第3話 変わらない強さ
璃羽は縋りたい衝動を抑えながら、そっといつなに訊ねた。
別次元にいるであろう彼と、こんなにも自然に会話が成立しているのならば、もしかしたら元の世界へ帰ることはさほど難しいことではないのかもしれない。
そう淡い期待を胸に抱きながら、彼女は耳を傾けた。
しかし。
「悪いが、現段階でお前が戻って来られる方法は……ない。絶望的、と思ってくれていい」
いつなの台詞が、璃羽の願いを容易く打ち砕いた。
パラパラと音を立てて希望の欠片が散っていく。
けれど彼女は、心の悲痛に耐えながらも小さく笑った。
「……っ、そうか。……やっぱり、そうだよな」
「璃羽……」
「大丈夫だ。それより、お前と話せて良かった。そっちは無事なんだな?」
「……あぁ。お前の親父さんには殴られたがな」
いつなは、璃羽の笑みに痛々しさを感じながらも、いつも通り平静に応えた。
彼女が必死に耐えているというのに、こちらが沈む訳にはいかない。
璃羽の不安を少しでも和らげる為にも、変わる訳にはいかないのだ。
だがそんないつなの言葉に、璃羽は少し慌てた声を出す。
「父さんもいるのか? お前、本当に大丈夫か?」
「問題ない。通信手段の都合上、俺としか会話できないが、こっちのことは知らせてやれるし何とでもなる。それよりもお前のことだ、さっきヤバいものが見えたぞ?」
「あ、あぁ……」
璃羽は、巨大ムカデが去って行った方を見た。
ここは昔の日本に似ているが、言葉は違うし、あんな化け物まで存在している。
そんな世界でたった一人、これからどうしたらいいのだろう。
「とにかく通信できて良かった。コレにはいくつか必要な機能を搭載したから、とりあえず言葉はそれで何とかなるだろう」
「え、そうなのか?」
璃羽の状況説明を聞くや否や、いつなの左肩がシュッと開いて、中からシルバーのイヤーカフが一つ出てきた。
「耳につけろ。それでしばらく言葉を聞いていれば、自然と翻訳されて理解できるようになる」
「へぇ……凄い」
璃羽はいつなに言われるまま右耳につけると、起動したのかピコンと機械音が聞こえた。
すると次の瞬間、イヤーカフから電流のようなものが頭の中を物凄い速さで駆け巡って、それが最終的に喉の所で集まる感覚を覚えた。
「えっ、何だこれ……⁉︎」
「言葉が理解できても、喋れないと意味ねぇだろ。それをつけている限り、お前の言葉も翻訳されて相手に伝わる」
「お前、本当に天才だったんだな。……売ったらどうだ?」
「考えなしに発言するお前は、やっぱり馬鹿だな」
普段のような何気ない掛け合いをして落ち着いてきたのか、璃羽の表情が少しずつ柔らかくなっていった。
言葉の問題が解決したのも大きいだろう。
しかし根本的な問題は何も解決できていない、これからいったいどうすれば……そう考えていると。
――があぁぁぁっ!
聞き覚えのある嫌な叫び声が、空気中を伝い大きく響き渡り、璃羽たちはそちらを見上げた。
さっき現れた巨大ムカデが戻ってくる。
「璃羽」
「分かってる。安全な場所へ逃げなきゃ」
璃羽はいつなを抱きかかえて立ち上がると、巨大ムカデから離れるようにして走り出した。
逃げ惑う人々に紛れても皆それどころでないのか、風変わりな璃羽を気にもとめない。
だがあまりの人集りになかなか前へ進めないでいると。
――ドォーンっ!
大きな爆風が吹き、人々と共に璃羽たちも飛ばされそうになり、そこへ巨大ムカデが現れた。
口から火を吐き、近くの建物を燃やしていく。
「うわぁっ、妖魔だ!」
「きゃああっ!」
「妖魔が現れたぞ、逃げろぉっ!」
人々の言葉が徐々に理解できるようになって、璃羽の耳に届く。
妖魔――あの巨大ムカデのことらしい。
「たっ、助けてぇっ!」
「えっ」
そんな時、放たれた火が回り、一部で逃げ遅れた人たちが閉じ込められてしまっていることに璃羽は気づいた。
それを狙ってか、妖魔のムカデが中へと入っていく。
「いつな、逃げ遅れた人たちがっ!」
「駄目だ、璃羽。近づくなっ」
「でも!」
勢いよく炎が燃え上がり、もはや助けにいける状況ではなかった。
中に入れたとしても妖魔がいて、救い出すことはもうできない。
もう、救い出すことは――
「いつな、手を貸せ!」
「……!」
璃羽は大きく叫ぶと、いつなに力強く手を差し出した。
彼女の双眸はまっすぐ炎の中を見ていて、一声合図を出そうものならすぐにでも飛び出しそうだ。
本気で助けようとしている、そんな璃羽にいつなはハッとしながらも、やれやれと息を吐いた。
――こんな状況でも、こいつは変わらないんだな
「ったく。少しの間だが、火への耐性をつけてやることはできる。妖魔の方は、とにかく頭を狙え。ムカデは通常熱に弱いが、火を吐く時点で有効とは言えない。幸い、こいつは動きが鈍い。普通のムカデ以上に目が退化している可能性が高いだろう。触覚あたり弱点かもな」
「分かった」
いつなの助言を聞くや否や、璃羽は炎の中へ走り出した。
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