第二話

 おこんは感心した。

「なるほどねえ~。さすが板崎の親分だねえ~」

「確かにそうだけど、そいつを聞き込みして捜し出したのは、俺なんだってば!」

「はいはい、あんたもちょっとは板崎の親分の役に立っているんだねえ~。

 これからも頑張がんばるんだよ!」


「分かっているって! これからも頑張るって!」というやり取りが終わり、俺が空き樽に座ると、隣の空き樽に座っていた大男がすっくと立ちあがった。

 身の丈、六尺ちょっと(約百九十センチメートル)のいかつい顔をして、真っ黒の着物を着ていた。


 大男は、低い声で奈緒に告げた。

勘定かんじょうを頼む」


 奈緒は目をせ、答えた。

「はい、ありがとうございました。全部で七文になります」


 大男は「うむ」と答えると左袖ひだりそでから財布さいふを出し

「ここに置いておく」と七文を横長の台の上に置き、入り口に向かって歩き出した。


「ありがとうございました」という奈緒と、おこんの声を背に、入り口に置いてある刀掛かたなかけから大小の刀を取りおびに差し、大男は戸を右手だけで開けて出て行った。


 大男が戸を閉めると俺は、あの固い戸を右手だけで開けるなんて、やっぱりあいつは力が強いな、と思った。


 そして奈緒の方を向いて聞いてみた。

「相変わらずの大男だなあ、どうやらおさむらいのようだけど。ねえ、奈緒ちゃん」


 すると奈緒は答えた。

「多分、そうだと思います。でも何回か、いらっしゃっているんですが無口むくちな方であまり、お話もしたことは無いんですよ。それは常連じょうれんのお客様も同じようで、私とおこんさんはもちろん、お客様の誰も、あのお侍さんの名前を知らないんですよ」


 俺は「ふーん」と、考え込んだ。


 そうすると、おこんが聞いてきた。

「何だい? 何か引っかかるのかい? あのお侍さんに?」

「いや、あのいかつい顔、どっかで見たことがあるような、気がするんだよなあ……」

「あらやだ! 何かの事件の下手人かい?」


 俺は記憶を辿たどりながら、答えた。

「いや、そうじゃねえ……、そうじゃねえけど……、でも、どっかで……。ああ、もういいや、思い出せねえ」


 すると奈緒が「はい、新右衛門さん」と、湯呑ゆのみかんした酒と、煮しめを出した。そして続けた。

「すみません、まぐろの刺身は、もうちょっと待ってくださいね」


 すると俺は笑顔で、答えた。

「いいって、いいって奈緒ちゃんがあやまらなくたって。悪いのは、おこんなんだから。煮しめを肴に、ちょびちょびやっているから」


 そしてきざみするめ、焼き豆腐、こんにゃく、ごぼう、が入った煮しめからまず、刻みするめを食べて、酒を飲んだ。


 そうして、おこんに悪態をついた。

「くぅーつ、たまんねえなあー。やい、おこん、さっさとまぐろの刺身も作りやがれ!」


 すると、おこんは

「今、その刺身を作っているところだよ。ついでに今、包丁を持っているんだけどねえ……」と、ゆっくりと答え、俺を見据みすえた。


 そんなおこんを見た俺は素早く立ち上がり、両手をおこんに向けて出して言い訳した。

「いやいや、冗談じょうだん、冗談ですよ、おこんさん。まあ、ゆっくり作ってくださいよ」


 おこんは「全く、奈緒の前だと、すぐ調子に乗るんだから」とぶつぶつ、ぼやきながら調理を進めた。


 俺が「ふうー」と息を吐き空き樽に座りなおして、ふと後ろを見ると、濃い灰色の着物を着た銀兵衛ぎんべえが畳に座って酒を飲んでいた。


 俺は、言ってみた。

「よお、ご隠居いんきょ、今日も飲んでんのかい? 肴は何だ? 湯豆腐と、からじるかい、相変あいかわらずしぶいねえ」


 銀兵衛は白髪をでながら、好好爺こうこうやの顔を見せて答えた。

「この年になると二日酔いがきつくてねえ、から汁は外せないよ」


 から汁は、おからを入れた味噌汁みそしるである。


「しかし有名な料亭の、ご隠居なんだから店で飲みゃいいじゃねえか? もっといい肴で飲めるだろ?」

「いやいや、店で飲むのは気が引けるよ、もう隠居した身分だからね。それに居酒屋のにぎやかな雰囲気ふんいきで飲みたいんだよ。若い人たちが楽しそうに飲んでいるのを見ると、こっちまで楽しくなるよ」


 豊島屋の客は二十代から三十代の客が多かった。しかし銀兵衛は五十代に見えた。


 俺は「ふーん、そんなもんかねえ……」と煮しめの、焼き豆腐を食べながら答えた。


 そして奈緒に聞いてみた。

「あれ、そういえば竹次郎たけじろうはどうした? いつもならもう、きててもいいのに……、奈緒ちゃん、今、何時なんどきだい?」


「ええと、さっき時の鐘が鳴ったので今、つ(およそ午後6時)です」

「暮れ六つかあ。そうだよな、だんだん暗くなってきてるもんなあ……」


 すると奈緒が「はい。そういえば竹次郎さんは今日はまだ、きてませんねえ。もうすぐくると思うんですけど……」と答えた時に、赤紫あかむらさきの着物を着た竹次郎が、右手だけで引き戸を開けるのが見えた。


 奈緒は笑顔で、迎えた。

「あ、うわさをすればかげですよ、いらっしゃいませ竹次郎さん!」


 すると竹次郎は早速さっそく、注文した。

「いや~疲れた~。あ、奈緒ちゃん、酒一合と、いわしの塩焼きね」


 奈緒とおこんが

「はーい、おこんさん、いわしの塩焼きをお願いします」

「はいよ」と答えると早速、俺は話しかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る