解決編

第七話

 二人が豊島屋のセットに入ると早速さっそく、映画監督の宇梶賢一うかじけんいちが時代劇映画『江戸の剣豪けんごう由蔵伝説ゆぞうでんせつ』の台本をにぎりしめながら聞いてきた。

「右近、いや、山崎剛士やまざきつよし君が死んだって?!」


『江戸の剣豪・由蔵伝説』とは江戸に流れ着いた侍、由蔵が道場破りや辻斬つじぎりとの戦いを通して江戸の剣豪と呼ばれるまでをえがいた映画で、来年の秋に公開される予定だ。右近は敵役かたきやくだ。


「はい、残念ながら……」と俺、滝藤正臣たきとうまさおみは答えた。


 宇梶は、取りあえず告げた。自分は君たちが映画に出演する脇役の役者たちということを知っているが、プロデューサーの近藤陽介こんどうようすけはまだ知らないから自己紹介してくれと。


 すると近藤は突き出たお腹を右手でさすりながら、「うむ」と答えた。


 俺は「はい、まず僕ですが、新右衛門役の滝藤正臣です」と自己紹介した後、右手で「彼は竹次郎役の工藤琢郎くどうたくろうです」と紹介した。


 琢朗がぺこりと頭を下げると、疲れた顔をして、こちらを向いている女性に向かって「彼女は、おこん役の川村優子かわむらゆうこさんです」と紹介した。


 ショックで反応がない優子に続き「優子さんの隣にいるのが、奈緒役の長塚典子ながつかのりこさんです」と紹介すると彼女は、優子の背中を右手でさすりながら「典子です」と答えた。


 俺はまた、右手で差した。

「あちらにいるのが、銀兵衛役の辰巳京三たつみけいぞうさんです」


 京三もぺこりと頭を下げると俺は、最後の紹介をした。

「それで最後に、宗一役の山本政夫やまもとまさお君です」


 政夫は少し緊張しながらも、挨拶あいさつをした。

「山本政夫です。よろしくお願いします」


 宇梶が「ありがとう」と答えると今度は近藤が、「それで一体、どうしてこんなことに? 君たちは一体、何をやっていたんだ?!」と戸惑とまどいと怒りの混じった声で聞いた。


 政夫が『映画に出演するのも、セリフをもらったのも初めてで、ちょっと不安だ』と言ったのがきっかけで正臣たちは明日の本番の撮影に向けて、練習をしていた。


 他の皆にも話を聞いてみたら、テレビドラマの脇役はやったことはあるけど、映画に出演するのは初めてだ、という人が結構いたのも理由だった。


 映画とテレビドラマは、違う。スタッフの数が映画の方がテレビドラマよりも多いため、しっかり練習しないと緊張して良い演技ができない。

 それに映画ではカメラが一台なのに対し、テレビドラマでは原則として三台使う。セリフを話す人用、セリフを聞く人用、ツーショット用だ。


 それに何と言ってもテレビドラマでは役者の上半身のアップの映像、つまりバストショットが多く演技しやすいが、映画では横長の画面に合わせたロングショットが多いため役者は高度な演技力が必要になる。


 それなら豊島屋のセットを使って皆で練習しよう、ということになった。 

 豊島屋のセットはもちろんできていて、衣装もすでに決まっていたのでそれを身に着け、できるだけ本番に近い感じでやることになった。

 男性は、ちょんまげのカツラも着けて、ついでに豊島屋で出す料理も材料がたくさんあったため料理も出し、食べる練習もすることにした。


 宇梶は銀縁メガネのブリッジを、右手中指で押し上げ聞いてきた。

「なるほど、大体だいたいの話は分かった。それでその練習中に、右近役の剛士君は死んでしまったのかい?」


 俺が「はい、そうです」と答えると、近藤は聞いてきた。

「それは事故なのか? 事件なのか?」


 俺は自分の考えを、答えた。

「おそらく事件です。剛士さんの死体を見れば分かります」


「ふむ、見せてくれ」と、宇梶と近藤と俺が豊島屋と長屋のセットの間に行き、剛士の死体を見た。


宇梶は考えながら、呟いた。

「なるほど、縄で首を絞められたようだな。確かにこれは事故や自殺じゃなさそうだ、となると……」


 それを聞いた、俺が答えた。

「はい、おそらく殺人です」


 すると近藤は、わめいた。

「殺人事件だっていうのか! 冗談じゃない、映画はまだり始めたばかりだぞ!」


 だが宇梶は、提案した。

「近藤さん、今はそれどころじゃないと思います。取りあえず警察を呼んだ方がいいでしょう」


 すると近藤は、苦虫をかみつぶしたような表情で「分かった。私が警察に連絡する……」と言い残しスタジオを出て行った。


 それを見送ると宇梶は腕組うでぐみをして、呟いた。

「さて、どうしたものか……」


 それを見た俺は、言ってみた。

「宇梶さん。剛士さんの死体を見て僕、考えたんですけど犯人はこのシーンの練習に参加した、六人の中にいるんじゃないかと思っているんです」


 すると宇梶に聞かれた。

「え? どうしてだい?」

「剛士さんが殺されたと思われる時、この豊島屋のセットの近くには僕たち六人しかいませんでした。

 いや、そもそもこのセットがあるこのスタジオにも、僕たちしかいませんでした」


 宇梶は納得したように、頷いた。

「なるほど、そうか」


 そして続けた。

「うーん、それじゃあ、練習をしていた時のことを詳しく話してくれないかい?」


 俺は「はい。ええと、ちょっと待ってください。話は少し長くなると思うので」と答え、長屋のセットに掛けてあるパイプ椅子を取りに行った。


 その間、宇梶は豊島屋のセットの入り口から見て、右側へ移動した。俺はそこにパイプ椅子いすを二つ置き、一つを宇梶に座るようすすめ、もう一つに宇梶と向かい合うように自分が座った。すると自然にその周りに皆が集まった。


 俺が、ふと広いスタジオ内を見渡すと豊島屋のセットと、その左側にある長屋のセット、そして由蔵が道場破りをするための剣術道場のセット、茶屋のセット等が置かれていた。


 少し緊張した俺は、気持ちを落ち着かせるために深呼吸をすると、話し出した。

「ええと、練習はまず僕が、豊島屋に入るところから始めました」

「うん、右近が初めて登場するシーンだね」

「はい、まずは気合を入れました。『俺に全てかかっていると言っても過言じゃない。よし、気合入れるか!』と言って」


 宇梶は頷いた。

「まあ、豊島屋のシーンは、新右衛門が中心になっているからね」

「はい、それで僕が豊島屋に入って……。あ、そういえば引き戸が固くて、ちょっと開かなかったんですよ」

「引き戸が?」


「はい、まあ、両手でやったら開いたんですけど……。それで、おこん役の優子さんに言ったんですよ、『やい、おこん! 入り口の引き戸が固いぞ、どうなってんだ!』と。


 そしたら優子さんに『何、言ってんだい! そんなこと私に言ってもしょうがないだろ! それにいきなり何、余計なこといってんだい!』と言われました。

 優子さんにしてみれば、私じゃなくて大道具さんに言ってくれということなんでしょう。


 それに僕の『やあ、奈緒ちゃん』の次のセリフは『ええと、取りあえず酒一合と煮しめと、まぐろの刺身ね。あと奈緒ちゃん、今日も可愛いね』だったので何、言ってんだ、ということだったんでしょう。

 だから僕も『それもそうだな……。悪いな』と返しました」

 

 俺が説明し終わり優子の方を見ると、彼女は力なく頷いた。


 宇梶は、更に聞いてきた

「なるほど、それから?」

「それからは普通にセリフを言いました。南町奉行所管内で起きた事件が解決したことです」

「ああ、呉服屋の主人が殺された事件か」

「はい、そうです。そして右近役の剛士さんが勘定をして、豊島屋から出て行きました」


「うん、それで?」

「はい、それからも普通に練習は続きました。銀兵衛役の京三さんと話し、竹次郎役の琢朗も入ってきて会話をしました」

「何か変わったことは、なかったかい?」

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