第45話

「疲れた〜」


 俺はそう言って帰ってきたらすぐにソファに腰をかけた。

 そうしているとすぐに睡魔に襲われる。眠たくて目を閉じると由美の声がした。


「雄星〜!おかえり〜!今日も部活してないのに遅いね〜」

「文化祭の準備があったから」

「シンデレラだっけ?雄星王子様役なんでしょ?」


 俺は黙ってしまった。違うと言ったら聞かれるしシンデレラと正直に答えたら馬鹿にされそうだったので聞こえないフリをした。


 しかし由美は無視されたのが気に食わなかったのか、俺にツルのように纏わりついてくる。


「なーにーやーるーのー?」

「シ、シンデレラ!言ったから離して・・・・・・」


 それを聞いた由美は纏わりつくのをピタリとやめた。そして、震えている。なんだと思い顔を覗いてみると、笑いを必死に堪えていた。


 そして、俺の顔を見るなり吹き出していた。


「ぷっ、あはは!!もうダメだ我慢できないっ」


 腹を抱えながらずっと笑っている。確かにシンデレラが男なんて聞いたら誰でも笑うと思う。

 これは由美は悪くない。怪我をした委員長が悪いわけでもない。結果、誰も悪くない。


「やっぱり変かな・・・・・・」

「んー、今はメイクとかウィッグとかあればバレないよ」

「ウ、ウィッグ?」

「簡単に言うとカツラってこと」

「なるほど」


 その一言で納得した。バレないのなら心配はなさそうだ。


「それに、すっごく面白そうじゃん。ぷっっ」

「笑いすぎだろ・・・・・・」


 笑いすぎて、床に倒れ込んでいる由美を見て、なんか緊張がなくなった気がした。


「ていうか、文化祭か〜」


 ようやく落ち着いたのか、体を起こしてボサボサになった髪の毛を整えている。


「なんだよ・・・・・・」

「なんだか懐かしいなぁって思ってね」

「そんなお婆さんみたいなこと言って」

「あははっ、まだまだお姉さんだよ」


 そう言って由美は笑っている。すると今度は真剣な顔で俺の方に視線を向けてくる。

 俺はその視線にビクッと体が反応してしまった。正直に言おう怖かった。


「文化祭なんて告白なんてしちゃったり?」

「だれが・・・・・・」

「雄星が!好きな人いるみたいだし」

「まだ、わかんないよ」

「ていうか、もう付き合ってるものだと思ってたよ我が弟がここまでヘタレだったとは・・・・・・」


 そんなことを姉に言われたくはない。実家に帰ってくると、とてつもなく、だらしない姉には。

 しかも最近フラれたらしいし。


「タ、タイミングがないんだよ」

「嘘、絶対あったでしょ。自分に勇気がなかっただけ」

「ゔっ」


 痛いとこを突かれ思わず、声が漏れてしまう。由美は俺が落ち込んでいる姿を見ても構わないといった様子でバンバン指摘してくる。


「姉ちゃんに何がわかるんだよ」

「わかるよ、17年も雄星のこと見てるんだから」


 その時の表情は少しだけ優しかった。しかしまたあの真剣な表情に戻る。


「雄星アンタ文化祭の間に告白しなさい」


 由美が真剣な眼差しで俺のことを見つめながら、言ってきた。


「そんなことを言われても、わ、わからないよ。告白するか・・・・・・」

「・・・・・・あのね雄星。髪の毛切った時はお姉ちゃんも少しは成長したのかな?って思ったよ。でも全く成長はしてなかったみたいだね」


 そんなことを面と向かって言われると傷つく。しかも全部事実だからこそ、より一層心にくるものがある。


「わかってるよ!自分がヘタレなことくらい!」


 自分が一歩踏み出せないから、進展がないことくらい。自分が・・・・・・自分が・・・・・・。


 こんなことを何回思っただろうか、こういうところなのだろう、由美が成長していないという部分は

本当に、カッコ悪い。


「わかってないよ・・・・・・自分では自分の悪いところをわかってるつもりだろうけど、それはわかってるとは言わない。をしてるだけなんだよ」


 俺は何も言えなかった。全部由美の言っていることが本当だったから。だからこそ、こんなにも胸が痛かった。


「悪いところを指摘されても、自分ではコレが普通と思っているから、直す直すって言っても直した気になってるんだけなんだよ」

「ねぇ、それって・・・・・・」

「だからフラれた。そう、今のは私の話」


 やはり、喋っている間少し息がつまりながら喋っているのでまさかとは思ったが、どうやら正解だったらしい。


「でもねフラれたあとに気づくの、あの時こうしていれば、今度からはこうしよう。そうやって成長していくの、人も恋愛も」


 俺は黙って聞くことしか出来なかった。今なにか喋れる余裕はなかった。相槌さえもなかった。


「でもね、フラれて気づくんだったらまだいいの、告白しないで、自分の何が悪かったのかを気づかずに終わる人だっている」


 由美が「そういう人は大抵こういう人」と言ってくる。


「たとえばデートに誘ってもその次の言葉がない。せっかく2人きりなのに行動を起こさないとか」


 全て心に響く。この時点で既に泣きそうだった。


「だからね、雄星っ。今のまま行くと、本当に決心した時にはもう手遅れになっちゃうよ?」


 その言葉が1番重かった。聞かないフリをした。聞こえないフリをした。でも、今のまま行くと、絶対にいつか誰かに言われると思っていた。


 言ってくれたのが姉ちゃんでよかった。三村や蒼太だと絶対に「うるせ」などと言って流すし、白坂だったらいつも通り「優しいな」で終わり。


 由美に対して「ありがとう」は言えなかったが、とても痛い心の中で「ありがとう」と叫んだ。


 由美はそんな俺を見てフッと息を吐いた。

 今度はさっき見たいな、真剣な目線ではなく。いつもの優しい姉ちゃんの視線だった。


「そんな恋に悩める恋愛童貞の少年に、人生も恋愛も歳上の私が一つ助言を差し上げよう」

「じょ、助言?」


 やっと出た言葉がオウム返しのような疑問系だった。


「デートや2人きりになった時、女の子はを待っている」


 次の言葉とはなんだろうか。こんなことを頭で考えたが、一つしか思い浮かばなかった。

 でも多分それが答えだ。そう思いたい。


「あっ、私そろそろ寝るね。明日めちゃくちゃ楽しめるように体力を回復させなきゃ!」


 リビングを出る時、最後に「文化祭楽しみにしてる」と言って、出ていった。


 俺は目が覚めてしまった。時計をみると8時30分だった。

 なぜか無性に散歩がしたかった。というよりも、ジッとしていたくなかった。


 俺は、街灯がほんのり照らす肌寒い夜道を散歩する。

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