015 異世界からの帰還者
「リヴィアさん、居ました! こちらです!」
夜闇の中、捜索を続けていると仲間の一人が大声を出して私達を呼んだ。
打ち上げられた救難信号――この深い森では光は見えず、音しか頼れるものはなかったけれど――を元に開始したギルドの捜索作戦。手がかりが少なくて難航していたそれも、ようやく糸口が見えた。
「待ってて、今行くわ!」
事はあの子――カタルちゃんと別れてから間も無い時だった。
町と村を行き来する馬車の夜行便が原因不明の要因で数時間経っても到着しないという噂。それに続くように聞こえた信号拳銃特有の火薬の音。
ギルドから緊急の依頼が出されるのは、村で騒ぎが広がるよりもすぐのことであった。
「……!」
駆けつけた先にあったのは横転した馬車。
馬車を引いていた馬の姿は……あった。低木に隠れているが、血跡を辿れば簡単に見つけられた……死体として。
(真正面から矢が刺さっている……毒矢?)
こんなことをするのは人間か……いいや、こんな利益の無いところで山賊が活動する理由が無い。そうなると人型モンスターだが、馬を一撃で仕留める猛毒の矢を扱うモンスターなど聞いたことがない。
私は倒れた馬から離れて、横転した馬車に近づく。馬車の乗員は既に救助中で、他のギルド派遣員が傷の手当てなどをしていた。救難信号こそ打ち上げることができたものの、信号銃の使用者を含めて全員が気絶、または意識混濁の状態に陥っていた。
「リヴィアさん、状況はどうでしょうか?」
「何かに襲われた痕跡があるわ。恐らくモンスターなのだろうけど……何処にも姿が無い」
派遣員に状況を伝えながら、頭の中では別の事も並列して思考する。
馬車を襲ったモンスターが居る。なのにこの場には何も居ない……そして怪我人こそ居るが、事故による怪我のみでモンスターに襲われた様子は無い。
……ならまず気になるのは、馬車を襲ったモンスターの行方だが――
「モンスターが? 姿形も残っていませんね……」
「ええ。初めから私は交戦することになると思っていたから、何も居ないのはかえって不気味ね」
「そうですね……最近はモンスターの動きが妙になりつつあるとはいえ、こんなのは初めてですよ。モンスターは人を襲ったのに突然気でも変わって放置して逃げた、んでしょうかね?」
状況だけ見るとそうと言えるだろう。
最近はモンスターの動きが妙だ。本来、森の奥の縄張りにでも足を踏み入れなければ襲われるようなことはないのに、こうして街道にまで縄張りを伸ばしている。
それに加えて今回はこの状況。何か、この村の周辺で“何か”が起こっているような予感がして仕方ない。
「……?」
そんな予感に駆られていると、ふと緩やかな風が吹いた。
その風に乗せられるように立ち上る、見覚えのある煙――いや、巻き上げられた塵の粉末を見つけて、私は仲間の元を離れてそこに近づいた。
「……これは」
地面の一部分を見て、確信する。
これはモンスターの死骸だ。モンスターは死後こうした粉末状になり自然に還る。なので通常発見するのは難しいが、死後間もない状態ならばこうして見つけることも不可能ではない。
そして、それはつまり私達が現場に駆けつける直前にモンスターは何者かの手によって殺されたということだ。
「……一体何がどうなっているの」
塵を手から溢し、風に流しながら一人問う。
しかし、当然ながらその問いに答えてくれる人は誰も居なかった。
■
『さて……着いたわね。それも難無く』
村人達の救助を中途半端にして、人の気配から逃げてしばらくのこと。
俺達は当初の予定通り、混乱に乗じて監視の目が無い宿屋へ難なく潜入し、そのまま風呂場へ直行したのだった。
「ほら、この鏡だが……大丈夫そうか?」
『ええ。潜り抜けられる大きさの反射物なら問題ないわ。武装も消費したし、一度仕切り直しましょう』
別に仕切り直して戻ってくる気は無いのだが……まあ、とにかく今は日本へ戻れることに感謝しよう。
俺は風呂場の鏡と対峙する。今の俺の身長を遙かに超えた長さ。程々の横幅……鏡を潜り抜けるという経験は無いけれど、おそらくこれなら可能だろう。
「…………」
『……どうしたのよ。ほら、はやく鏡に触れなさい』
「あ、ああ。それでいいのか。引き込まれた時みたいに、こう……『ようこそ、迷宮へ』的な台詞がてっきり必要なのかと……」
『あ、あれは……その、こっちのテンションが高くなっちゃっただけというか、必要のない台詞だったというか……』
「そなの?」
『ッ~~ああもう! いいじゃないその辺に関しては! ほら早く! は~や~く~!』
ああもう、ちょっと追い詰められるとすぐ俺の頭の中で大声を出しやがる……!
仕方なく俺はこれ以上この話題に触れないことにして、鏡に近づいてその表面に触れる。冷たい感触が細い指先に伝わってくる。
『ん、そのまま扉を押し開く感じで中に入って。そうすれば脱出完了よ』
「わかった……ッ、おお。鏡の中が押せる……!?」
触れた指先に力を込めると、鏡がまるで扉のように押し開けていく。まるで忍者屋敷のからくりだ。押し開けば開くほど、鏡の裏側からは光が差し込んできて先が見えない。
このままあの逆光の中に入れば良いのだろうか……?
「ッ、――――!」
重くもなく、軽くもない――そんな不思議な手応えの扉を俺は完全に押し開く。
そして、そのまま逆光の中に足を踏み入れて――
■
「――うおわっ!?」
視界が二転、三転する感覚の直後、ぽーんなんて効果音が似合いそうな感じに光の中から放り出される。
ドサリ、と少々痛い感覚と共に地面に着地した。
「……ここ、は――あ、ああっ!?」
暗い地面に叩きつけられて、状況を確認しようとしたところで気がついた。
「も、戻ってる……! 俺の体! 俺の体だ!」
伸ばした腕は、今まで小さくか弱い印象の――実際はとんでもなく強かったのだが――華奢な腕ではなかった。
何十年と見てきた見覚えのある腕。体。それに聞き慣れた声。
俺の体はすっかり元通りに戻っているのだった。
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