第39話 従業員になる為には


 「よし、じゃあ」

 『いただきます』


 命に感謝して食べますという挨拶は、カフェシエルで徹底していた為、慣れた祈りになっていた。


 「うまっ」

 「あ、食べとこない味がする」

 「シエルのケーキは最高だな!」

 「しっとりしてて、食べやすいな」


 それぞれの感想を言う中、レンとアイリはケーキよりも、皆で食べる事に喜びを感じていた。

 

 「どうしたんだ? ニヤニヤして……さっきのライアンみたいだぞ」


 「いや、『神の島』で生活してた時のこと思い出してた」


 「『神の島』ってさ、うちらからしたら、下の部分しか見えないんだよ。 雲の上ってどんな感じなの?」


 「どんな感じかぁ。 世界があるって言ったらわかる?」


 『いや、まったく』


 「フェンリル様がいる広大な森があって、山々に囲まれた温泉が湧く場所の近くに不死鳥さんがいて、竜神様が寝床にする洞窟の中にカーバンクルもいたりする」


 「海というか湖には魔物がいるし、大地の真ん中にはお城もあるよ」


 『へぇー』


 ポカンとした表情で聞く姿に、十年以上住んで来た浮遊城が、特殊な環境だったことをようやく理解した二人だった。


 「ずっーと、気になってるんだけど……親から聞いた話では、テオシウス陛下が『神の島』の主に許可をもらったって。 あれって、誰の事なの?」 


 「「それは、聞かれても言えない」」


 「帝国とかに知られたら最悪、戦争になるかも」


 アイリの小さな呟きを聞いた五人は、押し黙った。

 戦争……生きて来た中で話や物語には出てきたけれど、出来るなら関わりたくない言葉に誰も口を開けなかった。

 

 突然訪れた静寂を破ったのは、学園長だった。


 「まだ、残っておる生徒がおったか。 ほう、アイリよその残ったケーキは誰のじゃ?」


 「学園長……食べます?」







 「なあ二人とも、シエルのマスターにこいつのこと、紹介してやってくんね」

 

 「え、あー、でもなぁ」

 

 「ケーキ愛が凄くて作りたいって言うんだよ。 ほら、四ヶ月前の入学式があった頃に、レシピの一部を公表してくれたけど、あの中にケーキって無かっただろ」


 「俺は家でも手軽にケーキが食べたい」


 「うーん、その理由だとムリかなぁ」


 アイリの言葉にパーラ、ライアン、シャリアが反応した。


 「自宅で食べたいからって理由じゃ、何でダメなの?」


 「前にマスターが言ってたんだけど、『純粋な気持ちで広まるのなら嬉しいことだけど、中には悪意を持ってまがい物を広める人もいる。 粗悪品のケーキが広まってそれが普通という事になりかねない。 正しい知識もないのに軽い気持ちで出されると困るから、広めたくないレシピもある』」


 「マスターの意見に一理あるなのお。 信じてレシピを教えて、それが他の者に曖昧なまま伝わった場合、粗悪品になるのは確かじゃ。 その点で言えば、シエルだけで限定して出すという策は、正しいと言える」


 「じゃが、マスターだけではそうそう多くの種類は出せんのではないか? 現に、店で出しとる菓子類は七種類じゃろ。 十二年経ってようやくの新作じゃからな」


 「それは大丈夫ですよ、学園長。 むしろ候補が多すぎて、何から出せば良いか困ってる程ですから。 因みに秋になったら、季節限定の新作が出ます」


 「何じゃと! それを早く言わんか! 秋か……待ち遠しいのお」


 学園長は恍惚とした表情をしていた。


 「うちの夢は料理人になること。 子供の頃はオアシスっていうレストランで働きたかったんだけど、同じくらいシエルでも働きたくて。 けど、オアシスが店を畳んだことで、シエルへの思いが強くなったんだよ」


 「そういう気持ちはダメか?」


 トリシャの親友シャリアは、ライアンがつい先程断られたというのに、頼み込んだ。

 

 「うーん、気持ちの持ちようは確かに大事だけど、そういう事はマスターに聞くのが早いと思う」


 「食べ終わったし、シエルに行こう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る