012 “語り手”会議3

 洗いっこイベントも終わり、二人揃って湯船に浸かる。

 自分の裸にはいい加減に少しだけ慣れてきた気がする。なのでさっきよりもリラックスして湯船に浸かれている。


「……リヴィアさんって、どうしてあんな鎧なんですか? だから怪我とかしちゃうんじゃないですか?」

「王国正規の騎士でもないと全身鎧なんて無理だよ無理。私みたいなフリーランスの剣士にはあの鎧で十分贅沢よ」

「そうなんですねぇ。てっきり綺麗な体を見せるためかと思ってました」

「綺麗だなんて、カタルちゃんったら……でもまあ、妹に言われたのもあってそう言う面もあるわねぇ」


 ふぅ~、なんてリヴィアさんと息を揃えて吐き出す。

 ただ、やっぱり他人の体を見るのは恥ずかしいので、視線を合わせず向き合わず、横に並ぶようにして他愛ない会話を繰り広げる。


「……ねえ、リヴィアさん」


 そんな他愛ない会話に織り交ぜるように、俺はポツリと気になっていたことを尋ねようと思った。


「どうしてリヴィアさんって戦っているんですか? なんであんな危険な怪物に挑めるんですか……?」


 ちゃぽん、と天井から水滴が湯船に落ちる音が響く。

 暫しの沈黙を経て、もしやこれは聞いてはいけない質問だったと理解し撤回しようとする――その前に、リヴィアさんは「うーん」と考える素振りを見せて、続けて口を開いた。


「私が戦ってるのは守る為、かな。こうして妹や家族の元に仕送りして、家を守ってる。それと、この村の人々が怪物に襲われないように、ね」


 その言葉は濁りがなく、本当に心から思っていることだと素人意見ながらそう感じられた。

 守る為。それは家族も、その過程で身近な存在をも助ける為だとリヴィアさんは口にする。


「……羨ましいです、守ることが出来るだなんて」


 そんな迷いの無い純粋な返答を聞いてしまったから、俺の素が出てしまった。思わず羨ましくなってそんな意味の無い言葉を口にしてしまう。


「ふふっ、カタルちゃんだって大人になれば何かを守ることになると思うよ、きっと」

「…………」


 ……本当は、俺はとっくの昔に大人で。

 本当は、守るどころか迷惑を掛けようとした無責任者で。


「……ぶくぶく」

「あらあら、のぼせちゃうわよカタルちゃん。そろそろ上がりましょうか」


 そんな自分と真逆の存在を見てしまって、やっぱり自身のことが好きになれなくなった。


 ■


「……ほこほこする」


 ちょっとのぼせた体を引きずるように歩ませて馬小屋に戻ってきた。

 少し長風呂だったから、外の風に当てられてもそう簡単に冷えることはなくなっていた。だけど、体がちょっと重い。


「おい、終わったぞ……」

『……ああ、もう終わったの』

「ああ、もう大丈夫だ。出てきてくれ」

『ふーん、助けて貰った女性とお風呂デートだなんて、随分楽しんでたみたいね?』

「楽しんでないが!?」

『……なんでそんな勢い良く否定するのよ』


 こっちはドキマギと興奮と甘酸っぱさと自己嫌悪でどうにかなりそうだったんだぞ。それを楽しんでただなんてよくもまあ簡単に言ってくれる。

 そんな俺をつゆ知らず、呆れ半分な様子で少女は姿を現す。さて、俺にとって情報収集の後半戦幕開けだ。


『それで、どこまで話したっけ?』

「此処が異世界ってこと。あとバトルロワイアルってこと。それ以外は説明不十分だ」

『あれ、そこまでしか話してなかったっけ……』

「取り敢えず、“語り手”ってやつについて教えてくれ。時々話題に出るけど意味が分からない」


 俺の記憶が正しければ、少女はリヴィアさんを見て“語り手”だと誤認していた。その後原住民だとか失礼な言葉を吐いていたのだが、その単語の意味合いは一体――


『“語り手”ね。簡単に言えば物語との契約者。アンタに分かるようもっと簡単に言うならバトルロワイアルへの参加者って感じかな』

「物語と契約ってなんだよ。それと、前にリヴィアさんに目掛けて言った原住民ってなんだ?」

『一度に聞かないでよ……えっとね。前に話したと思うけど、私みたいな物語の住民は生きている人間と契約することでこのバトルロワイアル――異世界争奪戦に参加できるようになるの』


 異世界争奪戦――確か、『最後に残った物語と人間がこの異世界を制することができる』と彼女は言っていたな。

 何故異世界を争奪するのかは分からないが……そこよりも恐らくメインディッシュは“願いを叶えることができる”という点だろう。


「……つまり、君も叶えたい願いがあるってことだよな?」

『そりゃ当然。そういう欲求は誰にだってあるものじゃない。物語の人物も例外なく、ね』

「物語の人物も例外なく……」

『あと、異世界に移転した私達を“語り手”。元々この異世界に住んでいる連中を“原住民”って使い分けているだけだから。原住民に深い意味は無いわ』


 だからリヴィアさんを原住民と呼んだのか。

 いや、だとしても結構失礼な呼び名だと思うが……まあ、分かりやすいとは思う。失礼だけど。


『あと話してないことあったかな……うーん』

「……因みに、戦いを辞める方法は」

『……は?』


 キッ、と同じ姿をした少女に睨みつけられる。凄いな、あんな鋭い眼光を飛ばすことが出来るのかこの体は。


「ああいや、辞退したいって訳じゃ無くて……何て言えば良いのか……ああそうだ、家に帰る方法だよ! 日本に! まさか一生この世界に居るわけじゃ――」

『? そんなことないわよ? 仕切り直すために帰る方法ならあるわ』


 最悪の想定をして尋ねたが、意外にもその最悪は否定された。

 なんと、帰る手段があるというのか……!


『私の場合は小さな穴か、鏡ね』

「小さな穴、鏡……」

『でもこの村、水瓶とか置いてないみたいよ。小さな穴を森の中で見つけるか、雨が降って水たまりが鏡になってくれるのを待つしか――』

「……いや、ある」


 この二つ、と二本指を立てて少女は告げてくれる。

 ……心当たりならある。現状で思いつく帰れそうな手段が、一つだけ。


「風呂場にあった鏡だ……!」

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