031 青年の憂鬱と脳内少女

「今までの異世界探索であった出来事を単語で次々挙げてくれ。気になったものなら些細なことでも良い。次々挙げてほしい」

『えぇ? 私が?』

「他に誰がいるんだよ。それともなんだ、さっきの子供にでも頼むか?」

『あーもう、わかったわよ……やればいいんでしょやれば。まったく、苦手なことさせるだなんて……』


 少女は頭の中でぶつくさと文句を垂れているが、それでも協力してくれるのでよしとする。ってかこれは俺じゃなくて少女に関わる情報の考察でしょうに。当の本人がやる気ゼロでどうする。


『んーっと、森、夜間の襲撃、エルディア村、ゴブリンの襲撃、毒矢――』

「そもそもゴブリンってモンスターなのか? 子供好きで行儀のいい子にはプレゼントをくれたり、子供の面倒をみるのが好きでいたずらっ子な伝説上の生物だろ?」

『そんなこと聞かれてもね……ほら、アレよ。大衆のイメージするゴブリンがアレなんでしょうよ』

「そういうもんかね……ああ、話が逸れたな。続けてくれ」

『使役していたモンスターはネズミ、スライム、ゴブリン。異常な点は本来この生物たちは縄張り意識が高くて共生は当然、あんな軍隊みたいに集まって戦うことはないわけで――』

「……ちょっと待った」

『なによ、答えでも見つかった?』

「ああ、多分だけど違いない。ネズミがキーワードだ」

『……ネズミが?』


 スライムやゴブリンは伝説上の生き物というか、まるでゲームの悪役だが、ネズミは違う。ネズミは生き物であり――それを使役する物語を、俺は知っている。


「そして、あの奇妙な鳥の鳴き声が仮に“笛”の音色だとしたならば、答えが絞り込めた」

『笛の音色……? それが関係あるの?』

「ああ、それは――これだ」


 俺は一冊の童話を手に取る。

 その名は、“ハーメルンの笛吹き男”。原典はドイツの伝説集であり、グリム兄弟の関わった物語であるが実話説があったりして童話とはちょっと違う――のはこの際些細な問題か。


 物語はこうだ――ドイツ、ハーメルンの町は大量のネズミによる被害に悩まされていた。ネズミは食べ物や服、はてには人間までもかじる始末だったという。

 そこへ色とりどりの派手な服をまとった男――本によっては男の服はまだら模様だったり、タロットの愚者のような服装だが――が現れ、「報酬をくれれば全てのネズミを駆除しよう」と持ちかけてきた。

 町長はその報酬の高さに嫌な顔はしたものの、承諾した。

 男は笛を使い音楽を奏でる。すると不思議な事に、笛の音色に誘われてネズミ達が誘い出される。笛吹き男が歩き出すと、ネズミも後から付いてくる。

 やがて男は郊外の川までネズミを誘い出し、一匹残らず溺死させたという。

 

 その後笛吹き男は報酬を求めたが、町長はあまりにも簡単にネズミが消えた事に報酬を渡すのを出し渋り、笛吹き男との約束を破ってしまった。

 また、町の人々からも冷遇されたこともあって、笛吹き男は黙ってハーメルンを去った。


 そして、その後の朝。あるいは夜。

 村人達がまだ眠っている時間帯に、笛吹き男は何処かから――あるいは街中で――ネズミを誘い出す時のように笛を鳴らした。

 それを聞いた町の人たちはすぐに「あのまだら服を着た男の笛だ」と思ったものの、気に留めることもなく、再び眠りにつこうとした――その時、異変が起こった。


 町のあちこちから悲鳴や怒号が響き渡った。原因は、町の子供たちが歌ったり踊ったりしながら、音色に誘われるように外へ出て行ったからだった。

 町の人たちは子供たちを止めようとしたが、どうにもならず、子供たちは笛の音色とともに姿を消してしまった。子供たちは笛吹き男に誘われたのだった。


 ……その後の結末は本によって異なる。

 子供たちの行方は分からず、子供たちが消えていった方向の山から子供の笑い声や楽しそうな声が時々聞こえる――そんな終わりもあれば、ポッペンベルク山の洞窟のなかに入り、そして穴は内側から岩で塞がれて笛吹き男も子供たちも、二度と戻ってこなかった。なんて終わり方もある。


 結局共通しているのは、多くの子供たちが消え、二度と戻ってはこなかった。という点。


「……これだ。“大量のモンスターの使役”、“笛の音色”、“ネズミの使役”……このキーワードにピタリと当てはまるのはこいつしかいない」

『こいつが、今回の件に関わっている語り手……』


 童話の挿絵に描かれている色とりどりの服を着た男を指しながら結論付ける。

 ……確か、結局この男が現実だと何のモチーフなのかわからない不気味な存在なのだったか。


「……早く行こう。リヴィアさん達に伝えなきゃ」

『ええ、そうね。早く姿を元に戻す――って、ちょっと待った。アンタ、元に戻るのが目的じゃないの!?』

「それはそうだけど、それよりもあの村が語り手によって危険な目に遭っているんだ。放っておけるか」

『いやいやいや――ちょっと待った! だからねぇ! アンタは肩入れしすぎなんだっての! 昨日傷つけられたの忘れたの!?』

「いやいや、傷つけられたわけじゃない。ただアレは……その」


 ……ああ、忘れていたはずのことを思い出してしまった。

 昨日の夜、どうしてあんなに心が不安定になったのか。どうして逃げ出してしまったのか――


「……アレは全部、俺が悪いのさ」


 本棚をなぞるように触れながら移動する。

 幼児向けの本が多かった棚は通り過ぎて、気が付けば大人向けの資料集や参考書の棚にたどり着いていた。


「……俺さ、昔失敗したんだ」

『失敗?』

「ああ、仕事で躓いちまった。その時に向けられた親の顔が未だにトラウマってやつでさ……あの時のリヴィアさんみたいな顔を向けられると、嫌でも思い出しちまう」


 なんとなく本に触れると、それは見覚えのある本だった。

 医学基礎。昔学生時代に何度もお世話になって、家の自室にも購入したものが積まされている。このまえブッ倒してしまったが。


「……こんな話はヤメだ。暗くなるだけだしな! 早く河川敷に戻ろう」

『…………ええ、そうね。行きましょう』


 やっぱり、こんな自分語りなんてするもんじゃないな、と言った後から思ってしまう。だって、返事をくれた少女の声が、俺の重い話のせいか、ちょっとだけ暗そうに感じたのだから――


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