022 おなかいっぱいの喜び
「――ねえ、カタルちゃん。おなかって減ってないかしら」
建物の陰から表に戻ってくると、ふとリヴィアさんはそんなことを口にした。
「おなか?」
……そういえば、異世界に来る前は腹ペコだったなと思い出す。
この体になってから空腹というものを感じていない――が、人間の精神的にはおなかがペコペコだ。食べられるものなら食べたいかも。
「さっきはあらぬ疑いをかけちゃったから、よかったらそのお詫びにお姉さんがごちそうするわ」
「ごちそう……」
その言葉で食欲が出た気がする。
気が付けば口の中に溜まっていたよだれを飲み込む。で、その様子を悟られたらしい。リヴィアさんは母性のある笑みを浮かべて小さく笑っていた。
「決まりね、それじゃあ行きましょ。おススメのお店がすぐそこにあるの」
「えっと……よ、よろしくお願いします!」
「うふふ、やっぱりカタルちゃん、礼儀正しいわねぇ」
「そんなに褒めないでください……」
些細なことで褒めてもらえるので俺の承認欲求はたぷたぷに満たされている。同時にちょっと恥ずかしさを感じるけれど。
『別にその体なら物食べなくても生きていけるわよ。それと、味覚は私にも共有されるから変なものは食べないでよね』
少女が頭の中でそう言うが、知ったことか。
食事ってのは必要かどうかで摂るものではない。そんなことだったら人間の食生活はもっと乱れているのである。
二人足並みをそろえて、そのおススメのお店とやらに向かう。小さな村の中ということもあってそう遠くなかった。
「いらっしゃませ、ご注文は?」
俺達はレンガ造りの建物へ入ると、中にいた人――コックか、ウェイトレスだろうか――にそう声をかけられる。
め、メニューを見る暇もなく注文を尋ねられるとは……え、えっと――
「私には山菜料理を。えっとカタルちゃんは……」
「同じもので大丈夫です」
「そう? じゃあ、山菜料理を二つ」
「山菜料理が二つですね、かしこまりました」
注文を確認すると、店の人は厨房らしき設備の方にへと引っ込んでいった。
「本当に同じもので大丈夫だった? エルフ族って菜食文化だから山菜を頼んじゃったけど、お魚とか他にも頼めるものもあったわよ……?」
「大丈夫です」
「……野菜って子供受けが悪いって聞くけど、本当に大丈夫?」
「本当に大丈夫ですよ。それにリヴィアさんがおススメだと思えた料理の方が気になります」
「あら、そう――なんだかカタルちゃん、まるで私を口説いているみたいね」
「んな――」
ポン、と顔が真っ赤になるのを自覚する。
そ、そんな意図はないんだけども……!? ああいやでも、セリフを思い返せばまるで“気”のある人の返答っぽかったか!?
「あらあら、顔真っ赤になっちゃって」
「……そう、かも、しれない、デスね」
『露骨ね。正直かっての』
やい、うるさいやい。
反論できる環境なら即座に言い返したい言葉を聞き流しながら、俺は自分の顔を手で扇いで懸命に冷ますのだった。
■
「――お待たせしました、コルヴァシエニのスープとアーティチョークのカルパッチョです」
「おぉ……」
運ばれた来たのは一人二皿。思っていたよりも手の込んだ豪華な料理だった。
大きくて底の深い皿にはなみなみとスープが。同じくらい大きくて底の浅い皿には薄く切られた野菜? のようなものに薄く透明なソースがかけられていた。
日本ではお目にかかれない料理を前にして、思わず感嘆の声が漏れる。
リヴィアさんが小さくいただきます、と口にしたので俺も続いて料理にとりかかる。スプーンを手にしてスープに突っ込み、具を拾い上げた。
「これは……具はキノコだけか」
「? キノコは苦手?」
「いえ、ただこれって野菜なのかなって」
「??? 山菜じゃないの?」
どうやらこの世界の常識ではキノコも山菜の分類らしい。
俺は小さなぐしゃぐしゃな形をした真っ黒なキノコをスプーンで掬いあげて、尋ねながら口に入れた。
「これってどういうキノコなんですか? 初めて見るので……ムグ」
「それは毒キノコで――」
「ブッ……!?」
「あああ、違う、違うの! 毒キノコだけど毒じゃないというか――えっと、毒抜きされたキノコなの! ええ!」
「ッ……びっくりしましたよ……」
……びっくりしてちょっと噴いてしまった。
もったいないことをしたが、驚かされたので仕方ないことだと自分を納得させ、改めてもう一度キノコをスープと共に口にした。
改めて味わう……が、なんだこれ。肉? 味も香りもまるで肉のようなキノコだ。でも触感はきくらげに近くて……とにかく不思議なキノコだった。
ただ、確実に言えるのは――
「美ん味い……!」
「よ、よかったぁ……口に合ってよかったぁ」
目を見開いて感想を口にする。そう、旨いのだ。この肉のような旨味が。
リヴィアさんはまるで料理を提供する側の人みたいな心配をしているが、おススメした側の人としてはそういうものか。
「こっちはカルパッチョ、でしたっけ」
スープを堪能し、続いて次の料理に移る。
刺身じゃないカルパッチョを食べるのは初めて――それも、野菜の刺身など食べたことがないので期待と困惑が半々で混ざっている。
恐る恐る口に入れてみる……と、軽い歯ごたえのする生ナスのような味。それを引き立てるシンプルなオイルソースがまた良い。
「……ふふっ」
「? ……んっ、どうかしましたか? 顔に何かついてました?」
ふと笑みを浮かべているリヴィアさんを見て、俺は鼻先とか顔を擦ってみる。もしかしてソースが跳ねて鼻についたのかと思ったが、リヴィアさんは変わらず笑みを浮かべている。どうやら違うみたいだ。
「カタルちゃん、ずいぶんと美味しそうに食べるんだもの。なんだか見ててかわいく思えるわ」
「――――」
……また顔がボン、と赤くなった気がする。いや、絶対にそうだ。
俺は顔の温度よりの冷たく感じる温かいスープを口に入れながら、視線を逸らして自分のわかりやすさを恥じるのだった。
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