023 晩の誘い

「ごちそうさまでした! おいしかったです」


 店を後にしながら俺はリヴィアさんにお礼を言う。

 いやあ、ぺろりと完食してしまった。野菜だけでおなかが膨れるのかと最初は不安になったが、食べ終わる頃にはすっかりおなかは膨れていた。


「お口に合ったのならよかったわ。私がおいしいって感じたお店の料理をおいしいって言ってくれるのは、なんだか嬉しいわね」


 本当にうれしそうな顔をしてリヴィアさんはそう答える。

 やっぱり食事はいいものだ。たとえこの体に必要なくても、可能ならちゃんと三食摂りたいな~とぼんやり考えたところで、ふとあることを思いついた。


「リヴィアさん、ちなみに宿の代金っていくらぐらいですか?」


 今の俺には衣食住のうち食と住が足りていない。

 ならば宿を利用すればその両方を同時に確保できるんじゃないかな~なんて思いついたので、気安くもリヴィアさんに尋ねてみる。


「? 三泊二日で200レインだけど……もしかして宿に泊まるつもり?」

「お金があるので今晩はそっちにしようかなって。もしかして満席だったりしますか?」


 正直、家に帰るのが億劫に感じたので今晩はこっちの世界で寝泊まりしようか――なんて不純な動機で尋ねたので、駄目なら駄目で素直に引き下がるつもりなのだが……


「うーん、確かまだ部屋は空いているはずだから大丈夫だと思うわよ。夜に予約でも十分間に合うと思うわ」

「そうですか。それでも早めに予約しておこうと思います」

「そのほうが良いかも。あ、私はギルドに行くからこの辺でお別れかしらね」

「はい、ありがとうございましたリヴィアさん」

「いえいえ、何度も言うけどアレはお詫びだから。またきっと縁があると思うから、その時はよろしくね」


 じゃあね~、とお互い手を振って気持ちよく別れを済ませる。リヴィアさんは軽く手を振るとすぐに切り替えてギルドの方へすたすた向かって行った。


『……なんでよ。武装が少ないから仕切りなおして欲しいんですケド』


 一人になったところを見計らってか、目の前に不満げな顔をした少女が姿を現す。


「いいだろ、戦う訳じゃないんだから」

『アンタねぇ、これはバトルロワイアルなのよ。武装が不足してるのに戦場に居るなんて正気?』

「それもいいだろ……今日はそういう気分なんだ」


 そう、そういう気分なのだ。

 戦いはもうこれ以上しないのだし、休憩ぐらいさせてほしいのである。


『ふーん……ま、いいけど。死ななきゃそれで良いわ』


 結局最後まで少女は不満げにしていたが、それでも承諾は得られた。

 俺はさっさと宿に足を進めて宿を取りに行くことにした――


 ■


「――はぁ、この世界でもちゃんとしたベッドがあるんだな」


 ポフン、とベッドの真ん中に飛び乗ってその柔らかさに感心しながらひとり呟く。

 時計の音がせずシーンとしているのは自室と雰囲気が違って新鮮さを感じる。なんだかホテルに泊まるような、そんなワクワクを密かに覚えた。


『それで? なんでこの世界に残ってるの?』


 そんな孤独を楽しんでいると、目の前に少女が現れる。

 少女はベッドに腰かけて、寝転んでいる俺を見下ろしていた。


「……正直、家には帰りにくい」

『ふーん。せっかく家族がいるのに、そういうもんなのかなぁ』

「別に、家族がいるとかは関係ないだろ。むしろ人がいる分、喧嘩したり気まずくなったり……そういうのが多くなるんじゃないのか?」


 腕を頭の後ろで組みながら欠伸をする。

 気がつけば俺もこんなことを少女へ打ち明けるようになっているだなんて。気が緩んでいる証拠なのだろうか。


『そうなのかな。私は家族と喧嘩なんて数えるほどしかしたことないわ』

「……物語の人物なのに家族なんて居るのか? その家族だって創作物だろ」


 トゲを持った言葉を無造作に吐き捨てる。お前は家族は創作物だろう、だなんて口にした後で彼女を傷つける言葉だったかもしれない――なんて思うが、もう後の祭りだ。


『……まあ、そうねぇ。そういわれるとその通りだわ』


 意外にも怒ったりすることもなく、少女はあっさりと、それも認めるように答える。それが予想外だったから俺は変な顔を浮かべていたと思う。意外な一面を偶然見たような、そんな顔を。


『でもね、私は創作上の人物で幸せだったと思うわよ。現にこうして願いを叶えるチャンスが舞い込んできたわけだしね』

「そりゃ、ずいぶんと前向きだな。俺だったら自分が知らない誰かに創られた――なんて考えるだけでゾッとするよ」

『んじゃあ、お母さんに産んでもらえて幸せだった? ちなみに私は幸せだと思ってるわ』

「…………」


 ……幸せかは俺の主観で見れたものじゃないけれど、恵まれているとは思う。

 しかし、だからといって素直に頷くのはなんだか出来なかった。相変わらず俺は自分自身のことが好きになれないでいる。


「にしても、君から俺に話題を振ってくるとは思わなかった。俺たちの関係は……ほら、ビジネスライクなんじゃなかったのか?」

『そうね。案外アンタの胸の内もわかってきたというか、実を言うと気が合ってきたように思えるのよね。フレンドリー未満って感じ?』

「そりゃどうも。そう思ってもらえて光栄です」


 皮肉を込めたセリフを吐きながら寝転びなおす。

 物語に感情移入することはあれど、物語の人物から逆に感情移入されるだなんて、夢にも思わなかった。


「気が合う、ねぇ」


 俺は……どうなんだろう、気が合うとか合わないとかをこの子に対して考えたことがない気がする。

 だけどまあ……こんな出会いとこんな目的じゃなければ、もっと親しくしたいと思えていたかも。だなんて――


『……ねえ、これはアンタの気分次第なんだけどさ、もし気が向いたの提案なんだけど』

「?」


 妙に改まった態度を感じて少女の方を向く。するとやはり彼女は俺の顔を見つめている。


『――私と、本契約を結んでみる気はないかしら』

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