第5話 龍の国
当たり前のように妖魔が現れるこの国――龍の国。この国の伝承には、異世界からやってきた少女が救世主として妖魔から国を守るとされている。
* 2 *
「……り……璃ぅ……璃羽。そろそろ起きろ」
「……ん」
いつなの声で、璃羽は目を覚ました。
ぼんやりとした目に光が差し、開いた窓から爽やかな風が舞い込む。
朝、だった。
璃羽は見知らぬ広い部屋の寝台に寝かされていて、すぐ側でいつなが彼女の顔を覗いている。
「どうやら大丈夫そうだな、璃羽」
「……変な生き物」
「寝ぼけてんのか?」
「でも、温かそうだな」
「は? ……えっ⁉︎ おいっ!」
ぼーっとした様子のまま、璃羽はいつなの体をギュッと抱きしめた。
ロボットでも見た目も感触も小動物そのままで、ふわふわでモコモコとした肌触りに璃羽はにんまりと笑みをこぼす。
しかし、いつなの方は気が気ではない。
動揺しているのがはっきりと分かるくらいに慌てて、ジタバタし出した。
「りっ璃羽、離せ! お前、寝ぼけすぎだっ!」
「うーん……うるさ、いなぁ……私、何かを抱いて、ないと……眠れな、い……」
「寝るな、起きろ! こっちは感覚全部シンクロさせてんだっ。分かってんのか、璃羽!」
ロボットでありながら、顔を真っ赤にさせて暴れるいつな。
しかし小さな機体が、更にしっかりと彼女の胸に押しつけられると、ショートしたようにプシューと蒸気を上げて動かなくなった。
彼女の柔らかいものが、はっきりと彼に伝わる。
「うーん……お休み、いつな……」
「う……っ」
「ん? ……いつな? いつなって、これが、いつな……?」
だんだん頭が冴えてきたのか、璃羽の目が大きく開き、胸元で赤面し硬直しているいつなが映った。
璃羽の顔もりんごのように真っ赤に染まる。
「あ……ごめん……」
ぎこちなく手放した後、お互い背を向けて黙り込むとその時、コンコンと遠慮がちに扉を叩く音が響き、僅かに開いた向こうから女性の声が聞こえた。
「お目覚めでしょうか璃羽様、いつな様。長がお待ちでございます」
「え? 長って……?」
*
侍女らしき女性の案内で、璃羽といつなは長い濡れ縁を歩く。
幾つもの襖の部屋を通り過ぎながら、外の緑の生い茂る美しい庭園に目を向ける。
よく手入れされているし、何より広い。
すぐにここは、格式高い家柄の屋敷であることが分かった。
「いつな。ここは、どこなんだ? あれから一体どうなったんだ?」
今の状況を理解していない璃羽は、コソッといつなに呟くと、彼が小さな体で璃羽の肩に飛び乗り、耳元で話し出す。
「お前、煙を吸いすぎて気を失ったんだよ。でもその後ですぐに救援が来て、全員救出された。重傷者も中にはいたが、奇跡的に死者は出なかったようだ。もちろんあの男の子も無事だ」
「そうか、良かった。で、私たちは何でここに?」
「不審者扱いされて、尋問中」
「えぇっ⁉︎」
「心配ない、幾つか質問されただけだ。別に酷い扱いをされた訳じゃねぇし、寧ろこんな良い寝所を提供して貰えた。妖魔は出るが、ここの治安はそれ程悪くはねぇのかもな」
「……そう、なのか?」
「……」
決して都合の悪い話をしている訳ではないのに、璃羽もいつなも互いに浮かない顔を見せ合う。
「いつな。救助された人たちもここに?」
「いや、俺たちだけだ。ここはさっき言ってた長の屋敷、他の奴らは別の所でちゃんと治療を受けているが……やっぱりお前も引っかかるか?」
「そりゃあ、不審に思われてるのに待遇が良いのはどうも、な」
何か裏があるとしか思えない。
二人ともがそう考えて訝しんでいると、前を歩いていた女性がある扉の前で立ち止まり、それに向かって声をかけた。
「長、璃羽様といつな様をお連れ致しました」
どうやら目的の場所に着いたようだ。
油断するなよ、と囁くいつなに、璃羽は小さく頷く。
「入れ」
扉の向こう側からたった一言、声が聞こえて女性がすぅーと扉を開くと、中から一人の男性が姿を現し、璃羽たちと目を合わした。
「無事、目覚めたようだな。大事ないようで良かったな、いつなよ」
「……あなたが、長?」
璃羽は少し戸惑いながら、そっと訊ねた。
長というからには、ある程度年配の人物だと思っていたが、思いのほか璃羽たちとそう変わりない年頃の気の強そうな男性だった。
彼はニッと笑う。
「左様。私がこの国を統べる者、名を翠という。――ようこそ、我が龍の国へ」
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