第84話
「今日は大晦日!寝かせないわよ~」
「ねかせないぞ~」
姉さんが、缶チューハイ片手にそんなことを言っている。まったくもう酔っているのかわからないが、夏乃がまねするからやめてほしい。
「姉さんもう酔ってるの?ちょっと飲みすぎなんじゃ…」
「馬鹿言うな!!こんなかわいい子二人もいて飲まずにやってられるか!」
「姉さんおじさんみたいになってる」
完全に酔ってるな……俺は楽しそうにしている由美を見て、これ以上はこの楽しい雰囲気を壊してしまうと思い、何も言わないことにした。
「それにしても……大晦日に恋人同士でお泊りなんてホントにずるいわねアンタ達」
さっきまではしゃいでいたのに、今度はしんみりとした様子で缶チューハイをゆっくりと円を描くように揺らしている。
「なんだよ急に……」
「だって……羨ましいんだもん」
「はぁ?」
真剣な表情で俺の顔を見てきたので、身構えてしまったが由美の言葉を聞いたときに、真剣に聞いたことを後悔した。
由美らしいと言えば由美らしいのだが
「女の子なんだから大切にしなさいよ」
「わかってる……」
「わかってるならいいわ」
そう言いながら由美はもう一本缶チューハイを開けていた。
「やめとけよ姉さんさすがに飲みすぎだろ」
「私も女の子なんだから優しくしなさい!!」
「これも俺なりの優しさだ!!」
「あら、いいこと言うじゃない」
そう言うと、少し驚いた表情をしながら由美は俺の方を見てくる。しかし、そんな表情は次第にニヤニヤした表情に変わっていた。
「な、なんだよ」
「いや~?前までのあんただったら、別に~とか言ってたのに」
「そ、そんなこと………」
「好きな子ができたからかな?」
「あぁ……自分でもびっくりしてるよ。綾乃と出会ってから俺は変わったと思ってる」
「あら意外と素直ね」
そう言うと、由美は優しく俺に微笑んだ。その表情に俺は少しドキッとしてしまった。
実の姉なのに俺は何をドキッとしているんだ……と思いながら、由美が普段見せない表情だったので、びっくりしただけなのかもしれない。
「お待たせ~」
「待ってました!年越しそば!」
綾乃が母さんといっしょに年越しそばを作って運んできてくれた。年を越すときの定番料理だ。
「おぉ、結構豪華だな」
「綾乃ちゃんが手伝ってくれたから頑張っちゃった」
「私はそこまで手伝ってないですよ!」
「ありがとな、綾乃」
「お姉ちゃんありがと!」
「ホント感謝しかないわ。ありがとね」
みんなからお礼を言われた綾乃はすぐさま頬が赤くなり、耳まで赤くしていた。
「さっ!冷めないうちに食べよう!」
「そうだな」
「あ、七味もってくるわね」
父さんは会社の人と飲み会に行っているらしく今日は帰ってこないらしいので、母さんが七味を持って帰ってきたら、全員で「いただきます」をした。
「美味しい」
やはり最初に出た言葉はそれだった。人間美味しいものを口にしたら声が漏れてしまうのは仕方ないことだろう。
「喜んでもらえると頑張ったかいがあるなぁ」
ニコニコと綾乃は笑っていた。もっと褒めてやりたいが、由美も母さんもいる中で綾乃のことを褒めたりなんかしたら絶対面倒くさいことになってしまうので、グッと気持ちを抑え込んだ。
年越しそばを食べ終えたあとは、ほとんど眠気との勝負だった。俺は深夜までアニメを見たりしているの楽勝だが、夏乃や綾乃はいつも規則正しい生活をしているので少々つらいかもしれない。
「綾乃、夏乃も眠たかったら寝ていいんだぞ?」
「黒田、だいじょーぶ」
夏乃は平気そうだったので、今度は綾乃の方を見ると綾乃の小さな頭が俺の腕にもたれ掛かってきた。
俺は起こそうとしたが、気持ちよさそうに、スースーと寝息を立てている綾乃を起こす気にはなれなかった。
俺は綾乃を起こさないように、由美の部屋に運ぼうとしたが、酔っている姉さんと綾乃を一緒にするのは危ないと思い、俺は自分の部屋に運ぶことにした。
そうっと、ベッドに綾乃を寝かせると、小さく「んっ……」と漏らした。
攻撃力が高すぎると思ったが俺は必死に耐えた。
「今日はお疲れ様」
俺は、一言そう言って綾乃の頭を2、3回撫でた時、綾乃が
すると、優しく微笑んで、俺の頭の後ろにてを伸ばしてくる。
「なつのぉ~なにしてるの~?こっちおいで~?」
寝ぼけているのか俺を夏乃と間違っている。
「夏乃?いや、俺は……」
「えへへ、だいすき」
「俺は雄星だぞ」と言おうとした瞬間頭をグイっと綾乃の胸の方に寄せられた。勘弁してくれ、これはもう褒美じゃなくて試練だ。俺はやましい気をおこしたら終わりと頭の中で、何度も唱えた。
「あやの?!」
俺はそう言って起きているか確かめたが、もう反応はない。聞こえるのはスースーとさっきと同じような寝息だけだった。
綾乃の腕を離そうとしたががっしりとロックされている。下手に動かしてバレたりでもしたら、それこそ大惨事になりかねない。
それに、この暖かさをもう少しだけ感じていたいと、俺は静かに瞳を閉じた。
その心地よさに、俺は深い眠りについてしまった。
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