第四話

 すると厠から戻ってきた銀兵衛が「やあ、宗一さん。こんばんは」と挨拶すると宗一も「へえ、ご隠居、こんばんは」と返し、一口ひとくち酒を飲んだ。


 おこんが「はい、ゆでだこできたよ」と伝えると奈緒は、「はーい。宗一さん、ゆでだこです」と出した。


 宗一が「ありがとうございます」と言って食べようとした時、宗一の左袖の中で風鈴ふうりんのような音がした。


 竹次郎が、「宗一、お前ねえ……」と言った時にはすでに宗一は「すいやせん」と言って、外に出て行っていた。


 少しして宗一が戻ってきて、告げた。

「そういえば最近、道場破どうじょうやぶりが出てきているようですね、うわさで聞いたんですけど……。確か名前は由蔵ゆいぞうって言ったかなあ」


 それを聞いた俺は、思わず叫んだ。

「ああ、そうだ! 思い出した! さっきのお侍!」


 竹次郎が「何のことだと?」と聞いたので、俺は答えた。

「いや、俺が店に入ってきた時、ちょうど店から出て行ったお侍がいたんだ。

 どこかで見たことがあると思ったんだが、その時は思い出せなくてよ。今、思い出したよ。

 最近、道場破りが出てきているから注意してくれって、南町の剣術道場けんじゅつどうじょうに板崎の親分と一緒に行った時に見たんだ。

 間違いねえ、あの、いかつい顔は忘れねえ」


 すると再び竹次郎が、聞いてきた。

「ふーん。で、そのお侍の名前は何て言うんだ?」


 俺は首をひねって、答えた。

「うーん、名前までは思い出せねえな。確かに一度聞いたんだが、駄目だ、思い出せねえ……」


 それを聞いたおこんは、宣言した。

「さあ、それじゃあ一段落したところで、今日は派手はでにいきますか!」


 客の皆が「え?」と呆気あっけにとられていると奈緒が、「はーい!」と、おでんが入ったなべを持ってきた。

 まだ皆が『きょとん』としていると、おこんが「今日は銀兵衛さんの、お誕生日でーす!」と告げた。


 奈緒が「銀兵衛さん、お誕生日おめでとうございます!」といわうと、やっと皆はこの事態を理解した。


 そして口々に、祝った。

「おめでとう!」

「銀兵衛さん、おめでとう!」


 銀兵衛も事態を理解し「ありがとう、ありがとう」と答えた。


 おこんが「さ、このおでんは私と奈緒ちゃんからの、お祝いだよ。皆で食べとくれ」と言うと奈緒は、おでんを人数分の小鉢こばちに分け始めた。


 俺が「良いねえ。こういうの俺、好きだよ」と感想を漏らすと、竹次郎も「そうだな」と答えてうなづいた。


 奈緒がおでんを取り分けている時に、奈緒の着物の左袖がおでんの鍋にぶつかりにぶい音がした。


 奈緒が「あら、ごめんなさい」と言うと、俺は答えた。

「いいって、いいって。気にすることないよ」


 奈緒は小鉢を皆に渡すと「それでは銀兵衛さんに、お祝いです」と、一升瓶いっしょうびんを持ち出した。


 銀兵衛が「おお」と湯呑ゆのみを差し出すと、奈緒が酒をそそぎ「さ、どうぞ」とうながした。


 銀兵衛が一口飲んで、「おい、こりゃあ……」と驚くとおこんは、「はい、お酒です。私と奈緒ちゃんが用意した、『富士ふじやま』です」と答えた。


 銀兵衛は左手でひたいを軽く叩き、「まいったね、こりゃ……。今日は良い誕生日だ」と、しみじみ言った。


 すると、おこんは言った。

「おや、右近うこんさんが、いないねえ」

「そう言えば……」と、皆がきょろきょろと見渡したが、右近の姿はどこにも無かった。


 俺は、聞いてみた。

「こういうのは苦手なんじゃないの? 無理してさそわなくていいんじゃない?」


 だが、おこんは答えた。

「でも、こういうお祝いだしねえ。皆に参加してもらいたいねえ……」


 なので宗一が、外に出た。

「あ、多分、外にいるんじゃないかなあ……。それでこうなっているのを知らないんじゃないかなあ。あっし、ちょっと見てきますよ」


 しばらくすると宗一が、「大変だ!」と顔色かおいろを変えて戻ってきた。


 俺が「どうした?」、と聞くと宗一は叫んだ。

「死んでる! 右近さんが死んでる!」

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