034 スプリンター・ハイ

「――リヴィアさん! リヴィアさーん!」


 森の中で声を上げる。俺の声は小さくコダマして森の奥に吸い込まれていく。

 ……あれから数時間は捜索しているが、リヴィアさんと思われる姿は当然、痕跡らしきものも一向に見つからない。


『人がいた痕跡すら見つからないとはね……』

「ああ、焚火とか戦った跡とかそれらしいものは見つからなかった」


 捜索は難航している。だが、それでもあきらめるわけにはいかない。意地でも探すと決めたんだ。だから絶対にあの人を見つけ出してみせる――


『……来た。大型のモンスターが一体近づいてくる』


 そう意気込んだ直後に、脳内から少女の警告を聞いた。

 ……本当だ、木の上では鳥が突然逃げ出したりしている。これは近くに大型の生物が近づいてきている予兆だ。疑っている訳ではないが、少女の言葉は間違いない。


「構っている暇は無いんだけどな……やむを得ないか」


 ため息を吐いて意識を切り替える。

 カードを一枚引き抜き、精神を戦闘用に研ぎ澄ませたものにへと変えていく。


――《ウェポン・スキル「金の鍵」》


 呪文と共に出現した鍵を手に取って軽く振りかざす。この武器も最初は扱いにくいと思ったが、今では随分と手に馴染んだものだ。

 意識を切り替え終えた直後、ズシンズシン、と重たい足音が近づいてくる。


『こいつは……オーガね。凶暴な性格よ、注意して』

「…………」


 まずは観察から開始する。

 雑に整えられた髪の毛と無精ひげの生えた大きな頭に膨らんだ腹、だが腕なんかは筋肉粒々だ。腕には腕の大きさと同じぐらいの大きなこん棒を手にしている。


「グルルルル――████!!」


 唾液をボタボタと垂らす唇からはみ出た凶悪そうな下顎の牙。その隙間から漏れていた唸り声が、大きく口を開けたことで雄たけびに変わった。

 初めて相手にする敵だが、今のところ大きなゴブリン程度にしか思えていない。俺の中に戦闘に対して余裕がいくらか生まれていた。


「悪いが魂石が必要でさ。命もろとも落としてもらうよ」


 食べ物を前にいただきますを言うように、一言怪物に向けて――もっとも、通じているとは思えないが――俺は言い放った。


「――████!!」

「――ッ!」


 叩き返される雄たけび。

 翻るスカート。

 両者同時に武器を構えて突撃するように接近する――!


「グオオオ████――!」


 可聴域を飛び越える声と共に繰り出される巨大なこん棒の一撃。

 並大抵の人間なら即死。俺のこの体であっても叩き潰されれば骨の数本は折れるかもしれない。

 ……そうだ、この手の大型でパワータイプの怪物と戦う時は攻撃を受け止めてはならない。だから攻撃をいなすか、回避するに限る。


「ッ、フ――」


 俺は回避を選択した。

 それも掠めるようなギリギリを攻めた回避。この手の回避は一度毒矢で煮え湯を飲まされたが、相手の武器は木製のこん棒だ。毒の心配は無いだろう。


「――!」


 敵の攻撃が大振りであればあるほど隙は大きくなり、回避運動がギリギリであればあるほど隙を活用しやすくなる。

 今はその両方が噛み合った瞬間だ。俺は振り下ろされたこん棒を足場のように利用して乗る。


「████――!?」

 

 怪物の視点から見れば、それは一種の曲芸に見えることだろう。

 そしてそのまま俺は腕の上を駆け抜け――その際、三振りの斬撃を腕に喰らわせる。血飛沫が派手に飛ぶが構わず切り裂いた。


 そしてそのまま肩に到達して怪物の体を飛び降りる瞬間、首を目掛けて一閃を放ち、また大きな血飛沫を上げさせる。

 まるで赤い噴水だ。早すぎる攻撃を前に怪物は断末魔を上げる暇すらない。


(! こいつはよく耐える……!)


 だが、怪物はこれだけでは倒れない。

 この世界の怪物は体力制だ。首を一刀両断してもダメージ量が足りなければ首は即座に繋がるし、心臓に武器を突き刺したとしても動き続ける。


「はッ……!」


 だから肩から飛び降りて跳躍する際に、俺は手にした鍵剣を体を捻るようにして投擲する。投擲した鍵剣は白い衝撃波の輪を発生させつつ怪物に飛来し、背中の中心に突き刺さった。


「……ッ! うおおおお――」


 強引に地面に着地して、再度怪物に突撃する。

 怪物は突然の大ダメージで怯んでいる。背中からの串刺しに反応すらできず、うずくまっている。

 その隙を逃さない。俺は拳を握りしめて――


「――おらぁあああ!!」

「ゴ――」


――一撃。突き刺さった鍵剣に拳を命中させて、突き刺さった鍵剣を怪物の胴体に完全に貫かせた。

 サララ、と怪物の肉体は塵に還り、土の地面に鍵が落ちる音が静かに鳴る。戦いはほんの一分未満で片付いた。


「……ふぅ」


 戦闘用に切り替えてた自分を引っ込めて、いつものナイーブな自分に戻る。

 役目を終えた鍵をパリン、と粉末にして風に乗せる。場に残ったのはモンスターが残した魂石だけだった。


『……アンタ』

「? どうかしたか」

『いえ、ただ以前と比べてずっと動けるようになったわね……って』


 まあ、確かに以前より動けるようにはなったとは思う。この姿で戦うのは何度目か覚えていない程度には戦闘慣れしているとは自覚する。

 でも、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


「そんなことよりも早く捜索に戻ろう。日の入りが近くなってきたからな」

『あ……ええ、そうね。確かに急いだほうが良いわね』


 残された時間はそこまで多くない。森の中を捜索するなら昼の間が良い。

 なので俺は出発の準備をすみやかに整え、魂石をカードに変換しながら再び歩き出した。


『この才能……失うのはちょっと惜しいかな』


 塵のそばを立ち去る際に、そんな惜しむような声を小さく聞いたような。


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