第88話

「やっと買えるね~」


 お参りが済んだあとあと綾乃がそう言ってふぅっと一息ついている。確かにいろんなことがあった。というより、綾乃ではなく俺の方が気持ち的に疲れた気がするのだが……


「おみくじ、今年は何が出るかな~?」

「まぁ、大凶から大吉までが出るだろうな」

「そうだけど、もうちょっと夢ないの?」

「夢というと?」


 俺がそう言ってきくと、綾乃はコホンッと小さく咳払いをした。


「今年は絶対大吉が当たる!とか?」

「それは夢というか予想だろ」

「と、とにかくっ!何が出ても同じじゃないからね?」

「え……?」

「まさか……今まで同じだと思ってたの?」

「………うん」


 綾乃は驚いた顔で、俺の方をジッと見つめていた。驚いていると思ったら今度は呆れるような様子で、はあっーとため息をついた。


「おみくじは効果あるから!!」

「はいはい、わかったよ」

「絶対にわかってないでしょ~」


 俺が適当な返事をすると、綾乃は頬を膨らませながらこちらをにらんでくる。気づかないふりをしているが、そんな可愛い彼女がチラチラと横目に見えるので、どうしても視線がそっちに吸い込まれてしまう。


「じゃあ、さっさと買うか」

「も~っ!」


 綾乃は不満そうだったが、俺は財布から300円出して、おみくじを三つ買う。


「え…お金は出すよ?!」

「いいから……遅いと俺が三つ勝手に選んじゃうぞ」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えます」

「はい。どうぞ」


 そう言って、俺はすぐに自分のおみくじを開いたが、綾乃はまだ開かずに、両手でギュッと握りしめている。


「何してんだ」

「パワーを送ってるの!」


 送っても結果は変わらないだろとツッコミたくはなったが、俺はグッとこらえた、こんなにも必死におみくじにパワーを送ってる人間を初めてみた。

 なんというか、自分のエサをしっかりと握っている小動物みたいですごくかわいい。


 俺はというと………大凶。まぁ、別におみくじなんて全部一緒だから変わらないと思っているが、さすがに大凶は何かが起こるんじゃないかと思ってしまう。


「見ます!!」


 そう言って綾乃はおみくじをやっと開いた。すると綾乃はにまにましながら俺の方を見てきた。

 そしておみくじを見せながら笑顔で


「大吉!」


 と言ってきた。綾乃の周りからぽわぽわとした空気が漂っているように見える。


「雄星君は?」


 俺も綾乃と同じくにまにました表情でおみくじを見せながら


「大凶」


 というと、綾乃が珍しそうに、俺のおみくじの大凶を見ている。


「大凶なんて初めて見た!!」

「そ、そうなのか?でも、大吉の方がいいだろ」

「いやいや、ある意味大凶の方がレアかも、雄星君運いいね」

「大凶出した人の前で一番言っちゃいけない言葉だと思うぞ?それ」


 それを聞いた綾乃は慌てて頭を深く下げて謝ってきた。


「そういうつもりはなかったの……」

「いや、そこまでする必要はないけど……ってあれ、夏乃?どうした?」

「さっきからお姉ちゃんと黒田だけでしゃべってる………」


 頬を膨らませながら夏乃は下を向いている。仲間に入れなかったのが嫌だったのかそれともお姉ちゃんをとられたと思ったのか、それともその両方だろうか。


「な、夏乃はおみくじどーだったんだ?」


 俺が機嫌を確かめるように夏乃に聞くと、夏乃はもじもじしながらおみくじを見せてきた。


「お前も大吉か……」

「夏乃もなの?すごい偶然だよね!」

「えへへ、……すごいでしょ」

「あぁ、すごいよ」


 二人して大吉とは本当にこの姉妹は仲がいい。仲がいいでは納得できない部分もあるが、きっと神様も二人の可愛さに大吉をあげたくなったんだろう。


「さっ、帰るぞ」


 母さんたちが待ってるというと、俺の手を綾乃がつかんでくる。


「大凶なんだから、気を付けてよ~?」

「だから言ったろ?別におみくじは関係ないって」


 そう言って歩き出した一歩目足をくじいて体制が前のめりになってしまった。俺は地面に倒れる、そう覚悟して受け身をとろうとしたとき、………止まった。

 俺は綾乃が支えてくれていたので、地面に倒れずに済んだ。


「あ、あの……ありがとうございます」

「気を付けてって言ったよね……?」

「はい。ごめんなさい」


 これも大凶のせいなのだろうか………。自分の注意不足というのは分かっている。しかし、さっきから言われていると本当におみくじの運勢が関係しているのではないかと考えてしまう。


「俺は綾乃たちに会うために運を使ったからなぁ……たしかに悪いことが起こっても不思議ではないよな」

「そんなの私もだよ?」


 綾乃のその言葉は単純にうれしかった。今さっき叱られたばかりだというのに、もうこんなにも好きという気持ちがハッキリしている。


「綾乃」


 俺は綾乃が振り向いた瞬間、綺麗で赤い唇を奪った。綾乃は驚いた表情をしていたが、気持ちを抑えられなかった。

 唇を離すと、綾乃の顔はふにゃふにゃだった。いつもは見せないような表情で顔も次第に赤くなっていった。


「ゆうせいくん………その不意打ちはズルだよ」


 綾乃は赤くなっている顔を必死に隠しながら、小さな声で呟いた。


 俺は笑ってこんな大凶も2人ならなんてことないと感じた。


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