第64話

「ねぇねぇ!それでね?みんなからプレゼント貰えたの!」


 そう言って、夏乃は友達からプレゼントを貰った話を綾乃に楽しそうに話している。

 綾乃はそれに、うんうんと頷いている。


 プレゼントあげるんだったら今か?今しかないか?よしっ!と思って立ち上がった時、綾乃のお母さんが入ってきた。


 俺は綾乃のお母さんの顔を見て、なぜかもう一度ソファに座ってしまった。


 言うタイミングを逃した・・・・・・。絶対に逃した。


「お母さんっ!ケーキは?!」


 そう言って夏乃が元気よく「ケーキ!ケーキ!」と言っている。

 その姿を見て、俺も小学生の時の誕生日と言えばケーキを食べれる的なところがあったからなぁ。


 昔の自分を夏乃に当てはめながら思い出していた。


 しかし、綾乃のお母さんの様子がおかしい。普通すぐに出すか、ご飯を食べたあとなどが普通だと思うが、綾乃のお義父さんの方をチラチラみて、何も言わない。


「ねぇ〜お母さんー?」


 夏乃は首を傾げながらお母さんの顔を覗いている。


「夏乃・・・・・・ケーキは買ってきていない」


 と一言お義父さんが言った。ケーキがない。それだけでも夏乃には大きいことなのに、お母さんではなく、あまり打ち解けていないお義父さんに言われたとなるとどうだろうか。


 俺だったら尚更打ち解けるのは無理と感じるだろう。


 その一言で今このリビングの空気はどん底まで下がっている。


「お義父さん?本当にないの?」


 綾乃が恐る恐る、お義父さんに聞く。


「あぁ、買ってきてない」

「忘れたの?」

「買うつもりはなかった」

「ちよっと!お義父さん?夏乃がどれだけ・・・・・・」

「もういいよ!!」


 綾乃が何かを言いかけた時、夏乃が大きい声で遮る。驚きながら夏乃の方を見ると、目にはまだ落ちてはいないが、うるうると涙が溜まっていた。


 必死にゴシゴシと目を擦っている。


「もういい・・・・・・お義父さんなんか嫌い。大嫌っい!お義父さんなんて血が繋がってないのに!お義父さんも夏乃のこと嫌いなんでしょ!?」


 夏乃が声を荒げながら、涙を流してながら、お義父さんに訴えている。

 しかし、お義父さんは黙ってジッと夏乃のことを見つめている。


「お義父さんなんて・・・・・・お義父さんなんて・・・・・・しん・・・・・・」


 そう夏乃が何か言おうとしていた時、パァンッと甲高い音がリビングに鳴り響いた。

 お母さんが夏乃の頬を叩いた音だった。


「夏乃、今あなた何を言おうとしたの?もし、お義父さんに向かって死ねなんて言おうとしていたとしたら、許しませんからね」

「・・・・・・・・・ぐすっ」


 夏乃は何も言わずに、一生懸命に涙を拭いていた。


 そして、拭いても拭いても溢れてくる涙を俺たちに見せながら、リビングを勢いよく出ていった。

 出て行く際に一言「全員嫌い!」と言って。


 出て行くのも問題だが、今外に出るのは結構まずいと思った。

 もう日が落ちるのも速くなってきたし、不審者などが居るかもしれない。


「はぁっ〜せっかくの夏乃の誕生日なのに、叱ってしまいました。母親として失格です」


 そう言って、お母さんはため息を吐きながら、自分のしたことを悔いているような感じだった。

 しかし、お母さんのしたことは間違いだとは思わなかった。


「お母さんは悪くない。あの時悪かったのは夏乃、でも・・・・・・お義父さんは夏乃になんて謝るか考えておいてね?」

「ごめんなさい、黒田さん。こんな風になってしまって・・・・・・なんて言ったらいいか」

「僕は大丈夫ですけど・・・・・・とりあえず夏乃探してきますね」


 空気感に耐えられなかったということもあるが、夏乃が心配だったので、俺は綾乃のお母さんに一言言うとソファから腰を上げる。


「あっ、私も行く」


 綾乃も夏乃が心配なのだろう。俺が探しに行くと言った直後に「私も」と名乗り出ている。


「・・・・・・2人とも夏乃をよろしくね」


 綾乃のお母さんは返事をするまでに間があいた。

 

 外が暗いので、俺たちのことも心配しているのだろう。だからすぐには返事を返さなかった。


「じゃ、見つけたら連絡するから」


 と綾乃が、上着を着ながらお母さんと話している。今だからわかるが、少し綾乃は怒っている。


 焦っているというのもあるだろうが、多分怒っている。


「じゃ、行ってきます」


 俺と綾乃は夏乃を探しに家を出た。

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