005 救世主

 今、何が起こったのか。

 目の前に迫っていた筈の怪物は、何かに押し飛ばされたかのように後退し、胴体が深く傷ついていた。


「……!? !?」


 目の前の状況が理解出来ない。

 今何が起こったのだろうか。それを尋ねる言葉も思い浮かばないし、答える声も無い。ただ分かったことは、自分の余命が幾らか伸びたことだけだ。


「――ほ、っと」


 そんな中、俺の目の前に一人の人影が軽い音を立てて洞窟の上から飛び降りてくるのが見えた。

 この少女の体に負けず劣らずの長い金髪。だが今の俺の体よりも大人びた体付き、それを際立たせているビキニアーマー。今まで見たことの無い美貌に、俺は思わず目を奪われた。


「……? そこ、誰か居るの?」

「え、あ……はい」


 岩の影から思わず答える。

 すると長い髪をした人影――いや、女性は振り返って俺を見るなり、片手に握っていた剣を構え直して、


「こんな山奥に迷い込む人が居るなんて……でもまあ、見てなさいお嬢さん! 私がサクッと狩り倒してやるから……ッ!」


 俺の姿を見るに、女性は笑みを浮かべてたと思うと、強気な声と共に、女性は前に躍り出た――!


「ッ!? あ、危な……!」


 思わず制止の声を飛ばす――が、あまりにも遅い。

 ……遅いというのは俺の声が間に合わず、女性が大怪我を負ったという訳ではない。俺の声よりも速く、名も知らぬ女性は怪物に斬りかかっていたのだ。


「……えっ」


 手にした剣――金属の塊を、まるで羽ペンのように軽々と振り払い、怪物の飛翼を断ち切った姿を見て、俺はポカンとしていた。

 惚れ惚れとするような二閃。

 女性の放った剣戟は迷いなく怪物の翼を狙い、傷つけて見せた。


「――っと、これで翼持ちの逃げ足は奪ったから……んっと」


 怪物は翼が斬られ、羽ばたこうにも上手く体を動かす事が出来ず、風を起こすだけで終わっている。

 ヒュン、と剣を振って薄く付いた血を振り払い、剣を肩のアーマーに乗せると、女性は空いている手で怪物を指さす。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。小さく呟くように何かを指すと、女性はニヤリと血の気の強い笑みを浮かべた。


「トドメよ、モンスター。悪いけど格好つけたいから勘弁してね……!」


 指さしていた指をパチン、と鳴らして女性はそんな格好つけた台詞を吐いた。

 そうはさせるか、と答えるように飛んでくる怪物の尻尾。それと顔に垂れていたヒレの筋を伸ばし上下左右から襲ってくる触手のようなもの。

 どれも女性を狙った攻撃。それも、同時に繰り出される多段攻撃。

 これでは盾でも無ければ防御できない。この攻撃をあの女性は避けるしかない――


「――フッ!」


 ……避けるしかないだろうその攻撃を、女性は一振りの剣戟で全て防いだ。

 尻尾はいなして、触手は切り裂いて分断する。それをたった一撃――それも、瞬きほどの一瞬で繰り出すのは目を疑った。


『まさか……語り手リレイター!?』

「……語り手?」

『私達と同類ってことよ』

「同類……」


 頭の中の声を思わずオウム返しする。

 返事は返ってきたけど、そんなことよりも俺は目の前の鮮やかな戦闘に目を奪われていた。お互いの一方通行な呟きが、互いの耳を通り過ぎる。


「いくわよ――《アタック・スキル「スリーパニッシュ」》……!」


 一方、今の防衛で怪物に大きな隙が生じた。それを女性はやはり逃さない。

 またしても奇妙な掛け声と共に、女性は剣を構え前に出て反撃を繰り出す――!


「――ひとつ! ふたつ! ッ――!」


 一撃、縦に振りかざした太刀筋で尻尾を斬り飛ばす。

 二撃、そのまま横に剣を振り払い、怪物の首を切断して大きく振りかぶる。


「――みっつめ、オラァアアッ!」


 大きく振りかぶった剣に身を任せ、クルリと一回転して剣を握り、鋭い突きを――三撃目を放った。

 ザクリ、と。三撃目は怪物の胸元――心臓と思われる部位に直撃し、血がポンプのように小刻みに噴き出す。そうして間もなく、四本足の怪物は支えを失ったかのように倒れた。


「……ふぅ」


 チリチリと小さな音を立てて塵になって消えていく怪物と、それを眺める女性。

 目の前で突然起きた怪物と女性の交戦は、俺が口を挟む暇も無くあっという間に終わっていた。


「さて、大丈夫だった? そこのお嬢さん?」


 キン、と剣を腰の鞘に収めた女性は振り返ると、こちらに向けて優しく声をかけてくれた。

 俺も目の前の戦闘が終わったと悟ると、岩陰から姿を現してパタパタと慣れない足で女性の元へ歩み寄る。

 ……正直何が起こったか分からないが、自分はまたしても助けられたことだけは察する事が出来た。なのであの女性は味方だと本能で理解する。


「あら、ずいぶんと可愛らしい子じゃない。どうしてこんな森の奥地に迷い込んじゃったの?」

「あ、えっと……」

「ああ、ごめんなさいね。急に尋ねられたらビックリしちゃうか。ええっと、自己紹介自己紹介……」


 女性は懐から一枚の紙――名刺ぐらいのサイズだ――を取り出したかと思うと、それを俺に握らせて、


「私はハンターズギルドのフリーランス、リヴィアよ。よろしくね、お嬢さん」


 先程も見せたような優しい笑みを浮かべて、女性――リヴィアさんは名乗るのだった。

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