019 戦闘に慣れるまで

――《ウェポン・スキル「金の鍵」》


 手元でトランプを武器に変えて構える。

 奇妙な音声――何処から鳴っているんだろう――と共に出現した鍵をしっかりと両手で握りしめつつ、敵をよく観察する。

 敵は以前と同じジャバウォック。深海魚のような顔には伸びる触手が付いていて、胴体はドラゴンのようになっている。大きく動くときは翼を使って体を少し浮かせて動き、小回りを利かせる時は徒歩で動く……なるほど、じっくり観察すれば色々と特徴が見えてくる。


『もう一度繰り返すけど、モンスターは基本“ダメージ量”で倒すものだと思って。無理に首とかを狙うよりは攻撃しやすい部位を狙って』

「……分かってるよ。それでも首とか心臓を狙ったほうがダメージ量は多いんだっけ」

『そうよ……集中して。慣れないうちは不意打ちから始めていくわよ』


 少女の声を脳で聞いて、意識を切り替える。

 作戦は初手不意打ちで、以降は堅実な戦い方をする。戦闘に慣れるための練習を兼ねているとは言われたが……正直、めっちゃ緊張する。


(……でも、戦わなくちゃ彼女の恩に報いられない)


 命を救われた恩はまだ返せていない……と俺は思う。

 前回は人の命を守るという意思で戦ったが、今回は義務感で戦う。だから肩に少し力が入る。


『まあ、安心しなさいな。私がついてるんだから』

「……多少は信頼してる」


 ……正直に言うと、そう言ってくれる彼女の存在は心強い。

 でもそれを正直に打ち明けるほどに彼女の事を信頼している訳ではない。だからそれ以上は何も言わず、俺は静かに狙いを怪物に定めて呼吸を整える――


「――――ッ!」


 タイミングを見計らい、俺は木の上・・・から飛び降りてジャバウォックの頭部を狙って武器を振り下ろす――!


「――ギッ!?」

「ッ! 入った! 首に……!」


 ザックリと鍵の刃がギロチンのように首へ食い込む。手応えはあった。そのまま引き斬って首を蹴り、跳躍して距離を取る。

 ……初撃は上手くいった。これで大ダメージを与えられた筈だ。しかしその一撃だけで倒れる怪物ではない。


『来るわよ! 奴が飛んで間合いを詰めてこないように翼に攻撃しなさい!』

「ええっと、こんな時は――」


 左手に鍵を持ち替えて、ふともものカードホルダーからトランプを一枚取り出す。


――《ウェポン・スキル「時計の針」》


 シュン、と右手に握ったトランプが三本の時計の針に変化する。

 時針と分針と秒針の三種類を握った指の隙間に挟んで、クナイのように投擲する……!


「――ギャア!?」


 投擲した短剣は回転しながら片翼の飛膜を貫き、三つの大きな穴を開けた。


「よし……よし、ヨシ!」

『良い調子ね。武器のカードは再入場した時に補充されるから好きなだけ使って良いわ』


 そうか、ならば思う存分使わせて頂こうじゃないか。

 俺はもう一枚カードを取り出して、左手に持っていた金の鍵に添える。


――《マジック・スキル「巨大化」》


『あっ……!? ちょっとアンタ! 魔法カードは使わないでよ! 貴重品よ!?』

「……もう遅いって」


 褒められた直後に怒られた。

 そんなカードのジャンルまで覚えてられないのだから勘弁して欲しい。俺は巨大化した金の鍵――畳を三つ縦に並べた長さぐらいか――を構えて、純粋な腕力のみで振りかざす。


 ……この少女の肉体は華奢な見た目に反してとんでもなく強い。脚力だけではなく、腕力までも物理法則をめちゃめちゃに無視した代物である。

 例えるならリミッターの上限値がとんでもなく上の方に存在している感じ。万力のようにどこまでも際限なく力を込められるのだ……!


「ッ、うおおおおお――!」


 勢いを込めた叫び声と共に巨大な鍵を振り下ろし、怪物を叩き潰すように斬り裂いた。片翼から胴体までザックリと抉り刺さる鍵の刃。しかし、それでも怪物は絶命していない――


「ッ、オラッ……!」


 だから次の追撃――刺さった剣を横に力強く蹴り飛ばして、怪物の体をLの字の如く斬り払った。

 あまりに強く蹴り飛ばしたせいか、巨大な鍵剣は怪物の体を簡単に通り抜け、木々を三本ぐらい切り倒し、最後には深々と斧のように木に突き刺さって勢いを止めた。


「ガァァァ……」


 ザァ、と塵に還る怪物。

 やった、倒した。あの一方的に俺を襲った怪物を、今度は俺が一方的に倒した。反撃の暇すら与えない戦績に、ちょっとした達成感を感じて笑顔になる。


『まったく……カードの無駄遣いしちゃって。取り敢えず戦果を回収して』

「戦果……ああ、魂石のことか」


 頭の中から指示を受けて俺は塵に近づき、魂石を回収する。

 どうやらこれが“戦力”とやらになるらしいが……よくわからない。これが一体どのようにして戦力とやらになるのか。ただの石だぞ?


『魂石をカードに触れさせて。そうすれば戦力に変換される』

「戦力に変換……?」


 よく分からない部分も多いが、取り敢えず言われたとおりに従ってはみる。

 すると、魂石は突如光を放ち、一瞬閃光――マグネシウムの激しい酸化のような――を見せたかと思うと、呆気なく光を失い“それ”は一枚のトランプにへと変化した。


「か、カードになった」

『カードは……武器の“ヴォーパルソード”か。まあいいじゃない……あ、それレアだから軽率に使わないでね』

「……さいですか」


 相変わらず少女は暴君の如くだ。しかしこちらは一回無駄遣いをするというミスを犯してしまったので、ここは素直に指示を聞くことにした。


「? ちょっと待ってくれ。魂石じゃないと売れないんじゃないのか? ってか売る物を戦力に換えちゃ駄目だろ」


 魂石が一つでいくらの価値なのか、50レインがどれ程の価値なのかは分からない。だが、こんな感じに一枚のカードにしてしまったら、売れないのではないだろうか……?


『そりゃ、これはお金の補充と兼ねて戦力の補充でもあるから。これからしばらく狩りに付き合ってもらうわよ』

「…………」


 ……ゾッとした。

 いやはや、まさかあんな怪物を――今回は楽勝だったとはいえ――何頭も狩ると言うのかこの脳内暴君少女は。


『ん、さっそく右の方向に大物の気配が……二体も!? ラッキーじゃない! ほら、早く行くわよ!』

「ヒェッ……」


 ……ああ、神様。もしかすると救ってくれる相手を間違えたのかもしれない――俺は顔を引き攣らせながらそんな予感を……いや、確信を持つのだった。


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