016 完走した感想ですが
「……ただいま」
こっそりと家の鍵を開けて戸を開ける。
家の中は暗く、チッチッと小さな時計の音が鳴っているだけだ。家の住民は誰一人起きていないらしい。
「……ふぅ」
安堵で声が漏れる。
……河川敷から家に帰還するまで数時間はかかった。外は若干明るくなりつつあり朝が近づいている。だから最悪父親が起きている可能性もあったが……どうやら今日は早起きじゃないらしい。
足音を殺して、階段を上り、暗い廊下を進んで――自室にへと逃げ込むように戻って来た。
「――――」
着替えとかベタついた肌を洗い流すシャワーとか、そういったものはもうどうでもいい。今日は変に疲れた。
「……なんだったんだろう、あの変な夢は」
仰向けに寝返って、ひとりごちる。
自殺しようと、ふと思い立って行動したと思ったらそれは夢で。不思議な少女に会って異世界とやらを冒険したと思ったらそれも夢で。まるで狐につままれたような心地だった。
でも、夢なら夢でいい。気まぐれで誘われた自殺未遂もおかしな冒険も無かったことになるなら、それで――
『変な夢なんかじゃないわよ』
「――うわっ!?」
ベッドから落ちる。ついでに積まれた本の山にぶつかり、ボウリングのように吹っ飛ばす。ストライクだ。
分厚い本を頭に浴びて、今の声が――夢だと思ってた出来事が夢ではないのだと嫌でも分からされた。
「……どうして」
『どうしても何も、まだアンタとは仮契約の仲じゃない。アンタはまあ、戦うセンスは持ってる方みたいだし、戦う気が無いのなら次の候補が見つかるまでは居座らせて貰うわよ』
「マジですか……夢じゃないのか……ってか、逆になんで今まで黙ってたんだよ」
『呼べば答えたわよ? アンタが呼ばなかっただけで』
「さいですか……」
頭の中にすっかり暴君が住み着いてしまった。
もうどうしようもないので俺は諦めて頭に乗った本を払い落とし、ベッドに再度横になった。
「……バトルロワイアル、だっけか。そんなの誰が始めたんだ……?」
『主催者? さあね、私も知らない』
「んな……そんな主催者も分からないモノに乗ったのか? そんなんじゃ本当に願いが叶うかなんて分からないんじゃないのか?」
なんとなく尋ねた問いの返答が、あまりにも信頼性が無くて突っ込んでしまった。
バトルロワイアルみたいなイベントなら、主催者が存在していなきゃ成立しない。そこが不鮮明だと報酬が本当に与えられるか保証が無いと思えるのだが。
『……それでも叶えたい願いがあるのよ。藁にすがっても良い。それだけが私みたいな物語に与えられた唯一のチャンスだもの』
「――――」
それでも叶えたい願い。
その言葉の重みをうっすらと感じてしまって言葉が喉に詰まってしまった。
「……取り敢えず、寝るからな。騒がしくしないでくれよ」
『はいよ。私も寝てるわ……』
聞きたいこと、話したいこと。考えれば考えるだけ思いつきそうだが、“叶えたい願い”について考えてしまってこれ以上言葉を紡げなかった。
……今の声は本当に希望を持っている人の台詞だ。なんとなくわかる。それを否定したり小馬鹿にしたりするのは許されないことだということも。
(…………)
俺は静かにバラバラに散らかした本の山に視線を向ける。
結局、彼女との会話はそれっきりで時計だけが口を開いて針の音を奏でていた。
■
「…………あまり、眠れなかったな」
ぼんやりとした倦怠感と共に起き上がる。
時間は……八時か。眠れる時に寝る生活だからサイクルなんてあったもんじゃないが、真人間らしいサイクルに戻って来た気がする。
「腹、減ったな」
ぽつりと呟くと、それに答えるように腹が鳴った。俺はベッドから起きてデスクの下にある冷蔵庫を開けた。
……冷蔵庫は空っぽだ。食べられそうな物は氷しか無い。そうなるとリビングの冷蔵庫から漁るしか無いだろう。
「…………」
……気は乗らないが、腹の虫も訴えてくるのだから仕方ない。俺は自室の戸を開けて階段を降り、リビングにへと向かう。
「――あ」
「! カタル……」
欠伸混じりにリビングに入ると、母が食事を摂っていた。そうだ、すっかり忘れていた。朝八時は母が朝食を食べる時間帯だった。
不本意にもバッタリと出会ってしまい、俺は言葉を詰まらせた。
「……カタルもご飯を食べに来たのかい」
「……いや、違うよ母さん」
「あ……そ、そうかい。今日も何処かに出かけるのかい」
「うん。昼ぐらいまで出かけるよ」
弾まない簡素な会話。息苦しさすら覚える。
肉親とは到底思えない会話を切り上げて、俺は朝食を摂ることを断念して引き返した。空腹だが昼ぐらいまでなら保つだろう。最悪買い食いでもすればいい。
『……ねえ、アンタ』
玄関で靴を履いていると、不意に声を掛けられた。
「なんだよ……人前で話しかけないでくれ」
『……別にいいケド。アンタって何、ママと仲が悪いの?』
「…………」
そんなことはないが、そう否定するほどでもない。
結局俺はなんて返答するべきか分からなくなって、少女に何も答えられないまま靴を履いて玄関の重い戸を押し開くのだった。
■
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