032 最後の異世界入り

『……ねえ、前にアンタは願いがないって言ってたけどさ』


 しばらく無言で移動している中、突然彼女の方から話題を振られた。


『そういういことならさ、自分に関する願いを見つけて叶えるべきなんじゃないの? 仕事で失敗したならその失敗をなかったことにするとかさ』

「……いや、俺そのものが原因だから、失敗をなくしたところで同じミスを繰り返すだけだ」

『んじゃあ、ミスする自分を願いで変えればいいじゃない。うっかりしないとか、仕事で苦痛を感じなくするとか』

「……でもそれは卑怯じゃないか?」

『そういうところ、本っ当にお堅いのね。別に卑怯とか考える人は普通居ないと思うけど?』

「それは……そうかもだけど」


 でもなんだかうまく煮え切らない。俺の性根の問題なのだろうが、そういうところで納得ができなかった。


「それでも、俺は自分のために願いを使うなんてできないと思う。もっと使いべき人のことを考えちゃうと思うんだ」

『はいそこ。そういうところが変なのよ。勝ち取って願いを叶えることができたなら、それは勝ち取った者の権利でしょ。どうして他人が出てくるのよ』

「…………」

『あー、はいはい。アンタの思想に文句を言う気は無いわ。ただ気になったから口出ししただけ……だからほら、足を動かして。立ち止まってたら村に注意喚起することも元の姿に戻ることもできないでしょ』

「……ああ、そうだな」


 いつの間にか止めてしまっていた足を再度歩かせる。

 彼女みたいに他人から見れば一体何をうじうじ考えているんだと思う事だろう。でもそれが今の俺なんだ。この後ろ向きも、希死念慮も、全部全部自分の意志の一つなんだ。

 だから俺は俺という生き方を変えることができないと思う。だからこそ、自分が好きになれないままなのだ。


『ほらそこ、着いたわよ』

「ん……うっかり見逃すところだった」

『……大丈夫なの? 私の体で風邪をひくことは無いだろうけど、コンディションが悪いならやめた方が良いわよ』

「大丈夫だ。問題はないよ。それに今回を逃したら次は無い――」


 鏡のように映し出された水面――自分の姿を見下ろす。


「――これが最後の異世界移転だ。後は君が本当の語り手パートナーを見つけるまで、君を預かることになる」

『……ええ、そうね。これでアンタの異世界に対する未練はなくなるってわけだものね……行きましょう』


 そう、これが最後になると少女と話した。

 だから俺の中に残った未練や悔いを残さないように、大切に行動を起こすこととしよう――


 ■


「……着いた。村だ」

『もう道案内しなくてもたどり着けるようになったわね』

「そうだな……これで三回目だったか」


 俺は彼女の提案通り、少女の姿のまま異世界にやってきた。

 最初は森の方向なんてまったくわかる気がしなかったが、三度も森の中を歩けばなんとなく道筋もわかるようになるものだ。


『それで、アンタの心残りって?』

「……リヴィアさんに会う。それで全部解決する」


 昨日の醜態を思い出して奥歯を噛みしめる。

 あの時、俺はリヴィアさんから逃げ出してしまった。そのことがずっと胸の奥に引っ掛かり続けている。

 だからあの時のことを謝りたい。あの時言われるべきだった言葉をちゃんと聞いて受け止めたい。それが一つの目的で――


『ほんっとお堅いのねぇ……それと、語り手に対する注意喚起もそれで解決するの?』

「ああ、彼女に話をする。リヴィアさんも語り手――渡来人だったか。について調べているって言っていたから話は聞いてくれると思う」


 次に、この村に危害を加えている語り手についての情報をリヴィアさんに伝えるというものだ。

 ありのまま語り手について伝えるとかは――少女の『情報は伏せておきたい』という希望もあって――出来ないが、話せる範囲で話すのは問題ないとのこと。

 なので相手の手口だとか居そうな目星だとか、そういうのを話そうとは思うが……流石に門前払いはされないとは思う。


『んじゃあ、そのリヴィアって人を探すところからかしらね』

「ああ、そうだな……居そうなのは宿と食事の店、あとギルドかな」


 指を三本立てて目星を立てた店を見る。

 さて、まずは宿に顔を出してみることにしよう。俺は気軽な気持ちで宿の戸を開けて受付へまっすぐと向かう。


「すみません、ちょっといいですか?」

「はいよ、お嬢ちゃん。何のようかい?」

「ええっと――」


 柔らかな笑顔を浮かべたおばあちゃんが俺に笑みを向けてゆっくりと返事をしてくれる。俺は身振りをしながらリヴィアさんについて尋ねた。


「あのピチピチの子かい? あの子なら……昨日から見てないねぇ。仕事で忙しいのかねぇ」

「ピチピチ……そうですか」

「多分だけど、あの人はギルドの仕事をしているからギルドに行けばわかると思うよぉ」

「はい、ありがとうございます、おばあちゃん!」

「ほっほっほ、いいのいいの。若いのに礼儀正しい子だねぇ……」


 おばあちゃんにぺこりと礼をして宿を後にする。

 昨日からここにいない……ということは、この村で寝泊まりをしていないということか? ギルドの仕事が長引いているのだろうか。あるいは野宿でもしているのか。

 その真相を確かめるべく、俺はギルドの戸を開いた。ギルドの戸を叩くのはこれで二度目だ。前回みたいにオドオドしたりはしない。


「すみません、少しいいですか?」

「おや、前の嬢ちゃんかい。また会ったな」


 そこに居たのは以前にもやり取りをした中年ぐらいの男であった。書類の山にハンコを押している作業を止めて、俺に視線を合わせて返事をしてくれる。


「ああ、そうだ。嬢ちゃんはリヴィアさんを見てないかい?」

「リヴィアさんですか? いえ、自分もリヴィアさんを探してここに来たのですが……」

「ああ、そうだったのかい……そいつは困ったな……」

「? 何かあったんですか? リヴィアさんは何処に?」


 ……なんだか嫌な予感がする。

 俺は恐る恐る、そう尋ねてみる。すると男はバツ悪そうに頭を掻きながら、言葉を選ぶように視線を左右に泳がしながら口を開いた。


「それなんだけどよぉ……昨日の緊急の依頼以降、誰もリヴィアさんを見ていないんだよ」


 ■

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