイバルする時にも道具として使うって感じか。
「薪は……あるな」
ここは森だ。幸運にもいい感じに乾燥した木の枝は豊富に落ちている。俺は木の枝を腕いっぱいに集めて組み立て、時計の針で木材を削って火種となる端材を作る。
一度も使ったことのない知識だが、こうやって細かく削った木材を火種にして少しずつ大きな木材に火を移していくと上手くいく……らしい。
「……焚火に火をつけるだなんて、バーナーとかでしかやったことないぞ」
『そんなもの無いわよ。良いから黙って火をつける』
現代っ子には難しいスキルを要求されたが、数分間格闘を続けてようやく火種を作り出し、火を大きくすることに成功した。
次第に太めの薪にも火が付いたらしく、パチパチと心地の良い音を立てて焚火は燃え盛り始める。
「…………」
この明かりでリヴィアさんが見つからないかな、なんて考えたりする。
でもそんなことで簡単に見つかるわけがない。だったらもっと早くに見つけているのである。
「……はぁ」
……駄目だ、おとなしく焚火の熱に当たっているのは落ち着かない。焦燥感がジワジワと心の隅を焼いている。
これはもう、松明でも作って捜索を続けていた方が精神的にも落ち着くかもしれない。捜索を続ける準備をしようと思って立ち上がろうとして――
『よっと、隣失礼するわね』
――その時、実体化した少女が俺の隣に座った。
まるで俺を引き留めるように、誘うかのように、少女は俺に視線を向けている。
「……あ、ああ」
僅かに上げていた腰を落とす。
……なぜだろう、焚火の明かりで普段よりも幻想的に見えているのだろうか。その宝石のような瞳に誘われてしまったら、断れない。
俺は結局何もせず、黙って焚火の火を眺め続けることになった。
『アンタって、不思議よね』
「……開口一番になんだよそれ」
そんな幻想的な少女からあんまりな発言が飛んできたので思わずツッコミを入れる。不思議なのは物語の住人であるそっちだろうに。
『んや、思ったことを言っただけよ。ウジウジした奴だなって最初は思っていたけど、譲らない部分はしっかり主張するし……掴みどころがわからないって言えばいいのかな。まるで性格が複数混ざっているみたい』
「それは……怖気づいているからだよ。現実にさ」
『怖気づく? ……ああ、仕事でつまづいたとか言ってたわね』
「まあ、そうだな」
『そうなの……ねえ、何があったか具体的に教えてくれる?』
「なんでだよ……」
拒絶の意を込めて焚火の中に薪を放り込む。ガシャン、と崩れる乾いた音が小さく鳴り響いた。
まあ、そんな意図なんて彼女に微塵も伝わりはしない。彼女は身を乗り出して更に聞き出そうとしてくる。
『話してくれたって良いじゃない。私これでもアンタに感心を持ってる方なのよ』
「だからなんだよ……そんな聞いてて気分の良い話じゃないし、つまらないぞ」
『良いのよ。私は聞きたいし』
「……」
……そこまで言うなら、まあ、少しぐらいなら腹の内を明かしても良いのかもしれない。
話した結果がつまらなかったとしても、それで変な空気になったとしても、それはこの子のせいだと思っておこう。
「……俺は医療従事者だったんだ」
『医療……えっと、つまりお医者さん?』
「医師じゃなくて、正確には救急救命士で――いや、駆け付けるお医者さんって認識でいい」
『へぇ、凄いじゃない。お医者さんは嫌いだけど、大変そうなことやってるのは私尊敬してるわ』
出来る限り噛み砕いて説明すると、少女はそう褒めてくれる。嘘は言っておらず、本心で褒めてくれているのが目でわかる。
「でも……まあ、色々あってさ。その仕事に成って間もない頃に限界が来て、それ、で――」
それでどうしたのか――ああ、思い出したくない。思い出したくないということを思い出した。思い出してしまった。
蓋をしていた暗い過去に触れると嫌な感情がドッと押し寄せてくる。流されそうになる。どうして失敗したのか。何が駄目だったのか。いや、そもそも俺はこの仕事じゃなくて――
「う――おえ――」
『……!? ちょ、ちょっとアンタ!? どうしたのよ急に!?』
……嫌なものを思い出しそうになったせいか、急な吐き気に襲われる。胃に何か入っていたら確実に中身を吐き出していただろう。
おどおどとしている少女に手で“大丈夫”だと伝えて、なんとか平常心に戻る。
「ぜぇ、ぜぇ、ぅ、ッ……こんな、感じに、俺はもう駄目になっちまったのさ。精神がマトモじゃないらしい」
『そう……だったの』
少女の言葉を最後に沈黙が訪れる。
……ほら、やっぱりこうなってしまった。吐きそうになるのは予想外だったが、こんな空気になるのは薄々感じ取っていた。
『……ねえ、その――』
「待て。森の様子がおかしい……なあ、索敵できるか!? モンスターの数とか種類とか」
『え? ええ、待ってなさい』
会話で訪れた沈黙でようやく気が付いた。森がまるで死んだかのように静かだ。
森の様子に違和感を感じて少女に確認を求める。すぐに彼女は周辺の確認をして――一つの結論を口にした。
『……! 雑魚だけじゃない、大型のモンスターも居て……何よこれ、またあの夜みたいな大群じゃない……!』
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