026 想定外の不覚
「――!」
スタートを待ちわびていたスプリンターは駆け出した。
矢の雨が途絶えたのを合図に最速で飛び出し、全速力でまずは敵前衛――ネズミ退治へ切り込む……!
ネズミは今の俺の体並みの大きさだ。だが、この体の身体能力をもってすれば一頭一頭を相手にするのは容易い。
だから問題があるとすれば、それは――
(数が多い……!)
前衛だけでもまるで海のような数のネズミがいる。
次の一斉掃射までの時間でその全てを相手にするのは不可能だと、脊髄は計算した答えを弾き出す。
「
『チッ、仕方ないわね! 使った分あとで稼いでもらうわよ!』
俺はトランプを一枚抜き取る。
そしてその一枚のカードを前方に投げ、効果を発現させる――
――《ヒュージョン・スキル「コーカス・レース」》
頭上に投げたカードは光の壁になって、俺を包み込む。そして俺の体を通り抜け終わった時、俺の体には変化がおきていた。
頭からは、まるでウサギの耳のような光の塊が二本、腰の後ろにはウサギのしっぽのような丸い光の塊が生えていた。
身体強化のカードだと聞いたが、こういう効果の現れ方をするか……少女の体にケモミミが生えるのはかわいらしいが、中身が
……しかし、これで不足していたものは補えた。これで確実に奴らへ届く。
「いくぞ――ッ!」
突撃姿勢で鍵を構えて、俺は前方に飛び出した。
ただでさえ速い通常時の数倍の加速力だ。跳び出した直後にはすでに敵との間合いはゼロになっている。
「ギ――!」
ネズミの断末魔と血を浴びる。
閃光のような回転切りは怪物を五匹まとめて斬り殺し、瞬く間に塵に変えた。
……これは強い。強力すぎる。
軽い薙ぎ払い一つで生物を破砕するなんて、人間武器もいいところだ。切った手札により跳ね上がったスペックはとどまるところを知らない。
左右へ掃くように斬りながら突進するだけで、ネズミは惨殺され、モンスターの海の中に一本道ができあがった。
――《ウェポン・スキル「金の鍵」》
手札を切って鍵を両手に構え、手数を増やす。
今の身体能力なら片手での軽い薙ぎ払いでも致命傷を負わせられる筈だ。とにかく手数を増やして早く敵を狩りつくしてやる……!
■
「――ハァッ! ハァ……ハァ……」
――数分の間に殲滅は終わった。
最後の一匹を一太刀で斬り倒し、呼吸を整える。これで前衛のネズミは全滅した。
(スライムの動きが遅いのが助かった……あと残った戦力は後衛だけか)
恐らくこの配置だとスライムは後衛のための盾だ。このスライムの壁を乗り越えなければ後衛に攻撃は届かない。
だから道を作り、後衛のところまで移動する手段が要る――だが、その前に
(次のカード……!)
もう一枚のカードを引き抜いて備える。
次はタイミングが重要だ。だが、それさえ乗り越えれば――
「来た――」
獣の鳴き声ような弦の音が再びコダマする。
上から降り注ぐ矢もあれば、スライムを貫通して飛んでくる矢もあり、避けるのは困難だろう。
……だがそれを待っていた。次の掃射を首を長くして待っていた。俺はトランプを投げて布石を召喚する――!
――《ガード・スキル「トランプの傭兵」》
ダダダダン、と壁越しに命中音が響き渡る。
召喚したのは一組のトランプ。トランプの傭兵は束になって俺を守る壁となり、矢の雨を防いだ。
「ッ、おらッ!」
その矢が刺さったトランプの山を蹴り倒し、山を崩す。
蹴り倒されたトランプは重なり合いながら倒れ、一本の道のように縦に伸びていく。まるで橋のように伸びてスライムを踏み倒し、ゴブリンの元へ届く経路が完成した。
「――――!」
「ギィ!? ――ガァ!?」
まだ
俺は瞬時にその道の上を駆け抜け、ゴブリンの至近距離まで近づき、鍵の剣を振り下ろした。
ゴブリンの数はネズミと比べればずっと少ない。このペースなら瞬く間に狩りつくせるだろう――と、
「あ、あれ……?」
不意に、グラリとめまいがした。
視点が揺らぐ。鍵を上手く握れなくなっていく。足元が急におぼつかなくなる。
「なん――だ、これ――」
指先が、ピリピリする。次第に上手く歩くのも難しくなる。
四肢の感覚が末端からじわじわと石になるような心地。痛みがないのがかえって不気味だ。
『どうしたのよ! 急に足を止めて!?』
「な、なんか全身に力がうまく入らない……」
『何やってんの! ゴブリンが来るわよ!』
ゴブリンはまだ数体――数える程度だがまだ残っている。
弓矢を構えるゴブリンもいれば、即興で矢を武器にして近接戦を仕掛けようとするゴブリンもいる。
この状況は……あまりよろしくない。すでに膝を付いてしまって立ち上がれない状態だ。
「ッ、オラァッ!」
二方向から挟み撃ちにするように襲ってくるゴブリンに対して、残った腕力に任せて二本の鍵をそれぞれ二方向へ投擲する――!
「――ギャ!」
「ガァア――!」
投擲した鍵は回転しながら残ったゴブリンを切り裂いていき、容易く壊滅させた。
残るはスライムだけだが、とてもじゃないが交戦を続ける余力は無い。
『まさか……毒!?』
頭の中で少女が叫ぶ……が、俺にはこれ以上できることはなかった。
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