第92話 席替え

「よーし、席つけー」


 先生のその一言で生徒たちは出席番号順で席に着いた。

 俺たちも例外ではない。三村や蒼汰と離れて自分の席に着いた。


「じゃあ、今日はさっそく席替えするぞー」


 その担任の言葉により教室は歓喜の声だった。みんなが、喜んでいた。そんなに出席番号順が嫌なのか? いや、席替えというイベントがみんな好きなのだ。


 そして、もし自分が好きな人や気になっている人となれたらなんて甘酸っぱい妄想を頭の中でしているんだろうなと考えていた。もちろん俺だって考えてる。


 しかし、今の席も黒田と白河で意外と近いのだが……。

 そんなこんなで、席替えのくじ引きが始まった。


 席替えと言えばくじびきが王道であろう。


「じゃあ、次ー」


 俺の番に回ってくる。小さな箱の中からゴソゴソと四つ折りになっている紙をとり、それを開く。


 俺の席は、窓側の一番後ろから一つ前だった。


「よっしゃ、かなり当たり」


 と小さく声を出し、三村と蒼汰の方をニヤリと見る。


「よかったの?」


 綾乃が、席に戻るときにニコニコと笑いながら聞いてきた。


「あぁ、当たりだ」

「え~、ずるー」

「運も実力」


 俺がそう言うと、綾乃は小さい手で握りこぶしを作り、フンスッと意気込んでいる。


「あ、綾乃さん……?」

「私も当たりを当てれるように頑張る」

「いや、運なので、頑張るとか頑張らないとかそういうのじゃ……」

「運も実力でしょ?」

「いや、そう言ったけど……そういう意味じゃないというか」


 綾乃は大きく息を吸い、教卓へ向かった。

 箱の前で、両手を握り念を送っていた。まわりは「かわいい」「抱きしめたい」などと綾乃の可愛さを再認識するような言葉が駄々洩れだった。


 言われてる当の本人はあたりを当てようと必死で気づいてないと思うし、普段からあまり気にしていない。


「これだっ!」


 そう言って、引いたあとに。なぜかプルプルと震えて、自分の席に戻るときにはうっすらと瞳には涙の膜が張ってあった。


「ど、どうだったんだ?」


 たぶん反応的にはハズレなのだろう。しかし俺は恐る恐る綾乃に聞いた。


「窓側の一番前の席だった……」

「あー……それはハズレだな」

「でしょー?」

「居眠りバレるもんな」


 俺は綾乃にうんうんと頷きながら言うと、呆れた表情で見てきた。


「私は雄星君と離れたことがハズレだと思ったんだけど、雄星君は違うんだ、そっかそっかー」

「いやっ、ちがっ――――」


 俺の声は先生の「席を移動しろー」という声にかき消された。


 席替えを完了した後に俺は窓の外を眺めていた。はぁーとため息を吐くと、背中をつんつんと突かれる。


「なんだ?」

「ばぁっ!」


 先ほどまでうしろは違う女子が座っていたのに……なんで綾乃がうしろに……もしかして幻覚か?


「驚いたっ?」とニコニコと笑顔で言ってくる綾乃に対して俺は「おう」としか返せなかった。

 内心すごく驚いてたし嬉しかったからだ。


「おい、席ここじゃないだろ」

「さっきまで?」

「うん、目が悪いってこと交換してって頼まれてねー、先生に言ったらOKだって」

「そ、そっか……」


 ヤバい、自然と頬が緩んでしまいにやけてしまう。


「あれあれ~、嬉しいのかなー?」

「――――ッ! あ、当たり前だろ?」

「えへへ、私も!」


 満面の笑みを俺に見せてきた。まわりの数名はその笑顔の破壊力にやられていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る