024 本契約
「本契約……?」
いつぞやに聞いたことのある単語を耳にして、俺は聞き返す。
確か今の俺は仮契約とかナントカ言っていたのは覚えている。それを本契約にすると彼女は言ったのか。
『ええ、本契約――つまり、本当にこの戦いに身を投じることになるってこと』
本契約になるということは、この少女と共に戦火の中へ飛び込むという事と同義なのだと少女は言う。そうして、願いを手に入れるチャンスに挑めるのだ……が、
だがしかし、俺には致命的な部分が欠けている――
「……俺に願い事なんか無いぞ。戦う理由が無い」
『ええ、知ってる。アンタって欲がない……いいや、諦めてるって感じでしょ』
「…………」
『む、そんな怖い顔で睨まないでよ。私の主観だったけど、その反応からするに当たりだったって訳か……うんうん』
少女は頷いているが、図星を言い当てられるのはあまりいい気分じゃない。
それと、案の定その感情が表情に現れていたらしい。俺はふぅ、と息をついて視線を少女から外した。表情から感情を読まれるのもあんまりよくない気分である。
『ま、そういうことなら良いわ。無理強いはしないであげる』
「ちなみに本契約ってのはどうやって結ぶんだ?」
『アンタが契約を結ぶって強い意志を持ちながら、私の名前を当てることよ。大丈夫、事故で契約を結ぶなんてことはないだろうから』
契約する意思と、名前を当てる……?
少女の名前、か。今まで隠されてきた少女の正体。彼女のモチーフとなる物語――
「……なんだ、わかりやすいじゃないか」
その答えは結構簡単に閃いた。ああ、なるほどねと理解して今度はこっちが頷く。
『語り手は物語を読み間違えてはならない――本当の本当に、私の名前を一発で当てられる?』
「そりゃ、まあ、うん」
少女はシリアスに言い直す――が、確信に限りなく近い答えは掴んでいるので、答えようと思えば答えられると思う。
俺があっさりと答えると、少女はビックリした表情を浮かべて立ち上がった。
『んな――そ、そんなにわかりやすい!?』
「そりゃ、まあ、特徴的だし」
『……なんか、そうやって得意げに当てられるの悔しいわ』
「いいだろ別に、さっきお前もやってたことじゃないか」
言うなら、おあいこってやつなのである。だからそんなに恨めしそうな顔で睨みつけてこないで欲しい。
……空気がなんか本筋からズレた。俺は咳払いをして仕切り直す。
「ゴホン……分かってはいるけど、名前は呼ばないからな。それが本契約に繋がっちまうんだろ」
『まあ、そうね。する気がないのに契約を結ばれる方が困るし、安全を考えてその方がいいわ』
それでこの話はおしまい。
再び俺は休憩モードに戻って寝っ転がる。
「…………」
……なんだか落ち着かない。
休憩しているのに、他人の体というのが緊張感をもたらしている感覚――つまるところ、肩に力を入れながら休憩するという矛盾が起きている。
「……眠れる気がしないや」
『そう。肉体的には多少眠らなくても問題ないわよ』
「精神的には必要なんだっての。そういう食べなくても良かったり、寝なくても良いってのは物語の登場人物の特権か?」
『まあそうね。私って食べ物を必要とする描写も無いみたいだし、睡眠を必要としてる描写も無かったから』
……彼女の出典は知っている。
端から端まで読んだという訳ではないが、確かに食事や睡眠をしてはいるが、それらを特別必要としている描写は無かったはずだ。
じゃあ、逆に食事や睡眠を必要とする作品の人物だったらこの世界でも摂らなければいけない……のだろうか?
……うーん、考え事をしてなおのこと目が覚めてしまった。ベッドで寝転んでも今以上に安らぐ気がしない……と、その時だった。
「――緊急! 緊急! すぐに戦闘員はギルドへ集合して下さい! これは訓練ではありません! 緊急! 緊急!」
窓ガラスの外から殴りつけるような大音量の警報が流れ込んでくる。
突然のことに目をぱちくりとしながら、俺は慎重に窓の外の様子を見た。するとまるで昨日の再現のように町中に明かりが灯っていく。
『騒がしいわね……何の警告よ』
「わからない。だけど、何かヤバイ予感がする。まるで昨日の事件みたいな……!」
俺は慌てて宿の外に出る。
俺と同じような野次馬精神を抱いて飛び出した人は多く、村の表通りはガヤガヤと喧騒に包まれていた。
『何処に行くのよ』
「そりゃ……とにかく、助けにだよ!」
『何も考えず飛び出したってことね……まあ、確かにギルドが戦闘員を集めているってことは、荒事なんでしょうけど』
警報を聞いて直感的に理解したことを少女は言語化してくれた。
そうだ、ギルドが戦闘員とやらを集めているということは、また昨日の夜――馬車への襲撃のような出来事が起こったのではないか。
ギルドの建物の前には、戦闘員と思われる人々が集められている。
その数は五人と少ない印象を感じるが、この小さな村を守るとなれば十分な数なのだろう――と、
「……! リヴィアさんも居る」
『彼女は派遣されたフリーランスだからね。初めて会った時に見た戦闘力からして、モンスター関連の問題に首を突っ込む担当なんでしょ』
人混みの中で目立つ金髪――彼女を見つけて呟く。どうやら彼女は戦闘員の集まりへ向かっているらしい。頭の中の少女の言うとおり、恐らく戦う為に。
……ちょうどその時、ギルドの建物からゾロゾロと人が出てくる。統一された服装から、ギルドの職員の人々だと推測できる。
そしてそのギルドの職員のうちの一人――女性がメガホンのような小道具を使って、先程の警告に負けず劣らずのアナウンスを言い放った。
「――モンスターの襲来が斥候部隊から報告されました! 戦闘員は防衛部隊として村周辺で防衛線を築いていただきます!」
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