007 “語り手”会議1
「はい、到着! ここがエルディア村だよ」
あれから森を歩き続けて空も暗くなった頃。
少し拓けた道らしい場所を歩いて、リヴィアさんがそう告げたかと思うと、目の前には日本基準で言うなら異色の光景が広がっていた。
「……村だ」
例えるなら……ヨーロッパ? の広い草原に西洋風の木造の民家が集まっているような、そんな感じだ。あと動物の糞の匂いが漂ってくる。ちょっと臭い。家畜でもすぐ近くで飼っているのだろうか。
「取り敢えずその魂石を売れば少しの間生活の足しになるかな。あ、売り場所はギルドの~」
『――売らないでね、貴重な戦力よ』
「…………」
リヴィアさんの説明を遮るように突如脳に響く声。
この村へ来るまでの道中は静かだったが、着いた途端喋るようになり始めた。
「~って感じ。大丈夫そうかな?」
『取り敢えず一人になって。そこで色々説明するから』
「わかったよ……えっと、リヴィアさん。この辺りで一人になれそうな場所ってあります? あとコレは大切にしておきたいんですけど……」
「一人になれる場所? 個室かぁ……そうね、馬小屋なんかどう? 藁が敷いてあって、それにタダで寝泊まり出来るんだから、その魂石も使わなくて済むわよ」
「じ、じゃあそれで!」
「はぁい、んじゃあ連れて行ってあげるわね」
またしても俺の手を引いて、リヴィアさんは村を横断するように歩き出す。
しかし、それもほんの少しの移動距離で終わり、立派な建物――の、横にある木造の建築物の前で止まった。
ここが馬小屋。
まあ、想像していたとおりと言うか、人生で一度や二度見たものと変わりないと言うか。でもこんな寒そうなところでフツー寝泊まりするのか……?
「はい、ここが馬小屋。お姉さんも前に利用したことあるけど、この村の馬小屋ならカタルちゃんでも問題なく寝泊まり出来ると思うわ」
「は、はあ……そうですか。に、臭いが……」
「だよねぇ、だから魂石を売って宿に泊まった方が良いと思うんだけど」
「いえ、ここで大丈夫です……はい、ありがとうございました。リヴィアさん」
ペコリとお辞儀をしてリヴィアさんにお礼の言葉を告げる。ここまで道案内も命を助けてくてたこともある。感謝はしてもし足りないのが正直なところだ。
「良いの良いの、そんな小さな体で働くのは大変だろうけど、これからも頑張ってね。何か困ったらお姉さんに声を掛けてね? フリーランスだから決まった仕事じゃ無いけど、夕方までにはこの村に居るから」
「……働く、ですか」
「?」
……ちょっとだけ胸にいやなものが刺さった気分。古傷がヒリヒリする心地。
だけど誰も悪くない。強いて言うなら悪いのは自分だ。だから悟られないように表情だけは平穏なものを保った。
「……はい、ありがとうございました。失礼します」
「うん! またね。カタルちゃん」
パタパタとこの場を後にして、馬小屋の中にへと隠れ込む。
その途中、見えなくなるまで手を振ってくれていたレヴィアさんにもう一度礼をして、今度こそ馬小屋の中に入るのだった。
■
「うう……臭い」
『我慢しなさい。人の気配は……他に無いわね、よし』
少女は頭の中から周りの警戒をしているらしいが、こっちは匂いがキツくてたまったもんじゃない。鼻で呼吸がしたくない……
「それでなんだよ話って……聞きたいことが多すぎて何処から話すべきなのか俺ですら分からないんだけど」
『そうかもね……んじゃあ、今から姿を見せるわ』
「? 姿を見せる?」
『ええ。今みたいな独り言でアレコレ話すよりも、誰かと話している形式の方が話しやすいでしょ?』
そう呟きが聞こえたかと思うと、フワリと少女の姿――俺と寸分違わない現し身が現れる。透き通った金髪に、奇妙ながらのドレス。瞳は相変わらず宝石みたいだ。
「うわっ! で、出た!」
『出た、じゃないわよ。人をそんな幽霊みたいに扱って』
「……人間じゃないんだろ? だったら幽霊と大凡同じじゃないか?」
『何よ。やろうと思えばアンタの胸倉を掴むことぐらいできるわよ』
「あ痛でででで、分かった、分かったからギブ!」
宣言通りに胸元を掴まれてしまったので、潔く降参する。
……なんだ、頭の中に居るとか言っていたから幻覚か何かだと思っていたが、物理干渉できるだなんて滅茶苦茶じゃないか。
『まあ、アンタにしか触れられないんだけどね……それよりも、今度こそ腰を下ろして聞きたいことを一から十まで聞けるチャンスよ? 聞くことは無いの?』
少女からそう尋ねられて、俺は少し考えを張り巡らせる。何から聞くべきかどうか、脳内に浮かんだ質問リストを吟味する。
何から聞くべきか少し考えて、直近に聞いた問いを口にすることにした。
「……じゃあさ、まず君の名前は何?」
リヴィアさんの影響を受けたのもあるだろう。俺は目の前に居る自分の姿の現し身に対してそう尋ねてみる。
『……それはパス。悪いけど名前はまだ駄目よ』
「駄目って……じゃあ何て呼べば良いんだよ?」
『お前とか君とかアンタとか、呼び方は幾らでもあるでしょう?』
「…………」
なんだか距離を置かれている感じがする。
……まあ、そういう軽いジャブが通じないのなら、さっさと本題に入ってしまおう。
「この世界は……なんだ? 少なくとも日本じゃないよな?」
『ええ、ここは“異世界”。名前はまだ無いわ。勝ち残れば命名権ぐらい手に入るでしょうけど』
「勝つ? ……ああそうだった、そもそも俺をこの世界に呼んだ理由を教えてくれよ。なんだよその勝ち残れば~とかって」
まるで戦う為に呼ばれたみたいじゃないか、と少女に意見を唱える。
もしも戦うのが目的だとすれば、それは俺に期待しない方がいいと思う。逃げることもできず怪物に襲われたザマだし。
『そう、勝ち残れば良い。それが至極簡単な結論かな。うん、それが一番分かりやすいわね』
「勝つって、誰にだよ」
『そりゃ、貴方と同じ“語り手”にね』
時々出てくる固有名詞を覚えているが、それを俺はまるで分かっていない。
「そうね……そいつらを全員リタイアさせれば良い。言うなれば、これはこの世界を賭けたバトルロワイアル、ってところかしら」
拳をパチン、と叩きつけて目の前の少女は血の気盛んにそう答えるのだった。
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