第4話 助ける

 *


 「……妖魔が現れたか」


 少し離れた木上から、暴れ回る巨大ムカデを発見し、男が呟いた。

 漆黒の闇夜の中で、一際輝く銀色の長髪を後頭部に高く束ね、それをふわりと風に靡かせながら、男は木から飛び降り、腰の刀に手を添える。


 「町中で暴れるとは……急がねば」


 *


 その頃、妖魔の出現により大混乱と化した町中で、璃羽といつなは逃げ遅れた人たちを助けようと、自ら危険の中へと走っていた。

 その合間で、璃羽は手頃な草刈り鎌を見つけて拾い上げ、いつなは彼女の肩に飛び乗り、周囲にドーム状の膜をはる。


 「火耐性シールド、展開」


 水泡のようなものがブクブクと音を立てて膜と一体化し、いつなを中心として二人を囲む。

 それを視認するなり、璃羽は炎の中へと飛び込んだ。しかし。


 「……っ、これは……!」


 意気込んで入ったものの、その先は見るに耐えない悲惨なものに成り果てていた。

 ある者は崩れた建物の下敷きになり、ある者は全身に火を被り……。

 更には多量の煙にまかれ、ほとんどの者たちが中毒を起こしかけていて、そこへ追い打ちをかけるように妖魔がやってきていた。

 それでもゴホゴホと咳き込みながら、必死に助けを求める声が所々から聞こえる。


 助けなければ……!


 「こっちだ! 早くっ!」


 璃羽は声を張り上げると、シールドで外への道をつくり誘導する。

 人々は不思議な膜の出現に驚くものの、躊躇っている場合ではないと、動ける者はすぐに動いたが、その時。


 ――があぁぁぁっ!


 すぐ側まで妖魔が差し迫っていて、璃羽は思わず草刈り鎌を構えた。


 「璃羽、俺から離れるな! シールドから出ると、煙を吸うぞっ」

 「だが、あのムカデを何とかしないと、自力で動けない人たちを助けられない」

 「璃羽……っ」

 「煙を吸わなきゃいいんだろ? 任せろ」


 心配するいつなに向かって璃羽は小さく笑うと、

大きく深呼吸をして勢いよく一人飛び出していった。

 彼女の身体能力の高さは、いつなも分かっている。

 だが、実際に化け物相手に戦った経験などない。

 心配するのは当然のことだった。

 しかし――


 璃羽はその軽やかな動きで妖魔の攻撃を躱すと、躊躇なくその大きな体に刃を刺した。

 その姿は勇ましく、恐怖に慄く少女などどこにもいない。


 「……あぁ、そうだったな……」


 ――確かに、妖魔相手に戦ったことはないが……


 いつなは、まるで戦士のように戦う璃羽をどこか悲しげに見ながら呟いた。


 「っ、かたい」


 一方璃羽は、妖魔の体に草刈り鎌を突き立てるが歯が立たず、キンッと弾き返される。

 しかし、近くで疼くまる小さな男の子を見つけると、側に着地し、その子を抱えていつなのシールドへ戻った。


 「いつな、この子を」

 「腕に出血があるな。でも問題ない、何とか処置できる」


 どうやら飛んできた木の枝が刺さったようだが、傷は浅かった。しかし煙を吸いすぎたせいで、意識が朦朧としている。

 早くきちんと治療できる所へ連れていかなければならない。


 「いつな。こんな鎌じゃ、あのムカデに対抗できない。どうにかできないか?」

 「刃の強度を上げることはできるが、そう長くはたねぇ。すぐに粉々に砕けるぞ」

 「頼む」

 「もって5分だぞ?」

 「どのみち掛けられる時間は、そう長くない」


 璃羽は迷うことなく鎌を差し出すと、いつなが諦めたようにため息をついて、小さな手を刃に触れさせた。

 その瞬間、刃に電流が走り、一帯が一瞬光る。

 何だか鎌が重くなった気さえする。


 「無茶はするなよ。あくまで救出することが目的なんだからな」

 「あぁ」


 いつなの助言を胸に、璃羽は走り出した。


 ――があぁぁっ!


 相変わらず雄叫びをあげる妖魔を前に、璃羽は草刈り鎌を構えると、そのまま突進していく。


 「大丈夫、動きはそれほど速くないんだ。隙をつけば何とかできる筈」


 彼女に気づいた妖魔が口から火を吹き、璃羽はそれを躱すと、思い切り鎌の刃を体に突き刺した。

 強化された刃は、今度はしっかりと傷をつけ、妖魔に悲鳴を上げさせる。


 ――ぎゃあぁぁっ!


 しかし、ダメージは与えられたようだが動きは止まらず、妖魔は璃羽を火炙りにしようと大きく口を開いた。

 やはり弱点を狙わなければ。

 そう思って璃羽は再び構えるが、その時。


 「うっ……!」


 急に眩暈を感じて、膝をついた。

 どうやら思っていたよりも煙を吸ってしまっていたようだ。

 軽く咳き込む。


 「璃羽っ」

 「……大丈夫だ」


 もう少し、もう少しなのだ。

 璃羽は意地でも鎌を握り直すと、妖魔の頭部を目掛けて力強く地面を蹴った。

 素速さには自信がある彼女だ、とんでくる炎を掻い潜ると必死に触角に食らいつく。


 「今だ、斬れ!」


 いつなの叫び声と共に璃羽の腕が刃を振るうと、ザァンという音が響き、触角が斬り落とされた。


 ――ひぎゃあぁぁぁあっ!!


 これまでにない程の妖魔の痛々しい悲鳴が辺りに振動を与え、体の上部からズドンと倒れる。


 「……やった、か……」

 「璃羽、今のうちに周りの救助を」


 いつなが声を張り上げたその時、


 ――がああぁ……ゆるさ、ない……っ


 妖魔の口から小さく言葉がもれ、璃羽はハッとした。

 

 「妖魔は、しゃべれるのか……?」


 璃羽の手から思わずスルリと草刈り鎌が滑り落ちて、その刃が砕け散る。

 それと同時にムカデの体も灰と化して、跡形もなく消え去ると、茫然と立ち尽くす璃羽のもとへいつながやってきた。


 「璃羽、大丈夫か? 早く救助に」

 「あっあぁ……今、すぐ……に……」

 「璃羽?」


 いつなの言葉に反応するものの、彼女の体がふらつき、次の瞬間自力で立てなくなったのか後ろへと体勢を崩し始める。


 「璃羽っ!」


 側にいる筈のいつなの声がだんだん遠のいていくようだ。

 完全に煙にやられてしまったのか璃羽の意識が混濁すると、しかし――そんな中で大きな突風がひと吹きするのを、彼女は感じた。


 ――なんだ? 不思議な、風……?


 「……驚いた。こんな少女が、妖魔を倒したというのか?」


 璃羽の背を支えるようにして突然一人の男が現れ、耳元で呟いていた。

 長い銀髪の長身の男性。


 「もしや、この者が――」


 その男がこの後何を言ったのか、璃羽は聞くことができないまま、気を失った。

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