021 懐疑とその証明
リヴィアさんは問いへの返事を静かに待っていた。
彼女にそういう意図があるかは分からないが、お金の入った麻袋は人質のように彼女の手に握られている。この場を今すぐ逃げ出しても良いが、そうなればあの金銭は諦めなければならないし、彼女との関係も拗れる。
「――――」
地図の入った封筒を握りながら、どうするべきか考える。
……いや、せっかくこんな感じに一対一で話しやすい環境を用意してくれたのだ。ならば俺は正直になるべきなのだろう。
「……戦って、手に入れました」
「戦って……まさか、モンスターと?」
「はい、実際に戦いました――こうやって」
カードホルダーからトランプを無造作に一枚引く。それを握り締めて、武器を取り出した。
――《ウェポン・スキル「時計の針」》
「……! 今、カタルちゃん“詠唱”した……?」
「詠唱?」
「今の呪文よ。ああいやでも、呪文を口にしてないってことは無詠唱……あるいは代理詠唱……? いや、そんなことよりもその武器は……!?」
俺が握り締めている秒針のクナイを見て、リヴィアさんは驚いた表情を浮かべて尋ねてくる。詠唱、呪文。どういうものかをなんとなく察するに、恐らくこのどこからともなく聞こえてくる“音声”のことなのだろう。
「…………」
……沈黙が、痛い。
リヴィアさんは俺と俺の手にした武器を交互に見比べている。
「……そう。とりあえず戦える力はあるってことで納得するわ。カタルちゃんが盗みとかをしたわけじゃなくて良かった」
妙な誤解も解けたらしく、リヴィアさんはお金の入った麻袋を返してくれた。どうやら盗品の可能性を考慮して預かっていたらしい。
……まあ、狩りの出来ない子供があの量の魂石を手にしていたら、そう思われるのが妥当だろう。
「……もしかしてカタルちゃん、渡来人なの?」
「渡来人ってなんですか?」
「別世界からやって来た人のこと。不思議な力を持っているって噂があるから、てっきりそうなのかと思って。それにカタルちゃん、迷い人でしょ?」
「…………」
……できる限り時間を引き延ばす。
布石はすでに打っている。とにかく今の俺は受け答えせず、事の成り行きを眺めるように待ち続ける――
『……そうね、それ以上の情報開示は避けてもらえる? 話の流れに関しては私が支持を飛ばすわ』
……本当の助け舟が来た。頭の中からの少女の声に俺安堵した。
俺の手元――地図の入った封筒には、リヴィアさんには見えないように血で文字を描いてある。
――ドウスル。と。
先ほど出したクナイの刃で指先を少し傷つけ、流れ出た血を使って封筒に直線的な文字――カタカナで少女宛ての文字を書いたのだ。
後はそれを頭の中の少女が気付いて、助け舟を出してくれるのを待っていた……というのがタネである。
行き当たりばったりな救難信号だが、助けが来たのなら結果オーライだ。
『渡来人ってのは異世界人の“語り手”に対する名称ね、きっと。とりあえず雑に否定しておいてもらえるかしら』
「……渡来人ってのはわかりません。この力も自然とできることなので、てっきり普通のことなのだと思ってました」
「全然普通じゃないわ! カタルちゃんのその力はきっと特殊なものよ。そうね……できるだけ他言はしないほうが良いと思う。お姉さんも秘密にしておくから、誰にも見せないほうが良い」
リヴィアさんからも秘密にしておいてくれるのは、きっとこちらとしては好都合だろう。俺はリヴィアさんの言葉に頷いて答える。
『そうね……できれば渡来人について言及できるかしら。もしかしたら他の“語り手”についての情報があるかもしれない』
「リヴィアさん、その、渡来人について教えてもらえませんか? 何か情報とか……」
『直球すぎよバカ! 正直か!?』
……直球も何も、そういう駆け引きなんて人生でやったことないので話術のセンスに関して指摘するのは勘弁願いたい。だって正直に生きてきた人間なのだから。
「渡来人について?」
「ああ、えっと、もしかしたら私のこの不思議な力? と関係してるかもしれないので……」
「確かに、そうかもね……良いわ、知ってることは少ないけど話せるだけ話すわね」
『すぐ納得するじゃない!? 正直か!?』
……正直も何も、リヴィアさんはいい人だぞ。そんな指摘をわざわざする必要はないと思うのである。きっと正直に生きてきた人間だと思うし。
「そうね……“渡来人の怒り”って聞いたことあるかしら?」
「怒り? いえ、一度も」
「なんでも、この村は渡来人の怒りを買ったとか、そんな噂があるの――あ、これはこの村の人には言っちゃ駄目よ」
「怒りを買ったって、具体的には何を……?」
「それはわからない。でも、この村だけ異様にモンスターが集まりやすいの。昨日の晩みたいに襲われる事件もほかの村よりずっと多くて……」
モンスターが異様に集まりやすい……?
原因も原理も不明だが、実際昨日の晩にモンスターに馬車を襲われる事件が起きている。リヴィアさんも嘘をついているとは思えないし、謎が多いがそれが事実なのだろう。
「実は私、その謎を明かすためにギルドに派遣されたフリーランスな訳だけど、実際にモンスター集まりが多いこと以外に分かってることは無いわ……こんな話しかできなくてごめんね?」
「い、いえ、ありがとうございます。話してくださって」
「……フフ、前から思ってたけど、カタルちゃんって見た目のわりに礼儀正しいわね。私よりも大人っぽいかも」
「そんなことないですよ! リヴィアさんのほうがずっと大人で――」
「ほら、そういうところ。謙遜ってやつ? そういうところ、凄く大人っぽいわ」
“私がカタルちゃんぐらいの頃なんて、わがままな子だったわよ~”なんて言いながら、リヴィアさんは過去を懐かしむような目をして俺のことをそう評価する。
……こうやって俺が大人であることを見抜かれるとは思わなかった。本当に中身が大人であると見抜かれたわけじゃないが、一歩手前まで看破されたことに緊張でドキドキする。
『渡来人の怒り……モンスターの集まり……“語り手”と関係がありそうね』
――そんな中、頭の中で少女は一人冷静に事を見定めて、ひとり呟くのだった。
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