第65話

「さて・・・・・・どうするか」


 探すと言って家から出てきたのはいいが、夏乃が居るという場所の目星などは全くついていない。

 もう、暗くなってるし闇雲に探すのは効率が悪いし、見つかるかもわからない。


 しかし、出て行ってから時間もそれほど経っていないし、小さい子の足でそれほど遠くまでは行けるとは思えない。


 そんなことを、内心焦りながら考えていると、綾乃がおれの肩を叩いてくる。


「私、場所知ってるかもしれないから付いてきて」


 そう一言だけ言って、綾乃は靴紐を結んでいる。


「雄星くん、私走るから」

「いや、この暗さなのに走ったら危ないでしょ」

「そうかもだけど・・・・・・でも・・・・・・」

「大丈夫。きっと大丈夫だから」

「・・・・・・うん」


 俺は綾乃を落ち着かせることしかできない。いやそれすらも出来ていなかったかもしれない。だが、今俺にできることは、綾乃に怪我をさせないようにすることだ。


 夏乃は優しいから、自分を探しているうちに綾乃が怪我したなんて知ったら、自分を責めるに決まってる。


「そんなの、そんなの、悲しいだろ」


 俺がボソッと呟く。


 そのあとは、会話はあまり弾まなかった。沈黙が続く時もあった。


 暗く、朝よりも長く思えるような道はやけに寒かった。


「私ね、知ってると思うけど名字が変わったの」


 俺は「あぁ、知ってる」と言うと綾乃が続ける。


「私のお母さんが再婚したのは、私が中学2年の時なんだ、私は新しいお義父さんが出来たんだなって理解できた」


 綾乃は喋ってるうちに表情が悲しそうな表情になっていく。


「でも、小さかった夏乃は知らない男の人がいきなりお家に入って来たって感覚だったと思うの、だから多少お義父さんのことを勘違いしてる部分があると思ってた」

「うん」

「でも、今日夏乃の誕生日って知ってた筈だし夏乃がケーキを食べたいことも知ってたと思うの」


 俺は軽く相槌して、綾乃の話を邪魔しないように小さく頷きながら真剣に聞く。


「お母さんが選んだ人だから、悪い人ではないと思うの・・・・・・でも、まだよくわからない所ばかりで」


 俺はなんて声をかけてあげればいいか、わからなかった。

 こんな時、スッと言葉が出るやつが、いい男なんだと思うが、俺は出なかった。


 事情をあまり知らない男が簡単に口を出していいものなのかと思ってしまったのだ。


「ダメだね!こんなこと言ってたら夏乃にまで不安が移っちゃうね!よし!笑顔っ」


 そんなことを言って、無理をして笑おうとしている綾乃を見て、とても辛そうだった。


「無理して笑わなくてもいいと思うぞ」

「・・・・・・・・・そうかな」

「そうだよ」


 そう言うと綾乃は「少しだけ胸貸して」と言って顔を俺の胸に埋めてくる。


「どうした」

「わ、わたしっ、夏乃の味方してあげれなかった。お義父さんに強く言えなかった」


 暗くてよくわからなかったが、綾乃は確かに泣いていた。

 俺は綾乃のことをそっと抱きしめた。


「綾乃は優しいから、強く言えなかったんだよ。それに夏乃にとって、姉という存在は居るだけで安心するものなんだ」

「つ、つまりだな、綾乃が居てくれるだけでいいんだよ。それに・・・・・・綾乃は夏乃の味方なんだろ?」


 俺が言うと、綾乃は頭をコクッと縦に動かす。


「それだけで十分だと思うぞ」


 俺はこの時、綾乃のお義父さんが言っていたことが気になっていた。


 ケーキは買っていないと言っていたが、ないとは言っていなかった。それに・・・・・・あの指の傷、切傷だと思うんだよなぁ。


 もしかしたら、お義父さんがケーキを作ってるなんて・・・・・・・・・あんなに怖そうな人がそんな可愛いらしいことするだろうか。と考えていた。


「もしかしたら、お義父さんは俺たちが思ってる程怖くないかもな・・・・・・」

「え?」

「あっ、いや別に・・・・・・ていうか、そろそろ案内してもらわないと」

「あっ、ごめん」


 そう言って、俺から離れる。しかし、綾乃は俺がはぐれないように手を握ってくれている。


 握った手から感じたのは、とても暖かいふんわりした何かだった。


◆◆◆

「ここって・・・・・・」


 綾乃と俺が着いた場所は公園だった。


「夏乃が今日みたいに怒ったりした時は、いつもここに来るの」


 そう言って、綾乃は公園の中にある、遊具の一つの滑り台に寄って行くと、ぐすぐすと泣いているような音がした。


「夏乃ー、お家に戻ろ?」

「やだっ!お義父さんもお母さんも夏乃のこと嫌いなんだ!」

「そんなことないよ?」

「お姉ちゃんだって!」


 そう言われて、俺が「夏乃、それは・・・・・・」違うと言おうとした時、綾乃が「雄星くん!大丈夫」とだけ言ってきたので黙っていることにした。


「確かに、あの時お姉ちゃんは夏乃がお母さんに怒られても仕方ないって思った」

「・・・・・・やっぱりお姉ちゃんは」

「だって夏乃お義父さんに死んじゃえって言おうとしたでしょ?」


 そ、そうだったのか?お母さんの張り手の方が印象が強すぎて全く思い出せない。


「・・・・・・・・・うん」

「どんなに、どんなに、怒ったり、嫌なことがあってもお姉ちゃん死ねはよくないと思う。取り返しのつかないことになった時、1番後悔するのは夏乃だから」

「夏乃も、、、そう、おもっ、思う」

「私も夏乃に言わなきゃいけないことがあるの」


 そう言って、綾乃が夏乃に向かって言うと、公園の中がシーンと静かになる。


「味方になってあげれなくてごめんなさい」


 綾乃はこの一言だけだった。


「大丈夫だよ。それに、お姉ちゃんいつも夏乃の味方してくれるの知ってる」

「な、なつの」

「夏乃も謝らなきゃいけないことある。お姉ちゃん心配かけてごめんなさい」


 夏乃もそれを言った瞬間、安堵したのか泣いていた。しかし、綾乃は夏乃よりも泣いていた。

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