第四話:亜人訓練兵

 取調室を出て、ワーウォルフの後ろに付きながら施設の通路を歩いていく。


この歩いている間に何人かの人間とすれ違ったが、皆西洋人らしい顔立ちと体格をしていた。


ここが日本ではないどこかの国ということは確かなようだ。まだ在日米軍基地という線もなくはないが…


もうここが異世界だということを認めたほうが楽になりそうだ…前方を歩いているワーウォルフが俺に嘘を吐く理由を考え続けるのもそろそろ疲れてきた…


通りかかった人間とすれ違う度に、こちらに向けられる奇異の視線を背中で感じていた。


そりゃ、明らかに服装が違う人間が施設を徘徊していたら誰でも見てしまうのは仕方ないけども…


服装が寝巻のままということもあってなかなかに恥ずかしい。


しかもつい先程までスパイ容疑を掛けられて尋問されていた身だ。ますます肩身が狭くなっていく。


ワーウォルフも俺に視線が集まっていることに気づいたのか、


「アキト、その恰好では少し目立つな」


「…ですね」


「着替えを持ってこよう。こっちだ」


そう言って、通路を曲がり始めた。その後ろをぴたりと付いていく。


何歩か歩き続けて一つの部屋の前で止まった。ドアを開けると中は倉庫のようだった。


「部屋の前で待っていろ。倉庫に予備があったはずだ」


そう言ってワーウォルフは倉庫の中に入っていった。言われた通り部屋の前で待つ。


1人になると余計疎外感が半端ないが、1分もしないうちにワーウォルフは部屋から出てきた。


「ここは軍の基地だからな。戦闘服しかなかったが我慢してくれ」


といい、緑を基調とした迷彩服と黒色のタクティカルブーツを一式渡された。忘れていたが俺は廃墟で目覚めてこの方ずっと裸足だった。今の俺の恰好を見ればすれ違った人全員に二度見されるのも納得だな。


ところで、


「どこで着替えればいいですか?」


「ん?そんなものここですればいいだろ」


「え」


この人に羞恥心とやらは無いのか?


いや…彼は軍人らしいし非常時になればそんな女々しい事も言ってられないだろうから当然の返しなのかも。


それでも人通りもある通路のど真ん中で着替えるのは流石に恥ずかしい…


そんな事を考えている俺の顔を見てワーウォルフは考えを察したのか


「人の目が気になるならこの部屋で着替えていいぞ。ただし、中の物には触るなよ」


「あ、ありがとうございます…」


倉庫を指差すワーウォルフにお礼を言いながら部屋に入った。





 着替え終わり部屋から出た。


部屋から出てきた俺の姿を見てワーウォルフは


「少し不格好だがさっきの恰好よりかはマシだな」


渡された服のサイズは一回り大きかった。サイズも聞かずに渡してきたのでサイズが合わないのは当然だが。


逆に靴のサイズは合っていた。見ただけで足のサイズがわかったのだろうか?


「そういえば腹は減ってないか?」


俺が今一番望んでいたセリフがワーウォルフから発せられたため、そんな些細な疑問は吹っ飛んだ。


「思えば目覚めてからずっと尋問続きだったと思ってな。流石に腹が減っただろ。夜食にはまだ早いから大した物はないだろうが食堂に行こう」


「は、はい!!」


物凄く食い気味に答えてしまった。


もう何時間も前から腹を空かせていたが、捕らわれの身でご飯をくださいとは素直にお願いできなかった。察してくれてありがとうワーウォルフさん。


「そういえば、今は何時なんですか?夜には早いってさっき言ってましたけど。」


俺があの廃墟で目覚めた時から今どれくらいの時間が経過しているかわからない。今いる施設内からは外が見れず、ついさっきまで窓もない密閉空間に何時間も拘束されているので時間感覚が狂ってしまっている。


「ん?ああ、今はちょうど三時だな」


ワーウォルフは左手に付けた腕時計らしき物を見ながら答えてくれた。


一瞬、もしここが異世界なら現実世界の時間の概念と別ものなんじゃないかと思ったが、どうやらそこは同じらしい。


まだ完全には認めていないがどうやらこの異世界、かなり自分のいる世界と類似している点が多い。


魔法や亜人という概念以外は世界地図の形はほぼ同じだし(日本は丸々消えてたが)、何故か西洋国家で日本語が公用語として用いられているし。


ワーウォルフの後ろをついていきながら考えていると、気づかないうちに階段を下って階下についていた。


渡り廊下を歩いていくと、奥には装飾が施されている扉が目についた。


「着いたぞ」


扉の前まで行き、ワーウォルフは扉を開け中へ入って行く。


一緒に中に入るとそこは食堂舎だった。


軍の食堂ということでかなり広く比較的綺麗な内装をしていたが、時間が時間だからか調理場以外には人気ひとけはなかった。


「曹長!!いるか!」


調理場の料理の受け取り口から恰幅の良い女性が出てきた。


「なんだい!まだ飯の時間じゃないよ!仕込みの邪魔するんじゃ…って少佐じゃないか!どうしたんだい一体?」


女性は見た目は五十半ばのようだが、その豪快な雰囲気からまだまだ現役といった若々しさを感じた。


「仕事中にすまんな。食事を摂りたいのだが何か食べれる物はあるか?」


「こんな時間じゃ人口レーションしかないけどいいかい?」


「まあ…ないよりはましか…すまんが二食頼めるか?」


「あいよ」


そう言って女性は調理場に引っ込んでしまった。人口レーションってなんだ?


一分もしないうちにさっきの女性が受け取り口に二つのトレーを持ってやってきた。


「あいよ、二人前」


「ありがとう曹長。行こうアキト」


「…はい…」


トレーを受け取り、俺はその中を見ながら微妙な顔をしていた。


二つの仕切りに分けられたトレーには白色の具なしカレールーみたいなものが両方に盛られていた。その隣には四角いビスケットのパックとスプーンが添えられていた。


味気ない見た目はもちろん、食事前に言うのもなんだがこの白いルーみたいなものが吐瀉物に見えて食欲をなくす…これがコンバット・レーションというやつか…


ワーウォルフが適当な席につき、自分もその反対側の席についた。


何はともあれ空腹には耐えられず


「いただきます」


スプーンでレーションをすくって口に運んだ。


…うん…声をあげてまずいと言うほどまずくはないがまずい…薄い塩味のあと薬を飲んだ時のような科学的な味が後味として口に広がる。


俺が微妙な顔をしながら咀嚼しているのを見てワーウォルフは笑いながら


「口に合わなかったようだな。君にとっては初めてのこの世界での食事なのだからもう少しマシなものを食べさせてあげたかったのだがな。」


「いえ…食べられないってほどじゃないので…」


「私も長年食べ続けて慣れたものだが、入隊初年の頃は農家の家の息子だった私にとっては作戦行動中の食事が一番の苦痛だったな。」


「ワーウォルフさんの実家は農家なんですか?」


なんとなく会話を繋ぐため質問してみた。


「ああ、今のご時世農家はかなりの高給職だが、幼少期はつらい農作業を強制的に手伝わされて絶対に家業は継がないと思ったよ」


「採れた作物のほとんどは国が持っていったが、不作でなければ家族が食べる分は残っていたからな。他の一般家庭よりも裕福な食事をしていたよ。母の野菜スープの味が懐かしいよ」


そう話してくれる彼の遠いものを見るような目とその口ぶりから彼の両親はもうこの世にいない風に感じとったがそこまで聞くほど野暮ではない。


「それに、この歳になると会食だなんだと帝都で高級料理を食べる機会が増えてな。最近この食事の味気なさを再確認したよ」


ワーウォルフはビスケットの袋を開け、ビスケットにレーションをつけながら食べていた。


俺もビスケットの袋を開き、まずは単体で食べてみることに。


サクサクした食感はあるが甘くもしょっぱくもなく小麦本来の味を楽しむ感じの味だ。


「そういえば二つ盛られてますけどこれって味が違ったりするんですか?」


まだ手をつけていないもう片方のレーションを指さして尋ねる。


「右はブフ肉風味。左は魚介風味だな」


「風味?」


「肉と魚は貴重だからな。調理の過程で肉も魚も使われてない。だから風味だ」


「へえ」


左側のレーションにスプーンを向け、すくってから口に運ぶ。


……。まだブフ肉風味とやらの方が美味しいな…魚介風味はブフ肉風味に魚臭さを足しただけの味がする。


完全にまずいという顔が出てしまったのか、またワーウォルフは笑いながら


「はは。魚介風味は兵士からも人気がないんだ。苦情が増えすぎて最近改善案が軍の会議の議題に上がっていたよ」


「はは…」


乾いた笑いしかでなかった。


正直想像していた食事とは違ったが、背に腹は変えられないので頑張って口にかき込んだ。


そんな味気ない食事を胡散臭い軍人のおじさんと共にしていると、食堂の扉から一人の女性が入ってきた。


ブロンドの長い髪に蒼い瞳、顔は幼さが残るものの綺麗に整っており、外国人らしいスタイルの良さも相まってハリウッドスターが来たと錯覚するほどの美貌に一瞬見惚れていた。


それに服装も問題だった。下は迷彩服のズボンだったが、上はノースリーブの黒いシャツ一枚で何度も言うが外国人らしいスタイルの良さから彼女の胸に目がいってしまうのは仕方のないことだった。


女性は誰かを探すように辺りを見回し、すぐにこちらに気づき近づいてきた。


「少佐、探しましたよ。ここにいらしたのですね」


聞き覚えのある声だった。廃墟で出会った鎧姿の二人組のうち白い機体を身に纏っていた人物と同じ声であった。


「おお、ルナマリアか。もう聴取は済んだのか?」


「ええ。ところでその少年は?」


ルナマリアと呼ばれる女性はこちらに顔を向け不信の目で見てきた。


彼女が俺を睨んでいるのはついさっき彼女の胸を見ていたことがバレたのではなく、スパイ容疑で尋問を受けていた少年が今は自身の上司と一緒に食事をしているからだと悟った。


「少しの間だが私が預かる事になった」


「よろしいのですか?少佐はスパイだと疑っていたのでは?」


「それは追々話す。ところでルナマリア。これから北部訓練場に寄ろうと思うのだが、お前も戻るのなら乗っていくか?」


「それはありがたいのですが、本当に少佐の一存で彼を自由にして大丈夫なのですか?」


「くどいぞ。彼も私の計画に関わってくると言えばわかってくれるか?」


「それでしたら…承知しました。出過ぎたまねをして申し訳ありません」


少しの言い合いの後、彼女は頭を下げた。


「細かい事情は後でお前にも話す。今は彼にこの世界のことを知ってもらうのが優先だからな」


「…この世界?」


聞きなれない言葉に彼女は頭に疑問符を浮かべたような顔をする。。


「彼は魔法も亜人もいない世界からやって来た異世界人らしいぞ」


「らしいぞって、最初に言い出したのはあなたじゃないですか。それに俺はまだここが自分の世界と別世界だとは認めてない。」


つい他人事のように話すワーウォルフに食い気味に反論してしまった。


「はは!すまない、すまない。それで彼に手っ取り早く異世界に来た事を自覚してもらうために彼女らに会わせようと思う」


「彼女らって…ニーア達のことですか!?」


「ああ、もちろん」


「よろしいのですか?彼女達さそんな易々と民間人に会わせて良いものではないとおっしゃてたではないですか」


「彼はただの民間人じゃない。それに私の計画ではアキトは君や彼女達と長い仲になると思ってね」


「それはどういう…」


いつの間にか俺が蚊帳の外の話題で2人は話し合っていた。唯一最初の部分からこれから俺は誰かに会い行くことだけは理解できた。


そうこうしているうちに俺もワーウォルフも食べていたレーションを完食していた。  


「よし、2人とも外に出るか」


「あ、はい」


そう言って立ち上がり、ワーウォルフと一緒にトレーを容器の返却口にまで持っていった。


去り際に「ごちそうさまでした」と調理場に向かって言うと「あいよー」と遠くから返事が返って来た。


食堂から外に出ると緑色の芝生と灰色のコンクリートの地面が広がる広い空間に出た。


遠くを見ると鉄線の策で基地内と外が仕切られており、その先の光景を見る限り基地の周りに他の建物は一つも存在しなかった。


ワーウォルフからイワヤトはフランスのパリ辺りを指差されていたのでてっきり市街のど真ん中に基地があると思っていたが、そんな事はなく結構な僻地であった。


「よし、私は車を取ってくる。正門で待っててくれ。ルナマリア、アキトを案内してやれ」


「了解しました」


「あと、今のうちにお互い自己紹介でもしといたらどうだ?これから長い付き合いになりそうだしな」


「…了解しました」


そう言ってワーウォルフは何処か別方向へ行ってしまった。


それにしてもさっきのルナマリアさんの返事が明らかに嫌そうだった。第一印象が最悪から始まっているのだから仕方ない事だけど、嫌われるのはつらい…


「改めまして。私の名前はルナマリア・サイオウ。ここの北部訓練場にある訓練学校の訓練兵兼士官候補生です。よろしく」


ルナマリアは事務的な口調で自己紹介をし、右手を突き出して握手を求めてきた。


日本人にとって日常的に握手をする習慣はないが、俺は流れるままに手を出してルナマリアの右手を握った。


「初めまして…じゃないんだっけ?確か最初の廃墟でワーウォルフさんと一緒にいたの君だよね?俺は昭人あきと。よろしく」


「ええ。覚えてたんだ。あの時は手荒なまねをしてごめんなさい」


「いや、そっちもそれが仕事なんだろうし仕方ないよ」


「そう、ありがとう。こっちが正門だからついてきて」


互いに自己紹介と他愛もない会話を終え、ルナマリアに先導されついていく。


正門まで着く間どちらも無言だったが、初対面の相手にベラベラと自分から話しかけれるほど俺の肝は座っていなかった。


正門の前に着くと、一台ジープらしき四輪車がエンジンを鳴らしながら止まっていた。


軍用車らしい緑を基調としたカラーに、屋根も付いていなかった。


運転席の方を見てみるとサングラスをかけ煙草をふかしているワーウォルフの姿があった。


「おう、来たか。さあ2人とも後ろに乗れ」


そう急かされたので、ドアを開けてジープに乗り込んだ。


「乗ったか?よし、出発するぞ」


そう言いながらワーウォルフはアクセルを踏み、走行し出した。


門を抜けた辺りでワーウォルフが手を振り出したので何事かと周りを見渡すと、門の前に立っていた警備兵らしき二人組が手を振って見送ってくれた。


「ここから北部訓練場までは大体10分ちょいだが、殺風景な場所で悪いが景色でも見ていてくれ」


そう言うワーウォルフの言う通り、ジープから外を眺めるが本当に何もない場所だった。


少し遠くに山が見え、そこに建物の棟らしきものも見えるのでそこが目的地であろうことはわかるがそれ以外は一面砂の大地だった。


それよりも車内で会話がなくて気まずい…


車のエンジン音と走行音に揺られながら、この気まずい空気から逃げるためずっと風景を眺めていた。


そうして車に揺られること十数分。ついに前方に目的地らしき建物が見えてきた。


「ついたぞ」


そう言いながらワーウォルフは門の前でジープを一旦止めて、門番の警備兵から入場の許可を得るため運転席から降りていった。


数十秒程度の会話のあと、警備兵から了解を得たのかワーウォルフが運転席に戻り車を発進させた。


中に入ると学校のような建物の棟が三つをほどそびえ立っており、外のグラウンドもかなり広かった。


グラウンドでは何らかの訓練をしていると思われる人影が沢山あった。


また建物のすぐ隣には山へと続く道があり、何人かの人影がそこから出てきており山の中にも訓練施設の一部があることがわかった。


「ここからは歩いていく」


グラウンドの隅にジープを止め、ワーウォルフに降りるように促された。


車を降りてワーウォルフの後ろを歩いているとグラウンドの方から訓練に励んでいたであろう人々が一瞬こちらに視線を向けてきたがすぐに向き直り訓練に戻っていった。


「確か今の時間ならあいつら射撃場にいるはずだよな?」


「はい、その筈です」


ワーウォルフの問いかけに答えるルナマリア。


そのまま建物の裏側に回るように歩いて行くと、さっき言っていた射撃場に着く。が、やってくるとそこは無人だった。


「ん?いないな」


ワーウォルフは不思議そうに射撃場を見つめる。


「おかしいですね。ちょっと探してきます」


そう言ってルナマリアは走って奥の方へ行ってしまった


しばらくワーウォルフと2人で待つ事に。


「で、何ですか?俺に見せたいものって?」


ワーウォルフは俺に見せたいものがあると言ってここまで連れてきた。食堂で誰かに会わせるような事は言っていたが…待っている間に聞いてみる事にした。


「基地を出る前にも言っただろ。君が異世界に来たことを信じてもらう為に会わせたい奴らがいるとな」


「だからそれは一体誰なんです?」


無言で煙草の煙を吐き出すワーウォルフ。どうやら答える気はないらしい。


サングラスでどこを見ているのかわからないワーウォルフの顔を睨んでいると、前方から声が聞こえてきた。


「あなた達、何射撃訓練サボってるのよ」


「私とロックは銃持てないし見学ニャ!!」


「1人で的打ってるのも馬鹿らしいし…」


「ボクらが休んでる中でニーアだけ訓練に戻れとは言えないし…」


そこには目を見張る光景があった。


戻ってきたルナマリアの隣には新たに3人の人、否、3体の人外がいた。


ルナマリアから見て左隣には頭に大きな獣耳、腰の後ろにある大きな尻尾を揺らし、肩から手まで続いた毛並みが整った茶色い体毛、手にはリアリティのある肉球と鋭い爪を付けた少女が1人。


さらにその隣の少女は緑がかった肌に白髪の髪、金色こんじきの瞳に人間にしては異様に先が尖った長い耳が長髪から見えていた。


1番奥の男性は見ただけで2mを超える巨体、真ん中の少女ほどではないが緑がかった肌、そして何よりも目が行くのは比喩ではなく本当に大木ほどの太さがある両腕。


三者三様に特徴的な見た目をした3人を連れてルナマリアは戻ってきた。


「アキト、君にここが異世界だと認めてもらうためには実物を見せた方が手っ取り早いと思ってな」 


隣でワーウォルフが語りかけてくるが耳に入ってこない。それほどに3人の見た目はリアリティがあるものだった。


「本当に彼らは亜人なんですか?」


「ああ」


「ハリウッド映画のメイクか何かで俺をからかってます?」


「はりうっど?というのは分からんがメイクではないと言っておこう。なんなら後で彼らに直に触らせてもらえば良い」


「いや、触らないですけど…というか亜人と人類は敵対関係にあるみたいな話長々としてたじゃないですか?話が違うじゃないですか」


「別に全種族と敵対しているなど一言も言っていない。彼らは帝国唯一の同盟関係にある亜人国家『森羅連合ネイチャー』から亜人研究の為に本国に来てもらった。まあ…留学生みたいなものだな」


「留学生って…」


乱れた思考の中で投げかけた質問を一つ一つ答えてくれるワーウォルフ。ワーウォルフの顔を見るとサングラスで目は見えないが「これを見せたかった」と言わんばかりにしたり顔をしていた。


「少佐、連れてきました」


ワーウォルフと話しているとルナマリア達が俺たちの前まで来ていた。


やって来た3人が少佐を見るなりすぐ様敬礼をしだした。


3人の服装もルナマリアと同じ迷彩服姿であった。彼女達も軍人なのだろうか?


「少佐、私の前でコスイア吸わないでください。クサいです」


敬礼をやめ、長耳の少女は顔をしかめながらワーウォルフと話し始めた。


「おお、すまんな。鼻が良すぎるのも不憫だな」


「いえ、鼻の良し悪し関係なくコスイアはクサいです」


「わかった、わかった」


ワーウォルフは咥えていたタバコを地面に落とし踏みつけたあと、吸い殻を拾いポケットにしまった。ポイ捨てすると思っていたが意外とマナーがある人だ。


それはそうと、今まで煙草だと思っていたものはこの世界ではコスイアというらしい事に驚いた。まあこの煙たい匂いは煙草と変わらないので同じものなのだろう。


「で?少佐、私たちにご用とはなんでしょうか?」


「ああ、ここにいる少年にお前達13班のメンバーを紹介したくてな。自己紹介を頼む。3人ともそれぞれ種族と名前を言ってくれ」


「はあ…?良いですけど、誰ですか?彼」


長耳の少女は怪訝そうな顔でこちらを見てきた。


「彼はアキト。事情があって少しの間私の隊で預かることになった」


「初めまして、昭人です。よ…よろしく…」


ワーウォルフに紹介されたので反射的に自己紹介をする。それでも彼女らの見た目に驚きが隠せなくて途中で口籠ってしまった。


長耳の少女は納得のいかない表情をしていたが、仕方ないといった感じで口を開いた。


「私はニーア。ニーア•イスタ•レヴリガンド。見た通り緑人種エルフです。よろしく」


ニーアと名乗る少女は少し気怠げそうに自己紹介を済ませるが、俺の意識はその長い耳にいっていた。たまに耳の端がピクンと動いているのが見ていてわかった。


「ワタシはニャロメ•オックスフォードだニャ!!よろしくニャ!」


もう一方の獣耳の少女は耳をピョコピョコと動かしてながら元気いっぱいに答えてくれた。種族については言わなかったが絶対獣人種ワービーストだろ見た目てきに。


「ボクはロック。ロック•レヴリガンド。ニーアと苗字が一緒なのは親戚だと思ってくれればいいよ。よろしくアキト」


後ろの巨体の男性は一見堀の深い顔にその巨体から怖い感じを想像してしまったが、発せられた言葉には優しさが込められており、優しい笑顔でこちらを見ていた。


「ところで、何者なの?彼は」


ニーアが俺に対して指を差し、ルナマリアに問いかけていた。


「スパイよ、他国の」


「違うって!」


誤解を招くので咄嗟に反論した。まだルナマリアからは良い印象を持たれてないようだ。


「彼は異世界からやって来たんだ。しかも人間の身でありながら体内に魔力を宿している。面白いだろ?」


「「「イセカイ?」」」


「魔力を!?」


ワーウォルフの余計な一言に亜人組3人は意味がわからないという顔をしているが、ルナマリアだけは別の単語に食いついていた。


「君らのご先祖様と同じ存在ということだ」


「ご先祖様?」


ワーウォルフの答えに今度は俺が意味がわからず反応してしまった。


「ああ。彼ら亜人の先祖、つまり108年前初めて地上に現れた亜人達は異世界からやって来た、という話が説の一つとしてあるだけだがな」


「へえ」


「その話前も聞きましたけど、私たちの上の代の更に上の代はもう戦争で亡くなってますし108年前に突如現れたって話自体がにわかには信じられませんね。」


ニーアが口を挟んだ。


ワーウォルフが最初に俺のことを第十三種目の亜人と言ったのもそう言った意味が含まれているのか。


亜人は異世界から来た…か。


「少佐、少しお話が…」


ルナマリアがワーウォルフに話しかけようとした時、大きなチャイムが鳴り始めた。予鈴のチャイムのようだった。


「あ、少佐。私たち次の訓練が残っているのでこれで」


「またニャ!!アキト!ショウサ!」


「失礼します」


亜人3人は次の訓練があると言ってワーウォルフに敬礼をして去っていった。


「よし、私たちも戻ろうかアキト」


「あ、はい」


いまだに起きた出来事に頭が追いついておらず、半ば放心状態のまま返事をした。


「少佐!待ってください!」


唯一その場に残っていたルナマリアがワーウォルフを引き止めた。


「どうした、ルナマリア。お前も学校に戻って来たのだから訓練に戻れ」


「彼について詳しく教えてください!!魔力を持っているとは一体どういう意味ですか?」


「追々話すと言った筈だぞ。お前の我が隊での作戦行動は昨日付けで終了している。大人しく訓練に戻れ」


「りょ…了解しました…」


ワーウォルフの静かに諭すような口調に、ルナマリアは渋々ながら了承したといった感じで敬礼をして立ち去って行った。






 訓練場を後にし、ついさっき来た道をジープで戻っていた。もちろん乗っているのはワーウォルフと俺だけだ。


「これで信じてくれたか?ここが君の世界とは別物だと」


「…」


確かにさっき出会った3人は、特殊メイクでは表せないようなリアリティがあった事をこの目で実感した。


だからといって「ここは異世界だったのか!!」と簡単に納得できるほど馬鹿にはならない。それほどにこの世界が自分のいた世界と近い箇所が多い。


「ワーウォルフさん、言ってましたよね…俺に協力して欲しい事があるって…」


「ああ、言ったな」


この場面で取調室を出る前に言われた事について聞いてみる。


「俺が仮に…体内に魔力を持った特殊な人間だったとして…ワーウォルフさんは俺に何をして欲しいんですか?」


ワーウォルフは車のハンドルを片手で操作し、もう片方の手で煙草を取り出し口に咥えてから、ライターで火を着け始めた。


吐き出した煙が風によって全て自分の後部座席に流れてきた。


「私は今、ある計画に従事している。軍の上層部も深く関わる極秘事項だ」


ようやく口を開き始めたワーウォルフ。


「その計画、正確には研究だが大まかに2つに分けられる」


「1つは亜人と人類の合同隊の編成。帝国は一国の亜人国家と同盟関係にあるが、軍事的な協力を得たのはつい数年前だ」


「今現在森羅連合ネイチャー領内に一個師団相当の帝国軍魔導士部隊が駐留している。同じく帝国領内にも森羅連合ネイチャー軍が派遣され治外法権の場として駐留している」


「だが、両国は未だに亜人軍と帝国軍で合同で作戦を行ったことはない。人類側にも亜人側にも双方に対しての偏見が強く邪魔をしている」


「そう言ったしがらみを払拭するため、試験的に亜人の若者数名に人間の訓練学校で人間と共に同じ訓練を受けてもらい、将来的に双方の偏見を無くすきっかけになって欲しいと思っている」


「内外のプロパガンダ的な意味も含めてな」


「もう1つ、こちらが1番重要だ」


「我々人類は亜人と違い体内に魔力を有さない。それ故に生身なら亜人に手も足も出ない。だからこそ帝国は長年、人間の体内に魔力を宿らせる実験を密かに行ってきた」


「だが実験は失敗が続き、最初の数年で非人道的な実験はやり尽くし手詰まりの状態が続いていた」


「しかし約10年前、とある新興宗教団体の研究施設から1人の少女が発見された」


「彼女は偶然の産物ながらも体内に魔力を宿し、人間として形を保っていた」


「これにより凍結しかかっていた計画は再起を果たした」


「だが、これまでに幾度と亜人を捕らえ解剖して来たが、体内に魔力を宿す謎は明かされていない。それなのに少女の体を隅々まで調べたところでその原理を改明する事など出来なかった」


「そして少女の肉体には致命的な欠点があることも発覚してしまった」


「そしてまた振り出しに戻った時、今度は君という存在がやって来た。しかも先ほどの少女とは違い、君は『純生』だ。私たちが今1番求めていた素体だった」


「アキト、君にはこの世界の人類進化の礎になって貰いたい」



















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