014 初交戦
森の中を駆けるのは思ってたよりも容易だった。
なにせ、この体は夜目が利く。走る速さで迫って来る木を避けることも、足下の木の根を跳んで回避することも簡単だった。
「凄いな、この体……! こんなに走ってるのにまだ疲れない!」
『フン、私の体ナメんじゃないわよ』
トントントン、と木の根を踏みつけて跳んでいく。
半日ぐらいこの体で居たお陰か、それにしても良く馴染む。やろうと思えば木を使ってパルクールのようにかっこよく動けそうな身体能力だ。
「……! 見つけた! 本当に真っ直ぐ進んだ先だ!」
森の中を駆け抜けた先に、馬車と思わしき影を見つけた。
俺はその影に狙いを定めて、より強く、より速く駆けていく。まるで人間弾丸だ。この速度でぶつかれば並の物は吹き飛ぶだろう。
『――正面! “ゴブリン”よ!』
「ゴブリン? ――おわぁ!?」
頭の中から警鐘を鳴らされたと思うと、既に俺はナニカにぶつかっていた。
バキリ、ゴチャリ、と布越しに生々しい物が砕け折れる音。俺の体からじゃない。衝突した物体からだ。
……まさか、“この速度でぶつかれば並の物は吹き飛ぶ”だなんて思った直後にぶつかるとは。
『ちょっと! なにゴブリン相手に体当たりしてんのよ!』
「ッ、痛てて……馬車に夢中でもっと近くを見ていなかった……」
ひざ辺りにぬめっとした感触。どうやら走った速度のままゴブリンと呼ばれる生物に衝突したらしい。それによる痛みもやや遅れて――思っていた何倍も弱いが――足に伝わってくる。
膝にはべっとりと血糊が張り付いていた。あと緑色の皮膚のような繊維質も。グロテスクだが、少し遅れてサラサラと血糊も死体も塵になり始める。
(魂石が出てこない……?)
……確か、ジャバウォックとかいう怪物を倒した時には出てきたあのアメジストのようなキラキラした結晶が、今回は出てこない。
見落としたか……? そう考えた直後、少女が口にしていた言葉がふと記憶によみがえる。
――――それに近くには雑魚の気配しかないわ。馬車を襲ったのもきっとジャバウォック以下ね。そいつらを倒したところで戦力にはならないわ。
……雑魚。ジャバウォックとかいう怪物以下。戦力にならない――
これってつまり、この雑魚と称された怪物では魂石は出てこない。という訳だろうか……?
「ッ、考えてる場合じゃない! 数は――四……!」
塵から目を離し、辺りを見回して俺の背丈よりも低い人型のゴブリンを目視して数を数える。横転した馬車を囲むように四匹が点在していた。
「グァァアア――!」
そのうちの一匹が俺の存在を認識するや否や、手にした棍棒片手に俺に跳びかかってくる――!
「ぶ、武器は……!?」
『右ふともものカードホルダー! そのトランプを使いなさい!』
「と、トランプ!?」
こんな時、こんな状況でトランプが何の役に立つってんだよ……!?
「ッ、うわぁぁぁああ――ッ!?」
しかし、指示はしっかり頭に届いている。俺は咄嗟にふとももからトランプを慌てて一枚取り出して、跳びかかってくるゴブリン目掛けて投げつけた。
――《ウェポン・スキル「金の鍵」》
「――ギャッ!?」
目を瞑り、来たる衝撃と痛みに備える――が、来ない。
その代わりに妙な音声? と断末魔のような声が聞こえてきた。
「……? !?」
恐る恐る目を開けると、目の前には何かにぶつかって弾かれた様子のゴブリン。それと、俺の足下には一本の大きな金の鍵が落ちていた。
「……か、鍵?」
『それが私の“武器”。金の鍵――封じている物を問答無用で解錠できる代物よ』
「鍵が武器なのか……!?」
慌てて鍵の柄を握り拾い上げる。重さは……そんなに無い。金メッキか?
リーチは少女の身長の半分ぐらい。棒状の柄の先端に付いたギザギザ――鍵山の部分は剣のような刃が付けられている。
「ギャアア!」
「ギャア!」
「……! く、来る……!」
ゴブリン達の鳴き声で意識が現実に戻る。
俺を敵として認識したのか、馬車を囲んでいた残りの三匹が俺に迫り、それぞれ手にしたガラクタのような武器を振りかざし、殴りかかろうとしてくる。
「ッ、フッ……! み、見えるぞ……体も追いつく……!?」
同時かつバラバラなタイミングで襲いかかってくるゴブリン達の攻撃を、それはいとも容易く弾き返すことができた。
……動きが見える。理解出来る。そしてそれに体が追いついてくれる……! どういう理屈だろうか。まるでとてつもない集中力を軽々しく発揮している感覚だ。
『……フフッ、だから言ったでしょ。私の体ナメんじゃないわよ』
脳内でそんな余裕に満ちた声を聞きながら、俺はゴブリン達の猛攻を弾き、いなし、時には反撃を加える。
その反撃が命中し、ゴブリンが怯んだ隙を逃さず俺は鍵を構えて一点に突きを放つ――!
「ッ、たァ――!」
「ギ――ッ!」
放った突きはゴブリンの頭部に命中すると、爆発するかのように粉砕してゴブリンの肉体を塵に還した。
続いてもう一匹目も武器を弾き飛ばして隙を作り、首を鍵の刃で斬り跳ねる。
「ッ! ギィイイ! ギィイイイ!」
会心撃に乗っていたその時、残る一匹が悲鳴のような声を上げて撤退していくのが視界に入った。
方向は森の奥。何処に逃げる気なのかは分からない――だが、ここで逃がしたら後でどうなるかわからない。だから今、ここで仕留める……!
「逃がすかァ――ッ!」
雄叫びのような声を張り上げて、俺は手にした鍵を大きく縦に振りかぶり、投擲する。
投げた鍵は音速を超え――ソニックブラストを引き起こし――逃げるゴブリンの胴体を確実に捉えて粉砕した。
「ァ、ア――――」
サァァ、という塵の音。
遠くの地面に突き立つ金色の鍵剣。
それ以外にこの場に残ったものは俺だけだった。
『ちょっと、人の武器ぶん投げんじゃないわよ』
「良いだろ別に……倒せたわけだし。それに今は俺の体だし」
……不本意ながらね。
怒られたので投擲した鍵を回収しようと近づくが、途中で四散して消えてしまった。どういう理屈か分からないが、トランプから出てきた武器は使い捨てらしい。
『……で、馬車の人間は?』
「……! そうだった! あの! 大丈夫ですか!?」
頭の中から指摘を頂いて、俺は慌てて横転した馬車へと駆け寄り、戸を開く。
その中には老人二人に若い女性が一人。馬車には人しか乗っていなかったらしく、荷物などに押しつぶされて――なんて大惨事にはなっていなかった。
「ぐ、うう……」
『……フン、どうやら気を失ってるだけで生きてるみたいね』
「生きてるって、全員か?」
『ああん? そりゃ血の臭いがするから怪我はあるみたいだけど、ちゃんとした治療でもすれば間に合うんじゃないの?』
「治療……なら、俺が――」
『ちょっと待った! 人の気配よ……誰か来るわ。隠れるだの逃げるだのしなさい』
「? なんで逃げたり隠れる必要があるんだよ」
『私の容姿でゴブリン狩りなんてしてるのを見られたら厄介事に巻き込まれるのよ! いいから! それに今ならまだ宿に忍び込めるかもしれないでしょ!』
「ッ、わかった! わかったよ……! だからそんなに騒ぐな、脳に響く!」
頭の中でギャーギャーと責め立てられて、俺は素直に従うことにした。
確かに、要救助者も全員意識を失っていて、すぐに人が来るこの状況は隠れたりするのには大変都合が良い。
それに考えてみれば確かに彼女の言う通り、この少女の体で「ゴブリンぶっ殺して人助けしました〜」だなんて言ったら騒ぎになるかもしれない。
俺は頭の中の少女に従って、この場を後にしてもう一度宿への侵入を試みるのだった――
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