020 懐疑と助け船
「――フッ! ハァッ!」
全身が流木のような木で出来た二足歩行の怪物の体幹を崩し、鋭い突きを放つ。今日だけで何度も放った洗練された動きだ。
鍵を突き立てて串刺しにすると、怪物は塵と化して魂石を残した。
「……ふぅ」
『うーん、こんなものかしらね』
「こんなものって、簡単に言ってくれるな……」
『そう? 実際簡単だったでしょ? その体で戦うのは』
「それは……まあ、そうなんだろうけど」
鍵剣を手放して魂石を拾い上げながら少女の言葉に反論する。もっとも、簡単に言いくるめられてしまったのだが。
地獄の怪物狩りを始めてもう十数体は超えている数を狩った。
ここまでやれば体の動かし方とか武器の使い方なんかも体感的に分かるようになってくる。
『もう気配は雑魚しか居ないわね……うん、この辺で切り上げましょうか』
「あぁ〜〜やっっと終わったかぁ〜〜」
『何私の体で情けない声出してんのよ』
「今は俺の体だろ……ってか、こんな過密スケジュール組んだ奴が悪いだろ」
俺は草むらに腰を落として大きく欠伸をする。
……でもまあ、良い経験になったというか、これはこれで悪くない気もするという感じ。すっかりこの体と状況に順応している自分がいた。
「魂石の数は……七個か。残りはカードにしてるから何体狩ったかもう分からないな」
『私も覚えてない。カードも何枚消費したか随時覚えてるわけじゃないしね……魂石一個が10レイン程度だと予測して、余裕を持ってこの数にしたけど、大丈夫かしら』
「これで端金にしかならなかったらキレる自信があるよ」
『あら、アンタが怒るのは見てみたいかも』
「なんでさ……」
『ほら、そういうところ。前も言ったけどドライじゃない』
ドライ、ねぇ。やれ乾いてるだのドライだの散々なことを言われている。
だけどまあ、こういうズバズバ言う子だと既に理解しているので反論は口にしない。眉をひそめるぐらいはするけど。
「……とにかく、撤収して地図を買うぞ。それで今日はおしまいだ」
『そうね……武装はあと何枚ある?』
「んーっと、金の鍵が三枚、時計の針が五枚だな」
『じゃあ撤退時ね。戻りましょ』
「……“じゃあ”って、まさかカードが残ってたら戦わせる気だったのか?」
『…………』
「おいおいおいおいちょっとマテよオイ」
流石にそれは看過できないぞ???
しかし俺の反論は虚しく、森を出るまで少女に無視されるのであった。
■
「――そんな訳で換金して欲しいんですけど」
ドン、とギルドのカウンターテーブルに魂石を乗せて俺は男に声をかける。
胸を張っている俺に対し、男はとても驚いたように目をぱちくりとさせて俺と魂石を交互に見比べた。
「じょ、嬢ちゃん……それ、どうやって手に入れた?」
「え? それは――あっ」
そこで自分のうっかり具合を理解した。
魂石は怪物を倒して手に入る。それなら、俺みたいなか弱い女の子がこんな大量に持ち込むのはおかしな話なのである。
仮に持ち込むとしたら、それはバッタバッタと怪物を狩るような見た目をした屈強な人間なのだ。
しまった……! 自身の見た目と実際の強さが解離しているせいで、変な誤解を自ら招いてしまった……!
「狩りは当然、スカベンジにしてもこの量はおかしいよな……? 嬢ちゃんは一体――」
怪物を狩って手に入れました――なんて真実、この見た目で通るだろうか?
俺はどうしようか考えて、言い訳が思い浮かばなくて、頭の中の少女に助けを求めようと思って、でも案の定彼女からの助けは無くて――
「――それは私がおつかいをお願いしたの」
――そんな助け船と共に後ろからポン、と肩に手を置かれた。
追い込まれている状況なのでビックリしながら振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。
「ごめんなさいね、カタルちゃん。そんな訳でお願いできるかしら?」
「リヴィアさん……!?」
そこに居たのは以前何度も世話を焼いてくれたリヴィアさんだった。どういう訳か俺への懐疑に対して助け船を出してくれている。
実際その助け船は効果のあるもので、彼女が現れるだけでギルドの男はそれだけで納得したような表情を浮かべた。
「あ、はい。リヴィアさんのおつかいだったんですね……これは失礼したな、嬢ちゃん」
「いえ、こちらこそなんかすみません」
お互いに謝罪を口にしながらペコペコ頭を下げ合う。異世界だというのにまるで現代社会みたいな状況だ。
ギルドの男の人は魂石を鑑定するように眺め、それを後ろにあった秤のような装置に乗せて選別し、カウンターの下から硬貨のようなものを麻袋に詰め始めた。黄金色の硬貨もあれば、小さな銅色の硬貨も放り込んでいく。
「1543レインっと……はい、嬢ちゃん。おつかいの邪魔して悪かったよ」
地図の50レイン以外に物価が分からないから、1543レインがどれほどのお金なのかも分からないが、地図よりも大金を得ることができたことに笑みが浮かぶ。これで目的の一つは達成だ。
「ああそうだ、地図が欲しかったんだっけか。今買っていくかい?」
「あっ、はい。ありがとうございます!」
「良いよな、リヴィアさん?」
「そうだったの。ええ、良いわ。お願いしますね」
男は頷くと、地図を茶色い封筒――ギルドの刻印が刻まれている――に地図を入れて俺にお金の入った麻袋と共に渡してくれた。
麻袋の大きさは俺の顔ぐらいで、そこまで大きくはない。流石に森の中で持ち歩くのには邪魔そうだが、町中を歩くぐらいなら気にならないだろう。
「はいよ、重いから気をつけてくれ」
「っ、と。大丈夫です」
肉体的には丸太一本鷲掴みにできるぐらいなので当然問題はなかった。片手で受け取り、空いた片手で地図も一緒に受け取る。
「はいよ、また来てくれよお嬢ちゃん、リヴィアさん」
「ありがとうございました」
「お金は私が持つわ。それじゃあカタルちゃん、行きましょ?」
リヴィアさんは俺のお金を代わりに持ってくれて、空いた片手で俺の手を握ってくれた。
……うん、やっぱり彼女は優しいなぁ。こんな俺に助け船を出してくれるだなんて。お陰で助かったのである。
「…………」
リヴィアさんに手を引かれてギルドを後にする。ギルドを出ても彼女は俺の手を引いて、何処かへ連れて行く。
……ところでリヴィアさん、行きましょって何処にですか?
しばらく歩いて人目に付かない建物の裏側にやって来て、そこでリヴィアさんはようやく俺の手を離した。行こうとした場所に到着した、ということだろうか?
「……ねえ、カタルちゃん」
リヴィアさんは振り返り、珍しく俺の背丈に視線を合わせずに尋ねる。
「あの魂石、一体どうやって手に入れたの?」
そこでいい加減に俺は気がついた。
乗った助け船の運賃は、決してタダではないということに。
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