第一章 少女の涙の池、異世界への願い

017 現実を歩く

 あの場の空気から逃げたかった俺は、結局空腹を満たすことも叶わずに外をフラフラと目的も無く歩くことになった。


『それで? 何処に向かってんのアンタ。他の語り手候補が見つかる場所でも連れて行ってくれるの?』

「違う。つか、そんなの何処で探せるのか俺が聞きたいんだが」

『ここはアンタの世界でしょ。心当たりとか無いの?』

「ハロワで求人でも出してみるか?」

『何よソレ』


 ……まあ、仮に求人なんてしてもこんなトンチンカンな話なんて誰も信じてくれないと思うのだが。ってかそもそも仕事じゃないし。

 俺みたいに実際に異世界へ放り込まれでもしない限り、バトルロワイアルの話を理解してくれる人はきっと存在しないだろう。


「ところでさ、バトルロワイアルってことは他の参加者が居るんだろ? 何人居るんだ?」

『さあね。飛び入り参加は無いから増えることは無いけど、参加者の数は不明だわ』

「主催者と言い参加者と言い、不鮮明な部分が多すぎないか……? まあ、分からない部分は仕方ないかぁ」

『あら、ずいぶん素直になったわね』

「慣れただけだよ……」


 こんな問答も何度目か。ここまで、聞いても返答が無くわからないことは確か“彼女の名前”と“主催者”と“参加者”についてだ。わからないという返答にもいい加減慣れてきたのである。


『じゃあ、慣れたついでに聞いておこうと思うけど……』

「?」

『……アンタって、戦う意思はあるの?』

「そりゃ、無いに決まってる」

『…………』

「だって殺し合いなんてしたくないからな。あの時は守る為に戦ったんだ。そもそも俺に奪い合いみたいな競争は向いていない」


 ……奪うってのは苦手だ。それもあって昔から競争事には本気になれない。

 本当に勝ちを渇望している奴にこそ、勝利は与えられるべきだ。俺にみたいな動機も欲望も半端な奴は手を引いた方が良い――そう思えてしまうのだ。


『……なんだろう。アンタって“乾いてる”わよね』


 そんな心を見透かされたのか、少女はそう俺を評価するのだった。

 ……乾いてるか。確かにそう言われればそうなのかもしれない。否定する気は無いので沈黙で答えた。


「……話は変わるけどさ」


 数十秒ぐらい続いた沈黙を破って、俺は話題を繰り出す。


『何よ?』

「異世界のあの場所――エルディア村には、どうすれば行けるんだ?」


 ■


 河川敷に辿り着いた。

 今日は平日と言うこともあって人は全く居ない。橋の上にお年寄りが何人か歩いているのが見える程度で、昨日の夜と状況はそう変わらない。


『で、戦う気のない奴が一体どういう風の吹き回しよ?』

「吹き回しとか関係ない。ただ、あの後が気になっただけだ」


 あの時――異世界でゴブリンとかいう怪物と戦った時はさっさと撤退することを余儀なくされた。だから俺はあの後のこと――村がどうなったのかとかを知らない。

 本当にあれで人を守れたのか。それが俺の心残りだった。


『なるほどね……まあ、やる気がある分よしとするわ。私はやる気があれば尊重してあげるタイプだから』

「……他の語り手とかと戦う気は無いぞ」

『そーですか。でもまあ、語り手と戦うのは本契約した人とだと思ってるから、別にそこを心配しなくて良いわ。アンタには情報収集と、戦力の補充を期待してるから』

「情報収集と戦力って、なんだよ」


 そういえば以前から少女は俺に情報収集を期待していたな。その情報とやらが俺には分からない。

 あと、戦力の補充についても、度々話題に出ていた気がするが詳しく掘り下げるタイミングを失っていたので聞きそびれている。叩けば叩くほど埃が出る布団のように、アレコレと聞きたいことは絶えない。


『情報収集は今回の舞台になる異世界の情報――それと、今回参加してる語り手についてね』

「異世界の情報と語り手参加者……」

『地形とか何処にどんな街や村があるのか、とかかな。こっちは比較的簡単に集まるんじゃないかしら』

「んじゃあ、語り手に関しては難しい?」

『そうね。基本有利を保つために語り手は自身の情報を漏らさないように努めるし、仮にバッタリ出会うことがあるとすればそれはもう勝敗を決する戦いの時ね。だからアンタには痕跡集めをして欲しいかな』

「痕跡?」


 まるで獣狩りみたいな表現だな、と俺は口にする。


『大体合ってるかもね。そうやって相手の能力を特定して戦闘を有利に進める――その為の情報が欲しい……いや、一番欲しいって言った方がいいわね』

「それは勝つ為にか」

『当然。他に理由がある? ……まあ、アンタに期待してるのはそんなところ。んじゃ、早速始めましょ?』


 スッ、と姿を現して俺に手を差し伸べる少女。どうやら“私の手を取れ”という意味合いらしい。素直に従って彼女の手を取る。


「行きはお前の手が必要なのか? 帰りの時みたいに一人でできるもんじゃないのか?」

『異世界に行くには私達物語の力が必要よ。帰りも私の体を使ってるし、実質どちらでも私の力は必要って言えるわね』


 少女に手を引かれて俺は河川敷を進み、とある水たまりに到着する。

 土が抉れて出来たような、川の瘤みたいな形の流れの無い川の一部分。そこはまるで鏡のように俺達を写している。

 そういえば、暗くて確信は持てないが昨日の深夜にも同じ場所へ来た気がする。


『別の場所の鏡や穴は別の場所に繋がってる。だから同じ場所を目指すなら同じ入り口から入れば良いの』

「そうか。だからまた河川敷ってことか……またあの森に出るってことだよな?」

『そ。またあの森を歩いて貰うわ。ああ、安心して。道中に話す話題なら沢山あるわ。そうね……じゃあ、私の武装について全部叩き込むから、しっかり覚えなさい』

「……えぇ」


 戦う気は無いと話したのに、すっかり戦力にする気満々で俺は思わず声を漏らす。

 ……そうして、不本意な部分もあるのだが、俺達はもう一度異世界にへと足を踏み入れるのだった――

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