006 自己紹介を交わして
手渡された紙を受け取りながら、俺はキョトンとする。
リヴィアさん……だっけか? 俺の視線に合わせて中腰になってくれているその人のことを、とりあえず観察することにした。
長い金髪――俺よりも色が濃い気がする――にピョコンと横に伸びた不思議な耳。中腰になっても長いと感じる脚。まさしく男が想像する理想的な大人の女性だった。
……あと、デカいな、胸が。姿勢のせいで強調されて目に映る。
「……あ。耳、気になる? 私はエルフ族だから耳が長いの」
幸いなことに胸への視線は気がつかれなかったのか、リヴィアさんは横髪を掻き分けて、ピアスを付けた耳を見せてリヴィアさんはまた優しく自己紹介をしてくれた。
『なんだ、“語り手”じゃないわね……原住民か』
「げ、原住民……?」
「原住民って……結構辛辣なこと言うわね、お嬢さん……」
あ、しまった。
オウム返しで口にした言葉が失礼な意味合いに受け取られたらしい。
よくもそんなことを口にさせたな、と責任転嫁で少女が居るであろう頭を、ガンガンと殴ってみたりする。意味があるかは分からないけど。
「ご、ごめんなさい。リヴィアさん。今のは聞き流して」
「……うん! お姉さん忘れるよ~。だからそんな申し訳なさそうな顔しないで、ね? 頭も叩かないの、ね?」
体が少女の姿であるお陰か、リヴィアさんは優しく俺の頬に手を添えて小さな子へお願いするように語りかけた。
これがあの怪物を殺した腕だ、と感じて少しビビってしまうけど、それ以上に優しさと温かみを感じて少しずつ安心を覚えだす。何も分からない世界で味方がいることへの安堵感が増していく。
「お嬢さん、何処から来たの? おうちは何処?」
「え、えっと……」
俺自身にも分かりません。
……流石にそう答えるのは身元が怪しいと判断して、頭をフル稼働させる。
「ど、どこから来たんだっけ……えーっと」
フル稼働させた結果、自分で考えるのは諦めた。
ボロが出るよりも、あの少女に任せた方が良い案を出してくれると思えた。
……だから頼む! 何か都合の良い身元とか出してくれ! 頼む!
『…………』
なぁんで無言なんですかぁ!?
「えっと……もしかして、迷い人、かな」
「ま、迷い人……?」
「お嬢さんみたいに自分がどこから来たか分からない人のことをそう言うんだよ。それとも、自分の居場所がわかるかな?」
「…………」
わからない、というより答えを持ち合わせていない。
だけどリヴィアさんの言う迷い人という説明はこちらにとって都合が良い。なので頷いて肯定してみることにした。
「……そっか。じゃあ、お姉さんについてきて。ここは危ないから」
「あ……はい」
大人な女性に手を握られて思わず顔が熱くなる。
体は女の子になっているが、心は立派な男だ。男がこんな魅力的な女性に手を握られれば誰だってイチコロなもんである。
「? どうしたの? 顔、真っ赤だけど」
「い、いえ! な、なにも!?」
クソッ、体が少女だから相手が無警戒すぎて困る……!
俺は慌てて視線を逸らしながら、自身の体が女の子になっていることを恨むのだった。クソッ、どんな顔すれば良いか分からない……
「……あ、そうだそうだ。ちょっと立ち寄らせてね」
「?」
リヴィアさんはふと何も無い場所に近づくと、何かを拾い上げる。
……いや、そこは何も無い場所なんかじゃない。さっき塵となって消えた怪物の死体があったはずの場所だ。その中心部にある、何か光る欠片のようなものを摘まみ上げていた。
「…………」
……ピカピカと光るソレは、まるでアメジストのようで綺麗だった。紫色に透き通っていて、ひし形をした水晶のように思える。
直感的に何か貴重な物のように感じられて、思わず気になって覗き込む……と、
「もしかして
その視線に気がついたらしく、リヴィアさんは俺に声をかけてその石――魂石と呼ぶらしい――をなんと渡してくれた。
……やっぱり、綺麗だ。ラメでも入っているみたいに動かすと小さな光がピカピカと反射する。それになんだか、引き込まれるような“何か”を感じて仕方ない。なんだろうか、これが宝石の魔力とやらだろうか……?
「んじゃあ、コレはあげちゃう。私からのプレゼント」
「え……良いんですか?」
俺が魂石をマジマジと見ている様子を気に入ったのだと受け取られたのか。
見るからに貴重そうな代物なのに、リヴィアさんはさも簡単にあげるだなんて口にするもんだがら、思わずそう聞き返してしまう。
「良いの良いの。ただし、その代わりに……」
ゴクリ、と固唾を呑む。
やっぱり何か対価があるのかと当然のことだと思う一方で、対価なんて持ち合わせてないから今すぐ返そうかなんて考えていると、
「お嬢さんのお名前を聞かせて欲しいかな、なんてね」
「…………」
似たようにシチュエーションで、男の体で言われたら心臓が狂いそうな台詞を言ってくれた。
……いや、女の体でも動悸がする。ヤバイ。惚れそうってか少し惚れてる。
「俺――いや、違う、えっと――」
対価として名を聞かれたので、慌てて答えようとして――この体で「俺」と名乗るのは良くないんじゃなかろうか、なんて考えが咄嗟によぎったりして――ひと呼吸ついて、俺は慎重に、誠実に名乗ることにした。
「……カタル、です」
「カタルちゃん、ね。ふふ、少しの間よろしくね」
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