第七話:編入初日の朝

長い夢を見ていた気がする。


気がつくと、俺は暗闇の霧の中に佇んでいた。


霧が立ち込めるその場所は、つい最近来たことがあるとある廃墟の一室のようで、俺は意識が朦朧としながら彷徨っていく。


歩いているようで足は全く進んでいないような感覚に、永遠のような時間を感じていた。


何時間歩いていただろうか、ある瞬間から闇の中に一抹の光が差していた。


その瞬間進んでいなかった足の歩みが動き出し始めた。


光の差す場所へ進んでいくと、そこには扉がある。


扉を開け外に出ると、突然空から翼が生えた女の子が降ってきて…


あれ?


俺が知っている記憶と少し違うような気がする。


確か最初に廃墟を出た時、俺が出会ったのは全身鎧姿の2人組で…そう、少佐とルナマリアだったはずだ。


夢に疑問を覚えたからか一気に頭が覚醒し出す。


それと同時に急速に辺り一帯が光に包まれる。


真っ白な空間で思考能力を取り戻した俺はこれが夢で今から覚める事がなんとなく理解できた。






 目が覚めたら、まず初めに暗闇の中にぼんやりと映る見知らぬ天井。


そうだ。昨日の夜から俺は訓練学校に来ているのだった。


徐々に頭が冴えていく。上半身を起こし辺りを見渡す。


まだ暗い時間だ。5時前ではなかろうか。それにしても周囲が少し騒がしい。


周りのベッドで寝ていた人達はもう起きだしてこの時間から何かやっている。


その光景を数十秒ぼーっと眺めていると、突如部屋の扉が大きな音で開け放たれた。


「貴様ら!!起床時間だ!!早く起きろ!!」


ハートル軍曹の声だ。その声が響くと同時に部屋の電気がつけられていく。


それと同時に今までベッドにいたであろう他の訓練兵達は即座に部屋の中央に左右一列ずつ整列し始めた。


「アキト、アキト」


誰かに小声で呼ばれた気がして声の方向を見てみると、下の段のベッドから短髪の外国人の青年が顔を覗かしていた。


「おはようアキト。早く整列しないと教官に怒鳴られるよ」


顔を見ただけではわからなかったが、声を聞いて青年は昨夜少しだけ話したマイクだとわかった。


「あ…ああ、わかった」


訳もわからずベッドから降りてマイクと一緒に列の一番奥に整列する。


「おはよう!!貴様らもだいぶこの生活に慣れてきたようだな!!」


ハートル軍曹が部屋の中央に立つ。部屋中に軍曹の声が響き渡る。


「点呼をおこなうぞ!!まずカズラ!!」


「はい!!」


軍曹は前から順に点呼を始めた。


「サガット!!」


「はい!!」


「マイケル!!」


「はい!!」


次々に名前が呼ばれていき、ついに俺の番が回ってきた。


「アキト!!」


「はい!!」


「…初日という事でまだ寝ていると思ったが、どうやら起きれたようだな。頭も昨日の内に丸めてきたな」


入隊初日からまたどやされると思っていたが、そんな気配はなかった。理不尽に怒鳴ることはないと知ってハートル軍曹の好感度が上がった。


「だが、その寝ぼけた顔はなんとかしろ!!公式での起床は5時だが、それより30分は早く起きて目を覚ましておけ!!」


撤回する。早速怒鳴られてしまった。


そして起床時間が5時という事もそれより30分早く起きなくてはならないのも初耳だ。そういった話は事前にして欲しいのだが…理不尽に怒られている気がする。


まあ…昨日もっと早く着いていたのなら説明を受けられていたのかもしれん。


昨日は軍曹に来るのが遅いと言われたが、少佐からは「イワヤトには夕方に着く。」と聞かされていた。


これが駅に夕方に着くのか、基地に夕方に着くのか曖昧なのは約束や決まり事にルーズそうな少佐の性格を少しばかり知っているので聞き流してしまった俺の落ち度だろう。


「返事はどうした!!」


「…!はい!!」


考え事をしてしまったため、返事をするのを忘れていた。


「声が小さいぞ!!」


「はい!!!!」


「よし!!いつも通り着替え次第、半まで清掃だ!!3班の者はトイレ、10班はシャワールーム!!それ以外の者はこの部屋の掃除だ!!」


「「「はい!!!!」」」


全員が大きな返事をしたと同時に全員が急いで着替えに取り掛かった。


俺はどうすればいいのだろうか。着替えななんて貰っていない。


そう思いながら突っ立っていると軍曹が近づいてきて


「アキト。貴様の着替えや必需品は全てあのトランクボックスに入っている。もし私物を持ってきているならあのトランクボックスに入れておけ」


と言われ、指差されたベッドの横に置かれているトランクボックスを見る。


昨日の夜に思った通り、このトランクボックスが私物入れらしい。


「わかったならさっさと着替えろ!!」


「は、はい!!」


軍曹の怒号を聞いて急いでトランクボックスに開けて着替えを始める。


他の訓練兵達は次々と着替え終わり、掃除の準備に入っていた。


「おい!!アキト!!モタモタするな!!着替え終わってないのは貴様だけだぞ!!」


「は、はい!!」


軍曹に怒鳴られながら急いで着替えを済ます。


新品の迷彩服とブーツに身を包む。以前少佐から貰った戦闘服と違いサイズはピッタリであった。


「よし!着替え終わったな!!おい!マイケル!!アキトに掃除の仕方を教えてやれ!!」


「はい!!」


早々に着替え終わり、掃除の準備をしていたマイクが軍曹に呼び止められた。


俺はマイクの下へ近づく。


「ごめん。教えてくれると助かる」


そう言うとマイクは笑いながら


「謝らなくて良いよ。同じベッドになったんだ。教えるのは当然だよ。それじゃまずこのブラシを使って…」


そう言ってマイクから渡されたブラシを使ってマイク共に床を磨き始めた。


昨日の夜からハートル軍曹に怒鳴られてばかりだからマイクの優しさが心に染みる。


掃除が一通り終わると


「よし!!朝食までアップだ!!!!グラウンドに出て整列!!」


「「「はい!!」」」


それを聞いた訓練兵達は即座に二列になり小走りで外に出て移動し始めた。


俺もマイクの後ろにつきながら走り出す。


そこからの30分は大変だった。


「おい!新入り!!腰が曲がってるぞ!!もっと背筋を伸ばせ!!」


「はい!!」


「今度は尻が突き出ているぞ!!それは何を鍛える運動なんだ!!」


「はい!!!」


「『はい』じゃわからないだろう!!」


「はい!!!!」


理不尽すぎる…


グラウンドにやって来て始めたのは基本的な体幹トレーニングだった。


だがハートル軍曹含めた複数の教官達が訓練兵の動きをチェックし、喝を入れていた。


俺のすぐ隣には見知らぬ教官らしき男性が声を張り上げていた。


「アルマ!!足が上がってないぞ!!」


「はい!!」


横に目を向けると別の訓練兵の女子が別の教官に指導を受けている。もとい怒声を浴びせられている。


グラウンドには第三室の訓練兵だけではなく女子含めた全室の訓練兵が朝のトレーニングを行っていた。


「何をよそ見している新入り!!他人を気にかけれるほど余裕があったか!!」


「いいえ!!」


「なら集中しろ!!」


「はい!!」


少し顔を横に向けただけですぐ気付かれて怒られてしまった。完全にマークされている。


まあ、俺は今日が初日だから人一倍厳しくされるのだろう。だがこれしきで心が挫けるほどガラスのハートではない…はずだ。


怒声を隣で受けながらなんとか30分のトレーニングを耐え抜いた。


「よし!!各自班ごとに朝食を取れ!!今日の一限は座学からだ!!今から30分後に第2映像教室に集合だ!!」


「「「はい!!」」」


初っ端なから精神的にヘトヘトになりながら人の流れに身を任せ食堂へ向かう。


「アキト!!ちょっと来い!!」


ハートル軍曹に引き止められる。


ハートル軍曹の元へ行くと、そこには見知った4人組がいた。


1人はつい先日の夜にも会ったルナマリア。


彼女と一瞬目が合うも脳内に昨夜見た彼女の上半身がフラッシュバックし恥ずかしくなり目を逸らした。


そしてもう3人は約半月前に初めて顔を合わせた時のような衝撃はもうないが、それでも道端ですれ違えばつい二度見してしまうような特徴的な見た目をしている。


そう、亜人のニーア、ニャロメ、ロックである。


「何でしょうか?」


ハートル軍曹に要件を訪ねる。


「貴様に訓練班についてまだ説明していないと思ってな」


「訓練班…ですか?」


「ああ。訓練兵はここにいる間、約20人程度の小隊規模で班を組み、隊行動を意識した訓練、夜間警備、清掃当番などを訓練班のメンバーと共に協力しながら行ってもらう」


いきなり呼び止められて何を言われるかと思ったが、どうやら大した話ではないらしい。


訓練班か。聞く限りでは自分の世界の学校のクラスの班と意味合いは変わらないようだが、1班20人程度というのはかなり大人数だ。


元の世界では場所によっては1クラス分の人数だがここは兵士の訓練学校、隊での集団行動を身に付けるためだとかそんな理由だと勝手に考える。


「訓練班は今年は13班まであるが、貴様はその内一番班員が少ない13班に入ってもらう」


なるほど。以前、少佐と共にここを訪れた時ニーア達のことを「13班」と呼んでいた記憶がある。


今ルナマリアを含めた4人が目の前にいることを考えても彼女らが俺がこれから入る13班のメンバーなのだろう。


亜人3人に少佐に目に掛けられているだろうルナマリア。その中に魔力を持つという俺を班員に加えるというのは単なる班人数の少なさだけではなく、13班という班自体が少佐の計画に関わってくる何かだと勘繰ってしまう。


というより、この4人以外の他のメンバーはいないのだろうか?


「後の自己紹介等は各自で済ませておけ。アキト、ここの生活で何か分からない事があれば同じ班の人間に聞くと良い。貴様らは当分の間はこいつの世話を焼いてやってくれ」


そう言ってハートル軍曹は校舎の方へ歩いて行ってしまった。


投げやりな感じだったが、自分が今までいた世界の普通の学校とは違うのだ。手取り足取り教えてくれる訳はないか。


4人がいる方向へ向き直る。


自己紹介と言っても既に以前会った際に済ませている。ここは軽く挨拶する程度でいいだろう。


「えと、改めて今日から13班に入ることになったアキト•ノーネムです。これからよろしく」


「…誰?」


そう言って頭に疑問符を浮かべている白髪の少女は緑人種エルフのニーアだった。


えぇ…2週間以上前とはいえ、こちらは覚えているのにあちらには忘れられているのは少しショックだった。


「ニーア。ちょっと前に少佐と一緒にやって来た子だよ。今は髪を剃っていて分かりづらいけど」


ニーアと違い俺のことを覚えてくれていた巨体の男性は巨人種ジャイアントのロック。


彼が言うまで忘れていたが、そう言えば昨日の夜に髪を剃って丸坊主にしたのだった。


そりゃ一度会っただけの人間が、次に会った時に丸坊主になっていれば誰か分からないのも当然か。


「あー…」


ニーアから思い出したような指摘されても未だにわかってないような曖昧な返事が聞こえた。


「ワタシはアキトのこと覚えてるニャ!この匂いは前会った時に記憶したニャ!」


尻尾と耳を大きく動かしながら元気よく話す獣人種ワービースト(多分)のニャロメ。


「ロメ…あんた別に特別鼻良くないじゃん」


ニーアがつっこむ。


「ニャハハハハ!」


「あなた達、あまりここで無駄話してると朝食の時間が無くなる」


そう言って2人の会話に割って入るルナマリア。


そして俺の方へ向き直り


「13班の班長のルナマリアよ。これで2度目のになるけどこれからよろしく」


そう言って食堂の方へ歩き出した。


「後の話は食事中にでもしましょう。皆んな、行きましょう」


それを聞いて亜人3人も歩き始めた。俺も後をついていく。


3人に追いつき、ロックの隣を歩くと


「言い忘れちゃったけど、これからよろしくアキト」


ロックが優しい笑みを浮かべながら話しかける。


「ワタシもよろしくニャ!!」


「…よろしく」


続いて隣のニャロメとニーアからも声を掛けられる。


「お…おう、よろしく」


1テンポ遅れて反応する。


初めて彼女らを見た時はその独特の肌色や特殊な見た目で少し奇異の目で見てしまった部分もある。


が、同じ人間の言葉を話し、それぞれ人間らしい個性を持って接してくる彼女らを見ているとこの世界で恐れられている亜人には見えなかった。


俺も彼女らを「亜人」としてではなく、1人の「人」として接していこうと思った。







食堂に着くと、ほとんどの訓練兵が席に着いて朝食を取っていた。


席はもう埋まっているように見えたが、奥の一角にある窓側の席が空いていた。


ルナマリアがセルフで置かれているトレーとコップを持って厨房の受け取り口まで歩き出す。


ニーア達も同じようにトレーを持っていくので俺もそれに倣って並んだ。


「朝昼晩の食事は各班員が集まって取るように決められているの」


先頭で食堂のおばさんから食事が盛られた皿を貰いながらルナマリアが話し出した。


多分さっきから食堂をキョロキョロ見回している俺に対して話しかけているのだろう。


「班ごとで食べるってことは席の場所も決まっていたりするの?」


特に理由はないが少し気になったので聞いてみた。


中学校までの昼食は班で机を繋げて食べてたし。


食堂なので机をくっつけるみたいな事はしないだろうから班によって場所が決められているのかなと思った。


「いえ、特に席に指定はない。けど…大体皆んな同じ場所で食べることが多い…かも」


ルナマリアの回答は何故か最後だけ歯切れが悪い。


なるほど、暗黙のルールで班ごとの食べる場所はあらかた決められているといった感じか。


話をしていると俺の前に並んでいたニャロメが受け取り口から皿を貰っていた。


そろそろ俺の番かと思いニャロメの方を見ると彼女の皿に盛られている料理を見てびっくりした。


猫まんまである。その表現しか出てこなかった。


ニャロメからさらに前のニーアやロックは普通に複数の皿に乗せられた料理を持っているが、ニャロメだけは一つの大きな皿に今日の朝食を全部ごちゃ混ぜさせられた残飯のようなものを乗せている。


「今日もワタシのために別で用意してくれてアリガトニャ!おばちゃん!」


「大した手間じゃないんだ。礼なんて良いよ」


ニャロメのお礼の言葉に対して受け取り口から見覚えのある恰幅の良い女性が豪快な笑顔で返していた。


そして俺の番が回り、その女性から料理を盛られた皿を受け取る。


「ありがとうございます」


「あいよ。ん?あんた見ない顔だね。新入りの子かい?」


「はい。昨日からここに来ました。アキト•ノーネムです」


「そうかい。私はマサナっていうんだ。普段は基地の方に居るんだが、たまに訓練場の飯も作りに来てる。これからよろしく」


「よろしくお願いします」


調理場の女性と軽い挨拶を交わした後、俺は13班の皆が集まる席へ向かった。


席につき、1つ疑問に思っていたことを口にした。


「そういえば、13班の班員って他にいないの?」


一瞬の沈黙の後、ルナマリアが口を開く。


「いない。13班はあなたを含めて5人よ。」


なんとなく予想していたが、他の班に比べて異常に人数が少ないなこの班。


がいるから…他の班とは色々と勝手が違う…」


俺の疑問を察したのかルナマリアに続いてニーアが答える。


ニーアが言う「色々」というのは少佐の計画である亜人研究に関係してくる事だろう。


詳しく知りたい気持ちもあったが今ここで聞いたところで俺には半分も理解できないだろうから深くは突っ込まなかった。


俺も朝食を取る。献立はパサパサのパン2つと豆の煮物、名前がわからない果実の盛り合わせだった。


想像していたよりはしっかりした食事だった。


そう思うのも少佐の話を聞く限りではこの世界の食糧事情はかなり逼迫しているらしい。


まず作物を育てる土地がない。一見広大な領土を持つ帝国でもその土地の1/3は魔力霊骸による土壌汚染、亜人襲来の気候変動により従来の農業が出来なくなってしまったらしい。


何より海を亜人に支配されているため、諸外国との輸入取引や漁業が頻繁に行えない事も大きな要因の1つと少佐は語っていた。


家畜も亜人に食い殺され、大幅に数を減らしているためこの世界で肉と魚は高級品なのだとか。


現にこの朝食にも肉と魚は一切入っておらず主食はパンと豆のみである。


それでも野菜が摂れるのはかなり恵まれている。


物流の中心である帝都や都市部周辺は兎も角、辺境に住む一般市民は月に一度の政府からの配給で食い繋いでる事も少なくないのだとか。

 

そして配給される食品は専らあの人口レーションらしい。


あのレーションは食糧危機を危惧した人類が生み出した化学食品で、天然の食材は何一つ入っておらずただただ栄養を摂取する為の物らしい。その為に味は以前食べた通りの悲しい事になっている。


だからこそ軍の食事も3食レーションを想像してしまっていた。いや、少佐の話では作戦行動中の食事はあのレーションが基本らしいがどうやら普段の食事までそれというわけではないようだ。


まあ、元の暮らしでの食事に比べたらかなり質素だが我儘を言うほど俺も子供ではない。 


「軍の食事はもっと味気ないと思ってたけど、意外とちゃんとしてるんだな」


頭の中でそのような事を考えていたためか、自然と口に出していた。

 

「昨日が物資の搬入日だったから、確かに今日は献立が豪華ね」


質問に答えてくれたのは黙々と食事を取っていたルナマリアだった。


「普段はもっと味気ないのか?」 


「毎日ではないけれど、定期的にそういう食事の日もある」


「…もう朝昼夜3食あのレーションは食べたくない…」


ルナマリアに続きトボトボと食事を取っていたニーアが口を開き、うんざりしたような口調で言う。


やはり訓練学校でもあの激マズレーションは定期的に出されるのか…


ニーアがついさっき話した3食レーションの食事をいざ自分が食べる事を想像するだけで精神が削られそうだ。


「ごちそうさまニャ!!」


突然、犬のようにガツガツと皿に盛られたご飯を食べていたニャロメが、大きな声を出して肉球の手を合わせていた。


口の周りについた食べ物を長い舌を使ってベロベロと舐めた。


一見するとただお行儀が悪い汚い光景に見えるが、それよりも人間とは明らかに作りが違う舌や、たまに見える鋭い八重歯に目が行っていた。


「私もごちそうさま」


ニャロメに続きルナマリアも手を合わせ、食器を片付けるべく席を立とうとしていた。


「早ッ」


あまりにも食べ終わるのが早かったのでつい口に出してしまった。


食べ始めてまだ数分しか経っていない。しかもついさっきまで俺の質問に答えていたのに。


「あまり食べるのに時間をかけてると座学の時間に遅れるから。あなたも早く食べた方がいいわ」


ルナマリアはそう言ってまだ半分も手を付けていない俺の食事のトレーを一瞥してから自分のトレーを持って片付けに行ってしまった。


考え事をしていたからか全然スプーンが進んでいなかったのは認めるが、それにしても食べるスピード早すぎないですかね。


そう思っていると他の席の人達も次々と席から立ち上がり、トレーを片付けてに行っていた。


「座学は一回部屋に戻って教材取りに行かないといけないから早く食べた方が良いよアキト」


周りを見渡している俺を見てか、ロックが親切に教えてくれた。


席を3人分ほど陣取って食事をしている彼の腕は大木の丸太のように太く、それに相当した大きな手をしていた。


人間のナイフやフォークでは明らかにサイズが合っていないと思ったが、ロックは器用にスプーンを手に挟んで豆の煮物を掬っていた。


器用にとは言ったが、やはりその分食べるスピードは遅くなっていた。


「ありがとう。教えてくれて」


礼を言った後、残っていた食事を口の中に掻き込んでいく。


「ところで、ロックとニーアは早く食べなくていいのか?」


食べる手は止めずに聞く。


ロックはその規格外のでの大きさから本来のスプーンの持ち方が出来ず、掬うのが遅い。ニーアもさっきから眠そうな顔しながらゆっくりと食べている。


「ボクらの宿舎はアキト達とは別にあるんだ。食堂から近いから心配しなくても大丈夫だよ。」


「朝はまだ眠いし…食事くらいゆっくり取りたい…」


優しく笑うロックとやる気の無さそうなニーアが答えてくれる。


「なるほど」


さっきはグラウンドから直接食堂舎に来たが、俺が寝ていた宿舎から食堂舎までの間には校舎と思わしき大きな建物が建っている。

多分だが普通に往復して荷物を取りに行ったら数分はかかる距離だ。


通常の宿舎で寝ている俺が悠長に食事をしている暇は無いわけだ。


話を聞く限りロック達の宿舎は一般の訓練兵とは別にあるらしい。ここで言う「ボクら」はニーア、ニャロメを含めた亜人の事を指しているのは間違い無いだろう。


…当然と言えば当然か。いくら今一緒に訓練に励んでいるとは言え他の人間にとって彼らは『亜人』だ。亜人なんて居ない世界から来た俺には馴染みはないが、本人が直接的に手を下していなくても人類の半分以上を滅ぼし、進行形で絶賛戦争中の人種と寝食を共にできる人間はそういないだろう。士気にも影響してくるかもしれない。


それに彼ら亜人とて、人間とは違う生活様式や習慣があるだろうから特別に部屋を用意されるのが当たり前か。


そんな事を勘ぐりながら朝食を全て平らげ、スプーンをトレーの上に置く。


「それじゃあ俺も一旦部屋に戻るよ」


トレーを持って席を立つ。


「ああ、また後で。あ、次の座学の第2映像教室は3階だから気をつけて」


「あ、全然気にしてなかった…すまん。色々教えてもらって」


「いいよ。同じ班のメンバーとして教えるのは当然だよ。」


そう言ってロックはまた食事に戻りスプーンで煮物を慎重に掬う。前も思ったが体格や厳つい顔に似合わずかなり優しい性格をしている。


右も左も分からないこの世界でただ親切にしてもらうだけで心に染みるものがある。


亜人が人類を脅かす敵と聞かされていても普通の人間と変わらず優しく接してくれる彼らに身体的特徴以外に何が違うのか理解できない。


そう言えばロック達の国は帝国と友好関係を築いているんだっけか。帝国軍が敵対している亜人達とは毛色が違って比較的温厚な種族なんだっけ?忘れてしまった。


そんな事を頭の中で考えながら食堂を後にした。






 次の授業の時間が近づき忙しなく席を立ちトレーを片付けて食堂舎を後にする訓練兵達がいる中、窓側の奥で2体の人外が席を共にしていた。


まだ眠気まなこで気怠そうに食事をしている彼女は、きめ細やかな白髪の長い髪、緑がかった肌と金色の瞳を持つ小柄な長耳の少女、緑人種エルフのニーア•イスタ•レヴリガンド。


もう片方は席を3つ陣取り、人間の腕ほどの太さがありそうな指と指の間にその体格に合わないスプーンを挟んで慎重に朝食の煮物を掬って口に運んでいる彼は、巨人種ジャイアントのロック•レヴリガンドである。


彼ら2体は部屋に戻ろうと次々と席を立ち、トレーを片付けていく他の訓練兵達の喧騒に意も介さず、自らのペースで食事を取っていた。


「…ロック、あんたそんなお喋りだった?…」


ニーアが顔を合わせず右隣に座っているロックに話しかける。


「そうかな。いつも通りだと思うけど?」


ロックもニーアの方に顔は向けず答える。


「…普段は人間なんかとあんなに話さない」


「そんな事ないよ。マリア君とは普通に話すけど」


「ルナは特別…だけど、あの新入りにはやけに親切ね…」


「入って初日なんだ。教えてあげるくらい当然だろう?」


ニーアの問いかけに対しロックは白々しい態度をとりながらはぐらかしていく。


「…そんなの、ルナに任せれば良い…」


「それはそうだけど、アキトには話しやすそうな雰囲気を感じたからね」


そう言ってロックは続ける。


「彼からは他の皆んなと違って恐怖や敵意、嫌悪しているような視線を感じないからね。話しやすいのは確かさ」


「少佐の話じゃ、どこか遠くから来たって言ってたし…ただ世間知らずってだけじゃないの…」


「それでも良いさ。アキトとは楽しくやっていけそうな気がするよ」


「…そう」


ロックの返答に呆れたような返事を返すニーア。


話が終わると同時にロックはトレーを持って立ち上がった。


「ゆっくり食べるのは良いけど、座学には遅れないように」


「言われなくても…」


ニーアが言い終わる前にロックはトレーを片付けに行ってしまった。


「…」


心優しいロックは、普段なら人の話を最後まで聞かずにその場を立ち去りなどしないが、人間でいうところの親戚関係であるニーアとは気兼ねしない仲であるため彼もフランクに接している。


食堂の席も殆どが空いていく中、ニーアは気にせず時間ギリギリまで食事を続けた。




































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